やきそヴァ ダイビング
「ようやく追い詰めたぞ」
進矢は風画を完全に追い詰めた。ここは校舎四階の廊下の最果て。階段も、教室への通路も進矢の背後にある。唯一の脱出手段は、窓だけであった。
「くそ。くそ。ここまで来て追いつかれたか!」
ここまで来る間に食べていれば良いものを、風画は変な所を律儀に守っていたのだった。彼は未練がましく脱出経路を模索している。
「観念しろ! やきそばゲットぉ!」
進矢は風画に飛びかかった。逃がしはしない、と跳躍の直後にそう悟った。目の前の風画の姿が視界を占める割合が、時間に比例して大きくなっていく。向こう側の表情も、次第に鮮明になっていった。ただひとつ気がかりなのは、風画が窓の外に向けて、跳躍の姿勢をとっていたことだった。この期に及んで、この男は一体。
一方、風画といえば、進矢が飛び掛ったその時も、まだ可能性を信じていた。進矢が飛びかかるより早く、残された可能性に繋がる手綱を握る。体を窓に向け、膝を曲げて全身を沈み込ませる。全身のバネを縮ませ、後は一気に解き放つだけだ。運良く、目の前の窓は開いていた。
風画が進矢から逃げ切れたと信じ切ったその時、進矢が風画に追いついた。腰の辺りを両腕でがっちりと捉え、慣性に従って二人は同じ方向へ飛んでゆく。ただ、風画の手にしていた特大焼きそばパンだけはそうはいかなかった。
『ああ〜!』
二人は同時に絶叫する。
進矢が風画に組み付くほんの数瞬手前、風画は全身に溜め込んでいたエネルギーの一部を解き放っていたのだった。だが、そのエネルギーの一部は風画ではなく、彼の手にしたやきそばパンに作用したのであった。綺麗な放物線を描き、それは窓の外へと消えた。
「チクショウ。オレのやきそヴァー!」
進矢と共に廊下に倒れていた風画は、素早く身を起こしそう叫んだ。
「ふざけんな。オレの三ヶ月は無駄にはさせねえぞ!」
風画の執念は凄まじく、彼は迷うことなく窓の外へと飛び出した。何の逡巡も躊躇いもない、それはそれは潔いダイビングだった。やきそばパンと同じく、彼も窓の外へと消える。
「風画ァ!」
ほとんど投身自殺ともとれる風画の行動を目の当たりにし、進矢は彼を呼び止めるべく叫んだ。しかし、風画はそれを空中で聞くこととなるのである。進矢の叫びは、虚しく昼休みの校舎で木霊した。
今回はダイブについて書いたので大分短くなりました。その為、次の更新は早めにします。土曜日にできればいいなあ、と私は考えております。
では読者の皆様、土曜日にまたお会いしましょう。