やきそヴァ 一一〇円
元ネタ提供者:暇神さん
ありがとう御座いました<(_ _)>
とある昼下がりの屋上。そこに一人の青年があぐらをかいていた。筋骨隆々な体付き、浅黒くワイルドな顔立ち。そんな彼、白狼風画は、屋上であぐらをかいていた。彼は、自分の顔とほぼ同じくらいの長さの特大焼きそばパンを抱えている。今日の彼の昼食である。
「ふいー、苦節三ヶ月、やっと巡り会えた。長かったなあ」
焼ききそばパンを両手の掌に載せ目線の高さまで掲げると、感慨深げに呟いた。
風画がそう言うのも無理はない。それには幾つか理由があるのだ。風画の通う学校の食堂では、週に一回、月曜日にこの特製特大焼きそばパンが売られるのだが、競争率が凄まじいのだ。軽く見積もっても、その倍率は普通の焼きそばパンの三倍である(新聞部調べ)。それもそのはず、特大とは言うものの、値段は通常の焼きそばパンと同額の一一〇円で、サイズ的に見ればかなりの破格である。これに飛びつかないは少なくない。四時間目終了と共に解禁される特大焼きそばパンを目指し、毎週多くの飢えた獣共が群がる。その光景は戦場さながらで、月曜の食堂のカウンターは混乱と怒号の渦に包まれるのだ。
「さて、いよいよご対面だ……」
焼きそばパンを乗せた手を、あぐらをかいた膝の上に乗せ、しみじみと焼きそばパンを見詰める。スリットの入ったロングサイズのコッペパンに収まった焼きそばのソースが、燦々と降り注ぐ太陽光を反射する。その光はビニール越しでさえ彼の鼻に香ばしさを届けているようだった。
今日は一際壮絶であった。その日群れた獣は、およそ五〇名。しかも、その内の一〇名はラグビー部である。遅れて食堂に到着した風画は、その雑踏と混乱の中を人並み外れた腕力と体格を持って強行突破し、やっとの思いで特大焼きそばパンとの対面を果たしたのだ。
「やっぱり、最後に物をいうのは体力だな」
晴れ渡った青空を仰ぎ、年寄り臭くそう言った。
風画はあまり力任せに事を進めたく無かった。彼の身長は二メートル弱、体重は一〇〇キロ近い。更にバスケットボール部に所属し、ポジションはセンターなので相当ガタイが良い。普段なら周囲に対する遠慮から強攻策は取らなかった風画だが、今日こそは引くわけには行かなかった。
「では、白狼風画一七才独身、行かせて頂きます」
風画は焼きそばパンの収まったビニール袋を開けるべく、袋の両端にある接合面の一方に手を掛けた。
風画を凶行に駆り立てたのは、何もラグビー部の存在だけではない。今日の風画には、焼きそばパン以外の物を買う金銭的な余裕が無かった。その上、その日はこれまでに無いほどの強烈な空腹に見舞われ、放課後に控える部活動はいつも以上にハードなメニューに設定されている。想像を絶する強烈な飢え、ラグビー部と言う名の障壁、後々控える壮絶な試練。前門の虎、後門の狼、そして更に目の前の熊、とでも言うべきだろうか。それら全ての事象が、彼の理性を崩壊させ、本能を解き放ったのである。
全開になった風画は止め様が無かった。ラグビー部の一人の襟首を後ろから掴んで引き倒すと、その物音に周囲が呆気にとられた瞬間、次のラグビー部を放り投げていた。次から次へ学校屈指の大柄達を放り投げる。奥義バックドロップ、荒技ブレーンバスター、大技パイルドライバー。止めと言わんばかりに、十八番のフィッシャーマンズスープレックスホールドを決め、彼は栄光を勝ち取ったのである。
(今日という日に感謝しよう。アーメン。南無阿弥陀仏。メッカに向かってお辞儀……。メッカってどっちだ?)
日本人特有の複数宗教の観念を丸出しにしながら、風画は大口を開けた。受け入れ態勢万全。どっからでもかかってこい。某ピン芸人風に言えば、『バッチ来〜い』である。
『何も、そこまでしなくても良いだろ……』
風画の本能を前に散った多くの男達やギャラリーからの冷静な突っ込みも、勝利の美酒に酔いしれる風画の耳には届かずにいた。
『大バカ野郎……。何で好きになっちゃったんだろう?』
その光景の一部始終を目撃し、ひどく落胆した美奈の姿も、焼きそばパンで埋め尽くされた彼の眼中には入っていなかった。
『大ニュース! 一斉送信! 【白狼風画、食堂で大暴れ。負傷者多数】』
偶然その場に居合わせた新聞部のメール送信も、彼の知る範疇では無かった。
『ここはスラム街かね? 前に訪れた県内屈指の不良高校でも、こんな事はなかったぞ。私は帰る。視察は終わりだ』
『教育長。ちょっと待って下さい!』
風画の暴走は、たまたま学校を視察していた県の教育長の目にも留まった。これにより予算の大幅カットを受け、更に厳しい処分を受けた校長のはらいせに、風画は後々厳しい処分を受けるのだが、当の本人はそれを知る余地もなかった。
風画の口に焼きそばパンが入ろうとしたその瞬間、彼の背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「風画じゃ〜ん。屋上のカギぶっ壊して何してんだ?」
どこか緊張の無い飄々と響く声。風画が振り向くと、そこには見慣れた男が立っていた。