IF-アストライア学園のバレンタイン―
男子は妙にそわそわして、女子は妙にやる気に満ちているあの日。
そう、今日はバレンタインデーである。
そんな日の、アストライア学園でのお話。
1
今日は、世間一般にいうバレンタインデーらしい。
しかし、昨日のピリピリとした空気はどうなのかなー、と思うのは私だけだろうか。
まぁ、それもしかたのないことだろう。
何せ、女子にとっては気になる男子にアタックするのに絶好の口実なのだから。
幸い、アストライア学園ではお菓子の持ち込みが認められている。
授業の合間に女子がお菓子を口にしているのは、よく見かける光景の一つだ。
だから、アストライア学園の女子たちは大手を振ってこの行事に参加できるというわけだ。
今日も、一段と騒がしくなるのだろう。
――憂鬱だ。
人みしりな私には、この手の行事は苦痛でしかない。
ふと、左を見る。
そこには酔っぱらっているのか、顔を赤くして電柱に抱きついて寝ている黒髪の男の姿が。
……一人身にはバレンタインなど関係ない、を地でいってるな。
まぁうん、アレよりはマシかもしれない。
2
「おはよう、ラグナ」
教室に入ると、いつものように霧川があいさつをしてくる。
と思うと、手を差し出してきた。
「……何?」
「いや、今日はバレンタインデーだし」
あぁ、私にチョコレートを求めているのだろう。
「……私が、そんなことをする人種だとでも?」
「いや、ちょっと言ってみただけだよ」
そう言って、始めから期待などしていなかった、とでも言うように手を引っ込めた。
……いくらなんでも失礼じゃね?
まぁしかし、私に反論の余地はないので今日のところは許してやろう。
「……何十個もらった?」
「いや、そんなにもらえるわけないって、マンガじゃあるまいし。ていうか、まだ一個ももらってないよ」
この霧川という男、結構な美少年である。
まぁ、流石に何十個はないにしても、一つももらっていないというのはおかしくないだろうか?
と、私たちが話に花を咲かせながら私のマイ席へと向かっていると、すれ違った男子が妙にソワソワし始めた。
あらためて周りをみると、男子の大半が霧川に目を向けたり、ハッと逸らしていたりと忙しない。
――あぁ、霧川はもらう側じゃなくてあげる側か。
女顔のクラスメイトを見て、私はそう思った。
3
「今日の授業はこれで終わりだ。ちゃんと復讐しとけよ。ったく、おい、もうチョコは受け付けねーからな! っておい、言ってるそばから何だよ。だからもういらねーって言ってんだろ!」
ハウエンツァ先生は、三つのチョコがいっぱいに詰まった紙袋を持ってうんざりしながらそう言った。
あの先生は何故かモテる。
何でも、あの自信満々なところがカッコイイとか、あのだらしのなさを放っておけないだとか。
……女子ってわからない。
今もチョコを渡した頭からゴミ箱に捨てられているが、渡した女子はまんざらでもない、といった表情だ。
――ま、いっか、どうでも。
さ、今日もブラブラするかな。
……文句ある?
4
校庭に出ると、紙袋を持ったスキンク先輩を発見した。
ん? チョコがこれでもかっ! てな具合に詰まってる。
あの先輩、ハウエンツァ先生ほどではないとはいえモテるんだ……。
スキンク先輩は紙袋からチョコを一つ取り出し、封を開けて地面に置いた
「…………?」
何やってんだろ?
ま、あの人の思考回路など私にわかるはずもないか。
5
裏庭を歩いていると、事務員のアウロ婆さんに出会った。
「……こんにちわ」
私は小さな声でボソボソとあいさつする。これ、私の精一杯。
アウロ婆さんはほほ笑んで会釈した。
と、私に手を差し出してくる。
……もしや、霧川のようにチョコを求めているのだろうか?
しかし、私の予想は事実とは真逆だったらしい。
アウロ婆さんの手には一口サイズの銀紙に包まれたチョコレートが乗っていた。
「……くれるん、ですか?」
アウロ婆さんが頷く。
「……どうも」
アウロ婆さんは満足げに笑うと、――黒い翼を片方だけ生やして飛んでいった。
「…………」
翼が片方だけで飛べるのだろうか?
チョコは、後で霧川にあげた。
6
「霧川君、ちょっといいですか?」
私がチョコをあげたことに懸念している霧川に文句を言っていると、我が友人エレーナが声を掛けてきた。
「どうしたの?」
霧川は爽やかな笑みを浮かべて答える。
「あ、あの、これ……」
その手にはチョコレート、どうやら手作りのようだ。
「あ、……くれるの?」
「は、はい……」
二人は微妙に顔を赤くして、少しの間見つめあった。
……爆発してしまえ!
っと、いけない、自重自重。
「あ、あのぉ、それから、もう一つ頼みたいことが……」
「何かな?」
「そ、その、これを、ハウエンツァ先生に渡してきてほしいのですが……」
その手には、先程霧川にあげたチョコよりもよっぽど手の込んだ代物が。
「あ、私からとは言わないでおいてください」
その時、私はチョコまで腐っていないよね? などと場違いなことを考えていた。
7
霧川とハウエンツァ先生の寸劇をエレーナと盗み見た後、私はエレーナにチ〇ルチョコを渡して帰る準備を始めた。
え、チョコ準備しているんじゃないかって?
まぁうん、普段お世話になっている女子にはね。
ちなみに、エレーナの他に保険委員会の先輩にも渡した。こっちはポ〇キーだ。や、イメージ的に。
その時、先輩からも手作りらしきチョコレートを貰った覚えはあるのだが、その後気が付いたら保健室のベットで先輩に介抱されていて、チョコレートはどこにも見当たらなかった。
はて、どこにいったのだろうか? 私はチョコレートを失くして少々罪悪感を感じているのだが、ひょっこり見つかったりしないだろうか?
などと思考している内に準備が終わったので、校舎を出る。
――しかし、アレだね。
バレンタインズモテ度(貰ったチョコレートの数)
ハウエンツァ先生>>>スキンク先輩>>>>>>【超えられない壁】>>>>>>霧川≧校長>>>【自然界に存在するかどうか議論が必要な数】≧酔っぱらい
変な男=モテる、という公式でも存在するのだろうか? いや、最後のは別として。
……はっ! 私ってマトモな知り合いの男が霧川しかいないっ!?
8
――あれ? スキンク先輩?
衝撃の事実に項垂れながらも校庭に出た私の目に、フード(食物の方ではない)系モテモテボーイスキンク先輩が映ってしまった。
まださっきの場所に立ち尽くしている。
地面に置いたチョコもそそままだ。
よくチョコを見ると、2月だというのにアリが集まっていた。
地球温怜化、恐るべし。……あれ? 何か違う気がする。社会ニガテなんだよなぁ。そもそも、勉強なんて出来なくったって生きていけるのだ。まったく、貴重な時間をこんな無駄に使わせるなんて、政府は何をしているのだろうか?
などと、私が国の未来を心配していると、スキンク先輩はフードの中からおもむろに袋を取り出した。
封を開けると、中からムカデがたくさん出てきてチョコについたアリを食べ始め……。
「――っ!(声にならない声)」
逃げたよそりゃ、全力で。
8.5
「ただいま~」
と、傷心の私が家でくつろいでいると、黒髪の男が家に侵入してきた。
珍しく酔っぱらっていないレリオ父さんだ。
……え、朝見なかったかって? 何の話?
「あらー、おかえりなさい」
と、遠堂母さんが迎え出た。
言っとくけど、苗字じゃないからね。
「レー君、チョコもらった?」
と、母さんが意味のない事務的な言葉を掛ける。
「いや、一つももらわなかったよ」
とまぁ、レー君こと父さんがこれまた事務的に答えた。
すると、母さんの瞳孔がバッ、という効果音がしそうな勢いで開く。
「それはそうよ。だってあたしがそんな輩は葬っておいたから。だってだって、そんなのあたし耐えられないもの。レー君が魅力的でメス豚どもにモテてしまうのは当然のことなんだけど、レー君はあたしのあたしのあたしのあたしだけの物だからっ! だからだからだからっ、あたしがレー君に近づく豚共には《ピー》とか《ピーッ》とか《ビー》とか《ビービービーッ》とかでお仕置きしてレー君に二度と三度と半径1mも近づけないようにするの。でもねでもねっ、大丈夫! だってレー君にはあたしがいるもの! ラグちゃんがお嫁に行ったってあたしがずーーーーーーっといっしょに居てあげるから。ねっ! だってだってだってだってだって、あたし達はそういう運命に生まれたんだからっ! これはあたし達が生まれた時、ううん、生まれるずっとずっとずーーーーーっと前から決まっていたことなんだからねっ! あ、そうだ。ラグちゃんラグちゃん、弟と妹だったらどっちが欲しい? なんて、聞くまでないよねっ。どっちもだよねっ! 善は急げ善は急げ! レー君、あたし達のお部屋に行こっ!」
……さ、寝るかな。
9
「どうぞ、校長」
「……? おお、そういえば今日はバレンタインデーだったの。礼を言うぞ、リリナ」
「いえ、私などに勿体ないお言葉です」
校長室、と銘うってある一室。
そこには、小学生の女の子にしか見えない三十路すぎのロリ系ショタおじさまこと校長ノイウェルと、年齢不詳のクーデレ系教頭リリナがいた。
「余にチョコレートくれたのはリリナだけだ」
「そうなのですか(ショタコンは全て排除しましたので)」
「うむ。どうやらラグナとかいう女子生徒が事情を知っているようだな(モテ度表参考)。後で聞いてみるかの」
そんな、校長室でのお話。