第6章 生姜焼きとバックドア
九条健太が業界から姿を消して一ヶ月。
美緒はフリーランスとして小さな仕事を請け負い、翔太は表向きは美緒のマネージャー、裏では『いなほ』の片隅で、ネットに蔓延る「小さな毒」を中和する日々を送っていた。
1. 秘密基地の昼下がり
「はい、美緒ちゃん。今日は特別にマカロニサラダ多めに入れといたからね」
『いなほ』の店主が、湯気の立つ皿を運んでくる。
「ありがとうございます! おじさんのマヨネーズ加減、世界一です」
美緒が屈託のない笑顔を見せる。
その隣で、翔太はタブレットを片手に、眉間に皺を寄せていた 。
「……美緒さん、食べてる間に一ついいですか。昨日、美緒さんが納品したロゴのサイト、すでに『コピーサイト』が3つ立ち上がっています」
「ええっ、また? せっかく頑張って作ったのに……」
「大丈夫です。すでに発信元は特定しました。中学生が小遣い稼ぎで作ったアフィリエイトブログです 。……お灸を据えるついでに、彼らが勝手に広告を表示できないよう、サイトのスクリプトを少し『書き換え』ておきました」
「翔太君、それやりすぎじゃない? まあ、悪いことしてるのは向こうだけど……」
2. 招かれざる「依頼」
二人が和やかに食事を進めていると、店の古びた引き戸が勢いよく開いた。入ってきたのは、顔色の悪い、憔悴しきった様子の若い女性だった。
「あの……ここに、『嘘を暴いてくれる人』がいるって聞いて……」
彼女が差し出したスマホの画面には、ある「副業マッチングアプリ」の広告が表示されていた。
「これに登録したら、初期費用として30万取られて、連絡が取れなくなったんです。警察に行っても『自己責任だ』って……。でも、九条健太の正体を暴いた人なら、なんとかしてくれるって、ネットの掲示板で……」
翔太と美緒は顔を見合わせた。
九条を倒したことで、彼らは意図せず「ネットの駆け込み寺」のような噂を立てられていたのだ。
「……翔太君、どうする?」
美緒の問いに、翔太は自分の生姜焼きを一口食べ、静かに答えた 。
「『いなほ』の平穏を乱すノイズは、排除するに限ります。美緒さん、そのアプリのUIデザイン、見せてもらえますか? 作り手の『癖』を見抜けば、サーバーの場所なんてすぐに分かります」
3. 背後に潜む「巨大な影」
一見、よくある詐欺アプリに思えた。
しかし、翔太が解析を進めるうちに、不気味な事実が浮上する。
「……おかしいですね。このアプリのコード、九条さんが使っていた『フォロワー水増しツール』と同じアルゴリズムが組み込まれています」
「えっ、じゃあこれって……」
「ええ。九条健太は、単なる氷山の一角だった。彼にツールを提供し、嘘の数字で着飾らせていた『供給源』が別にいます 。この詐欺アプリも、その供給源が資金源として運営している可能性が高い」
一条響が言っていた「怪物が潜んでいる」という言葉が、現実味を帯びて翔太の脳裏をよぎった。
4. 決意の唐揚げ
「翔太君、これ放っておけないよ。このままじゃ、もっと被害が出る」
美緒が真剣な表情で訴える。
「分かっています。……ですが、ここから先は九条さんの時のような『炎上』では済みません。相手はプロの犯罪者集団だ。僕たちが『着火』すれば、彼らは全力で消しに来る」
「それでも。……私のデザインを汚して、人の夢を利用する奴らを、見過ごしたまま唐揚げを食べるなんてできないもん」
翔太はふっと口角を上げた。
「……分かりました。では、美緒さんはそのアプリの『もっともらしい修正案』を作ってください。それをエサに、彼らのサーバーに特大のバックドアを仕掛けます」
定食屋の黄色い電球の下、二人は再び、見えない敵に向けた「導火線」に火をつけた。
それは、単なる復讐ではなく、自分たちの信じる「正しさ」を守るための戦いの始まりだった。




