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第1章 綻びの種を蒔く

「……終わった。一応、九条さんの言う通りの『エモい』ピンクに調整したよ」

 美緒がキーボードから手を離し、大きく伸びをした。

 深夜1時のオフィスに、椅子の軋む音が響く。

「お疲れ様です。見事な『偽物』ですね」

「言い方! ……まあ、否定はしないけど」


 俺は自分の画面に、美緒が仕上げたロゴデータを読み込ませた。

「でも翔太君、これのどこに『罠』があるの? 見た目は完璧に九条さんの好みだし、クライアントも喜びそうだけど」

「このロゴのカラーコード、見てください」

「ええと……#FFB6C1?」

「そうです。でも、背景のグラデーションに、1ピクセルだけ『別の色』を混ぜてあります」

 俺は画面を最大まで拡大した。

 そこには、肉眼では判別不能な極小の点が、規則的なパターンで配置されている。


「これ、何?」

「一種のデジタル・ウォーターマーク(電子透水)です。

 特定の画像解析フィルタを通すと、僕の署名と、このロゴが制作された本当の日時が浮かび上がるようにしてあります」

「……え、それって、九条さんが『自分が作った』って言い張った瞬間に……」

「証拠になります。ログを消されても、画像そのものが真実を語る」


 美緒が「うわぁ」と小さく声を漏らして、俺の顔をのぞき込んできた。

「翔太君、怒らせると一番怖いタイプだね」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「もちろん。……あ、九条さんからLINE。……うげ」

 美緒が眉をひそめてスマホを見せる。


【九条:明日10時、クライアントに直行。美緒ちゃんは資料の予備持ってきてね。翔太は留守番でw】

「『留守番でw』……。

 草生やしてる場合じゃないでしょ、この人」

「いいですよ。彼が外に出ている間の方が、社内サーバーでの『作業』が捗りますから」


 俺は静かにマウスを滑らせ、社内の共有フォルダにある「九条健太」の個人ディレクトリへアクセスした。

 パスワードは、彼のSNSの投稿履歴から推測した「愛犬の名前と誕生日」だ。

 案の定、一発で通った。


「セキュリティ意識まで『映え』重視とは、助かりますね」

「……ねえ、翔太君。これ、本当にバレない?」

「バレませんよ。彼にとって、俺たちは『便利な道具』でしかない」

 俺は美緒に向き直り、少しだけ声を落とした。

「道具が勝手に思考を始めているなんて、彼は夢にも思っていないはずです」

 美緒が、少しだけいたずらっぽく笑った。


「わかった。じゃあ、私は明日の会議で、最高に『無能なフリ』をしてくる。九条さんが調子に乗って、自分からボロを出すように」

「お願いします。……それと、美緒さん」

「ん?」

「明日の夜、空けておいてください。九条さんが絶対に気づかない、もう一つの『仕掛け』を共有します」

 美緒の瞳が、深夜の青白いモニターの光を反射して、一瞬だけ期待に揺れた気がした。

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