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第17章 亡霊の照準(サイト・ライン)

 有明、東京ビッグサイトに隣接する最新鋭の多目的ホール。

『デジタル都市計画:アルカディア・プロジェクト』の記念式典会場は、数千人の招待客と、数千万人のライブ視聴者の熱狂に包まれていた。


「……現在、正面ゲートのAI検知率、8%まで低下。今だ、行け」

 翔太の耳元で、地下の「教授」の声が響く。

 会場外の電光掲示板には、ハッカー仲間たちが仕掛けた「極彩色のアートノイズ」が溢れ、アルカディアの監視AIは、その膨大な情報処理にリソースを奪われ、一時的に「盲目」となっていた。


 1. 透明な侵入者


 翔太は、清掃作業員の制服に身を包み、深くキャップを被って搬入口から足を踏み入れた。

 背中のリュックには、あの粗末な外見の「プロジェクション・ダガー」が、殺意を秘めた刃のように収まっている。

「……警備員2名、10メートル先を右折。……翔太、左のキャットウォークへ上がれ。そこなら監視カメラの死角だ」

「了解」

 翔太は息を殺し、壁際に身を潜めた。

 頭上では、4Kカメラを搭載した警備ドローンが羽音を立てて巡回している。

 翔太は教授が開発した「赤外線反射パッチ」を胸に貼り、ドローンの熱源センサーから自分の存在を消し去った。

 垂直の梯子を登る。

 手のひらにじっとりと汗が滲む。

 一段登るたび、眼下のホールからはオーケストラの壮大な演奏と、アルカディアの力を誇示する重低音が響いてくる。


 2. 高所の孤独


 地上20メートル。ホールの天井付近に張り巡らされた、照明機材用のキャットウォーク。

 そこは、鉄錆の匂いと強烈なスポットライトの熱気が支配する、影の世界だった。

「……ポイントに到着。座標、北緯35度、東経139度……ターゲットとの距離、45メートル」

 翔太はリュックからデバイスを取り出し、鉄柵に固定した。

 眼下には、まるで銀河のように輝くステージが見える。

 その中央に設置された、高さ10メートルの巨大LEDスクリーン。

 そこには今、美緒が命を削って描いた、あの「ゆらぎ」を持つロゴが映し出されていた。

「……美緒さん」

 翔太の視界の端に、ステージの袖で出番を待つ一人の女性の姿が映った。

 スポットライトを浴びる前の彼女は、小さく、ひどく脆そうに見える。

 だが、その背筋はかつて『いなほ』で唐揚げを頬張っていた時と同じ、凛とした強さを持っていた。


 3. ロック・オン


「翔太、急げ。蓮見の『掃除屋』が異変に気づいた。システムの負荷が異常だと騒ぎ始めている。……あと3分で、全システムが強制リブートされるぞ。そうなれば、僕たちのノイズは消える」

「……分かっています」

 翔太はプロジェクション・ダガーの照準器スコープを覗き込んだ。

 十字のレティクルの中央に、ロゴの「黄金比の交差点」……美緒が仕掛けた5つの座標のうち、最も重要な中心点を捉える。

『ゆらぎ』が、モニターの走査線と干渉し、モアレ現象のように揺れている。

 それは、翔太にしか見えない「招待状」だった。

「レンズ、焦点合わせ完了。……出力、最大。……光学的認証プログラム『I-NA-HO』、スタンバイ」


 4. 0.01ミリの再会


 その時、ステージに蓮見が現れた。

 彼は万雷の拍手の中、満足げな笑みを浮かべてマイクの前に立つ。

 蓮見の視線が、一瞬だけ、天井の闇に向けられたような気がした。

「……来い、ネズミ。君が最後にどんな悪あがきを見せるのか、特等席で見ていてやる」

 蓮見の心の声が聞こえたような錯覚に、翔太の指が震える。

 だが、その震えを止めたのは、イヤホンから漏れ聞こえてきた「音」だった。

 ステージ上の美緒が、登壇する直前、マイクの感度チェックを装って、あるリズムで指を叩いたのだ。

 ト、ト、トン。ト、トン。

 それは、定食屋『いなほ』の店主が、客が帰る時に包丁でまな板を叩く、いつものリズムだった。

「……ふっ」 翔太の口元に、この数日間で初めての笑みがこぼれた。

 全身の力が抜け、意識がクリアになる。

「……ターゲット、完全ロック。……美緒さん、今、あなたの『祈り』を解放します」

 翔太の指が、最終起動スイッチに触れた。

 その刹那、背後の扉が激しく蹴破られる音が響いた。

 蓮見の放った「第四班」の刺客たちが、ついにこのキャットウォークを特定したのだ。

「そこまでだ!」

 怒声と同時に、複数のレーザーサイトが翔太の背中に突き刺さる。

 だが、翔太は振り返らなかった。

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