学園ウルティムの洗礼
魔者の学園と聞かされていたので、ある程度の覚悟はしていた。
危険な目に遭うかもしれないし、当然スマホの電波も期待できないだろう。
……とはいえ、だ――。
「はーははっ! 喰い放題だぜぇええええ!」
形だけの入学式が終わって早々、教室は阿鼻叫喚の地獄と化す。
2m近い大男が突然、周囲の生徒を手当たり次第に殴り殺し、恍惚の笑みで死肉を貪り始めた。
度し難い蛮行を機に、学園中で無数の悲鳴と怒号が飛び交う。
考えたくはないが、他の教室でも似たようなバカが暴れている可能性が高い。
しかも生肉大好き野郎はあろうことか、この俺を次の食事メニューに選ぶ。
「なんだぁ? 魔力が弱すぎて居るのに気づかなかったぜぇ~」
「そうかい? 無視される口実にしては斬新だな。脳味噌は好みじゃないのか? もう少し足しておいた方がいいと思うぞ」
数瞬の沈黙が流れ、大男の血走った瞳孔が真円を描く。
刹那、岩と見紛う拳が猛スピードで迫る。
「望み通り、脳味噌ブチ撒けやがれ!」
「やっぱ足りてねぇんだよなぁ、オツムがよ!」
瞳孔は生物の感情を映す鏡。
冷静な観察力によって相手よりも速く動いた俺は、素早く付近の机に身を隠す。
「馬鹿が! そんなものが役に立つか! 全部まとめて挽肉にしてやるぜ!」
机を盾代わりに紙一重で豪腕を避け、再び距離を取る。
直後、足元に転がった落とし物を持ち主に蹴り返してやった。
「弱っちい雑魚が手間を……手……お、俺の手がぁああああ!」
「おやおや、手がどうしたって? そこに落ちてる小指はお前のだろ。ちゃんと拾っておけよ」
自慢の拳は無残に裂け、血塗れの薬指は皮一枚でつながっていた。
鮮やかな技ありに、教室のどこかで拍手があがる。
思った通り、魔者の倫理観は人間のそれとは違うようだ。
多分、アニムさんは魔者の中でも飛び抜けて温厚なのだろう。
「なんだこりゃぁあ!? どうなってやがんだあ!」
血眼の瞳が今頃になってタネに気づく。
どうやら魔者は人間の道具について、殆ど知識を持っていないらしい。
思わぬところで有益な情報を得られ、得意顔でタネ明かしを披露する。
「俺はただ逃げていたわけじゃない。お前がウマウマやってる間に、ちょいと仕掛けさせてもらったぜ」
整然と並べられた机の陰で、巧妙に張り巡らせたピアノ線が光を放つ。
『忘れられた庭』を通りかかった時に、色々と仕込んでおいて正解だった。
「化物の学校に丸腰で登校すると思ったか? 殺されるくらいなら、ぶっ殺した方が遥かにマシだろうが!」
ベルトに差した拳銃を抜き、躊躇う前に6発の弾丸を撃ち込む。
正直、ここまでするつもりは無かった。
だが、床に散乱するクラスメイトの残骸が、俺の判断力を狂わせた。
頭に上った血が冷める頃、どうしようもなく足が震えていることに気づく。
とうとう他人を殺めてしまった――はずだった。
「バァッ……! ガァ、舐めや……がってぇぇええ!」
「ど、どうなってやがる!」
45口径を頭に6発も受け、生きていられる生物など存在するのか?
永遠のテーマと思われた答えを見せつけられ、激しく動揺してしまう。
焦った手は言うことを聞かず、予備の弾丸を落としてしまった。
「ヤバイ!」
「死にやが――れ……ヴェ゙」
騒然とした教室に無数の閃光が走り、今まさに振り下ろされようとしていた拳が静止する。
次の瞬間、大男の体は細切れの肉塊となって崩れ落ちた。
何が起きたのか理解できず、困惑する視界に黒髪のイケメンが映る。
「その程度の魔力で随分と無茶をする。貴様、死にたくなければ早々に立ち去った方が身の為だぞ」
「早退しろってのか? いつもなら御言葉に甘えるんだけどな、生憎そうもいかねぇんだよ」
親切なイケメンは何も持っておらず、どうやって殺したのか見当もつかない。
しかし、考えてみれば当然なのかもしれない。
「魔者の学校だもんなぁ。それくらい出来て当然ってことか」
入学式から約1時間。
早くも魔界の洗礼を受け、1年という時間の重さを痛感していた。




