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ボーダーフリー  作者: ちゃりネコ


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絶望と希望が交錯する門出

「貴女の……その角は……本当に?」


 自分でも踏み込んだ質問だと思う。

 その反面、込み上げる好奇心を抑えきれなかったのも事実だ。


「ふふっ、触ってみる?」

「いや! あの、嫌じゃないっていうか……すんません」


 どもる姿がよほど面白かったのか、アニムさんは少女のような声をあげて笑う。

 多分だけど、若かった頃はとんでもない美人だったはずだ。


「そろそろ朝のお茶にしましょ。色々と話しておく事もあるから」


 どこまでも清らかな風を帯び、粛々とお茶会の準備は進む。

 三姉妹は俺が手伝おうとすると唸り声をあげて威嚇(いかく)し、決して心を許そうとしない。

 理不尽な仕打ちには慣れているが、初対面でここまで嫌われた理由は何だ?

 これまでの道程を思い出していると、三姉妹の一人が声をあげた。


「あー! こいつ、またアニム様の御寝所(ごしんしょ)に!」

「またー」

「ねこー」


 振り向くと猫耳に尻尾のアクセサリーを着けた女の子が起き上がり、眠そうな顔で欠伸(あくび)をしている。

 きっと草むしりをしている間に、近所の子供が訪ねてきたのだろう。

 普通はそう考える……()()()()()()()()()()()()――。


「おはよう~、お婆ちゃ~ん」


 女の子は挨拶を済ませると(またた)く間に三毛猫に姿を変え、甘えた声でアニムさんにすり寄った。

 目前で見ていた俺は度肝を抜かれ、呆気(あっけ)に取られて声も出ない。


「ふふっ、おはよう酔虎スイコ。さあ、お茶を頂きながら話しましょう。この世界の成り立ちについてね」


 無言で(うなず)くことしかできず、焦って何度も椅子(いす)をひっくり返す。

 ようやく着席すると、彼女は落ち着いた声で話し始めた。


「最初に言っておきます。ここは人間の住む世界ではありません」

「ッッ!」


 ある程度予想していたとはいえ、こうして断言されると結構なショックだ。

 そして、アニムさんを含めた住民は……。


「言うまでもなく、私達は人間とは別種の存在。貴方達の世界では“ 魔者(まもの) ” と呼ばれているわ」


 魔者なんて聞いたこともない。

 だが、彼女が嘘をついているとは思えず、昨日から奇妙な現実ばかりを目撃している。

 論より証拠が正しいなら、受け入れるしか生きる道はないのだろう。


「し、信じます。仰ることの全てを」

「若いだけあって柔軟ね。でも、何事においても()()()()()()()()()()よ。これからの生活を考えればね」


 彼女の意図を汲んだ三姉妹は無言で(うなず)き、それぞれの背中を向かい合わせると、見る間に三ツ又の獣へと姿を変えた。

 俺は驚きと恐怖を一度に味わうと共に、三姉妹が敵視する理由も判明した。

 燃え上がるような獣毛の一部が焼け焦げ、痛々しい傷があったからだ。


「慣れは済ませたかしら? 改めまして、 “ 魔界 ” へようこそ。これから貴方は――」



 ◇◇◇



 正直なところ、アニムさんの説明を完璧に理解できていたのかは怪しい。

 彼女が口にする事柄は、脳味噌をハンマーで殴られたレベルで衝撃的だった。

 激しい目眩と頭痛に耐え、どうにか飲み込めたのは2つだけ。

 耳奥に止まない反響を抱え、数時間前の出来事を思い出す。


 ―――――――――


「ウソだろ!? 元の世界に戻れないのかよ!」


 アニムさんが提示した1つ目の事実に驚き、大声をあげてしまった。

 慌てて口元を押さえるが、彼女は平然とした態度のまま話を続ける。


「貴方を還して差し上げたいのだけれど、今の私には無理なの」

「なら、どうすれば……。俺は一生、この世界で暮らすんですか?」


 元の世界に愛着があった訳ではない。

 それでも化物が徘徊する世界よりは、平和な日本の方が遥かにマシだ。

 現に、今も犬っコロ三姉妹が俺のすねに噛みついているのだから。


「若い身空で大変だと思うわ。でもね、全く手がないとも言い切れないのよ」

「還る手段があるんですか!? お願いします、教えてください!」


 可能なら、足を喰い千切られる前に教えてほしい。

 彼女は迷った様子を見せた後、2つ目に繋がる事実を口にした。


「分かりました、この際だからハッキリ言うわ。死にたくなければ、魔界で唯一の学園にお行きなさい」

「学園……学校ですか? そこに通うことと、元の世界に還ることに、何の関係が?」

「そこは2千年ぶりに開校した『学園ウルティム』よ。そこで一年間過ごせれば、どんな願いでも叶うはずだわ」


 死にたくなければ――どんな願いでも叶う……。

 僅かな会話の中に、絶望と希望が同居する。

 こんな馬鹿げた話を元の世界で口にしたならば、空想好きの金髪野郎と言われ、ますます人に避けられてしまうだろう。

 だが、もはや他に手段はないのだ。


 ―――――――――


「おい、ボーッとしてんなよ。そろそろだぞ」

「何でお前まで付いてきてんだ」


 酔虎スイコと呼ばれた三毛猫は、面白そうだという理由で付いてきた。

 こいつも入学する気なのだろうか?

 アニムさんは会話の最後で、美しい顔を曇らせながら口にした。


「きっと……きっと貴方は、私をひどく恨むわ。でもね、これだけは覚えておいて」


 あの時の会話は絶対に、生涯忘れない。

 母親に捨てられた俺を胸に抱き、涙を流して伝えてくれた言葉を。


「誰にも負けないで――か……」


 新たな門出を祝い、学園ウルティムの鐘が鳴り響く。



 ◇◇◇

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