開かずの非常口
「帰りの手段を考えてなかった……」
なるべく人目を避けて遠回りのルートを通った為、再び学校に戻った頃には夕方になっていた。
初夏の真っ昼間から飲まず食わずで歩き通し、疲労と渇きで座り込む。
「知りもしない女の為に、俺ってよぉ……アホみてぇじゃねぇか?」
自嘲気味な問いを否定してくれる友達なんて居やしない。
放課後の校庭はパトカーで溢れ、職員室には教員よりも多くの警官が詰めかけている。
重要参考人の俺は教室に戻ることもできず、取り壊し間近の旧校舎で体を休めるしかなかった。
ここは昼間でも薄暗く、オマケに出ると噂される曰くつきの場所。
おかげで誰も寄り付かないのでサボる時に重宝しているのだが、女子高生誘拐事件の直後ともなれば、いつ警官がガサ入れにきても不思議ではない。
「今度っつ~今度はダメかもな。さてさて……鬱陶しい説教を喰らう前に、スパッと辞めちまうか」
退学を決意した矢先、旧校舎に呻き声を思わせる怪音が響く。
「なんだ? 誰かいるのか!」
ついに警官が来たのかと身構えるが、殺風景な視界は無人のままだ。
周囲を見回していると、やがて音の発信元にたどり着く。
「まさか……いや、ありえねぇって!」
生徒の間で真しやかに囁かれている噂、『開かずの非常口』
不気味な音はそこから漏れ出していた。
くぐもった雑音は徐々に形を成し、焦った俺が扉に蹴りを入れる前に、明確なメッセージを発した。
「それなら……別の学校を紹介しよう。君ならきっと、気に入るはずだ」
返答する間もなく、疲れた体は漆黒に渦巻く扉へと吸い込まれてしまう。
異様な余韻を残したまま、無人となった旧校舎だけが俺の最後を目撃していた。
◇◇◇
生暖かい風が頬を撫でる。
耐えがたい獣臭が鼻孔をくすぐり、絶え間ない微振が肌を伝う。
「ここは?」
どれだけの間、気を失っていたのか見当もつかない。
少なくとも屋外であることは明白だった。
「どうなってんだ? ここは校舎の中じゃない。それどころか……ど、どこなんだ!?」
ぼやけた脳が覚醒するにつれて、見知った場所とは違うのだと認めざるを得なくなった。
そこは鬱蒼とした森に囲まれ、漆黒の曇空には紫電が迸る。
極めつけは遥か遠方にそびえる山脈だ。
「まるでケーキを切ったみたいに真っ二つに……。地滑りとか、地震が原因でこうも綺麗に分かれるものなのか?」
地理テストで毎回赤点を取る俺でも、肌を通して感じる異常を瞬時に理解できた。
「ここは日本じゃない……。日本とは思えない」
正面の森は見たこともない植物が蠢き、四方八方から獰猛な唸り声が轟く。
時折、翼竜を思わせる巨大生物が地上に影を落とし、獲物を探して旋回する。
俺は東北のド田舎出身だが、ここまで文明とかけ離れた土地は聞いたことがない。
「なんだか知らんけど……ここはヤバい! 直感だが、じっとしてたら絶対に死ぬ!」
遭難時の鉄則は動かずに救助を待つこと。
だが、俺の直感的本能が警告している。
死にたくなければ、今すぐに行動しろ――と……。
「これは道か? 人が通った跡があるぞ」
荒れた地面を注意深く観察すると、僅かに踏み跡が残されていた。
頼みのスマホは圏外な上に、なぜか方位磁石も機能しない。
土地勘すら持たない俺にとって、森の奥へと伸びていく踏み跡は唯一の希望だった。
「迷ってても仕方がない。腹を括って行くしかねぇよなあ!」
自分を鼓舞するように気合いを入れ、延々と続く道なき道を歩き始めた。




