甦った古の絶望
合宿7日目の夜。
体感的に19時を回っても、ゾンビの群れは影すら見せない。
「なぁ、やっぱ妙じゃねぇか? いつもなら新装開店のパチ屋より大盛況なのによ、今夜に限っちゃ閑古鳥だぜ」
「パチ……? 言っている意味は分からないが、確かに妙ではある。ここは下手に動かず、闇兎の報告を待とう」
ラケルの冷静な判断に周囲が同意を示す。
俺は皆の集中力が途切れないように、時折防衛ポイントを行き来しては、簡単な声かけを行う。
「ゾンビ共も連日のどんちゃん騒ぎで疲れたんだろ」
「確かに、連中のハイテンションときたら、放課後のお前より生き生きしてるもんな。気ぃ抜くなよ」
ヘンリーとの馬鹿話も板についた頃、拠点の隙間を通って黒い霧が入り込む。
やがて拡散した粒子が形を成し、ゴシックロリータ調のドレスを着た闇兎が姿を現す。
「おかしいわ……。どれだけ探しても腐肉喰どころか、ゾンビも見つからないよ」
「昨日で打ち止めってのは……ないよなぁ」
皆が腕を組んで考えている間、俺は以前から疑問に思っていた事を口にするべきか迷っていた。
“ 大量のゾンビはどこから来たのか? ”
この6日間、嫌というほどゾンビと戦ってきた。
だが、合宿以前は『忘れられた庭』で連中を見たことなど一度もないのだ。
雨後のタケノコみたいに土からゾンビが生まれてくるなど、B級映画でもクソ設定過ぎるだろ。
「なぁ、もしかしてゾンビって――」
直後、拠点に巨大な魔方陣が出現する。
しかも、恐ろしく複雑巧緻な術式で描かれた魔法だ。
「こ、候補生が扱える範疇の魔法ではない! もっと……遥かに高位の術者!」
「なんだ……足元? いや、地中から伝わる鼓動! なにか……何かが来る!」
確信した時には遅かった。
ひび割れたコンクリート床が爆ぜ、禍々しい瘴気が噴き出す。
刺激臭を伴う息吹が辺りを蝕み、焦点の定まらない瞳が俺達を見つめる。
「ドラゴン!?」
「間違いない……間違えるはずがない! 2千年前の戦いで戦死した竜人族 、腐蝕龍!」
常に冷静で泰然としたラケルが、元はドラゴンと思われるゾンビに激しく動揺する。
全身が朽ち果てても尚、及びもつかない身体能力を有するドラゴン族の骸は、耳をつんざく咆哮で戦いの口火を切った。
危険な音圧が大地を揺らし、コンクリート製の拠点は風に吹かれた砂山のように崩れ去った。
魔界の月明かりが、2千年振りに帰還した古の英雄を出迎える。
「早く外へ!」」
「痛ッッてぇ……耳が……!」
「ど、どうすれば……ラケル様!」
「エルー! 石化の魔眼だ!」
身も竦む咆哮の最中、カトブレパスの少女が魔眼の力を解き放つ。
だが、勇気を振り絞って視線を交錯させたにもかかわらず、一向に石化する気配はない。
「だ、駄目です! カローグには……私より魔力が大きい魔者には通用しないの!」
悲壮感に満ちた表情が絶望を物語る。
「こうなれば各自、近接戦闘を――!?」
ラケルの号令を待たず、2名の戦士が突撃を敢行する。
「……正面は我ら不死者が請け負う」
「汝らは下がっておれ!」
「スケさん! デュラン! こいつは腐食喰など足元にも及ばない! 正面から挑むのは無謀だ!」
両雄が激突した瞬間、誰もが自分の目を疑う。。
スケさんの大太刀は斬りつけたと同時に腐食し、まるで熱したチョコレートのように溶け落ちた。
カローグの強靭な尾が唸りを上げ、守勢に回ったスケさんに襲いかかる。
尾は二本の刀を巧みに掻い潜り、無防備な半身を粉々に打ち砕く。
「……!」
「怯むな、アンデッドの居場所は死地にこそ見出だしたり!」
デュランの斧が朽ちた肋骨から覗く心臓めがけ、渾身の一撃を叩き込む。
カローグの巨体が震え、今度こそ有効打を与えたと確信するが……。
「グゥ、これは!」
傷口から瘴気を含んだ黒血が吹き、全身に浴びたデュランを瞬く間に溶解させた。
辛うじて返り血を免れた首が、決死のメッセージを伝える。
「此奴を倒すには、生半可な攻撃は通じぬ! 一撃を……全てを決するほどの破壊の力を――」
カローグの前半身が高々と上がり、彼の言葉を遮る。
本当に一瞬の出来事だった。
自分の目で見たはずなのに、脳が理解を拒む。
「デュラン……? デュラァアアアアン!」
戦友の名を叫んでも、二度と声は返ってこない。
首があった場所には黒い染みが広がり、考え得る一切の希望を否定した。




