少女が顔をあげる時
「遅ぇぞ天涯!」
「あれだけのトラップがもう突破されてんのかよ! マジに初日より多いじゃん!」
正面玄関には複数のゾンビが入り込み、頼みのラケルは大群の侵入を防ぐだけで手一杯。
拠点の補強やトラップの設置など、初日よりも入念な準備をしたにもかかわらず、あっさりと侵入を許してしまう。
「昨夜の倍――いや、3倍はいるぞ!」
「ちょい読みが甘かったかもな……」
「言ってる場合じゃねぇ! 次が来てんぞ!」
ゾンビは文字通り、大地を埋め尽くすほどの数で押し寄せ、撃退する度に勢いを増しているように思える。
ヘンリーと一緒に設置した手榴弾トラップは、既に100体近い撃退に成功していた。
しかし、第3波が襲来する頃には他のトラップも含め、殆どが使い潰されてしまったのだ。
「構うか! こっからは気合いで乗り切りゃいーんだろ!」
「結局、根性論かよ! 俺が死んだら、毎夜美女の枕元に化けて出るからな!」
「死んだ後も、このバカがやってるこたぁ変わんねぇ!」
大型ハンマーの2本持ちで窓際のゾンビを薙ぎ払い、水際で侵入を食い止めた。
気のせいか、昨日よりもハンマーが軽いように感じる。
「来いよ、どんどん来い!」
「……やるではないか小僧」
「我輩らも奮起すべし!」
スケさんとデュランは息の合った連携をみせ、勢いを増すゾンビの群を圧倒する。
2階から投擲される手榴弾の援護もあって、徐々に余裕が生まれつつあった。
「各員、死にたくなければラルヴァの魔法間隔に気を配れ! ラルヴァは敵を引き付け、最大効率で魔法を放て!」
「よっしゃ、これなら朝までもちそうだぜ」
「ああ、やっぱ魔力の強化が効いて――待て、何だ……地震?」
老朽化したコンクリートの床が震え、真っ白な埃が舞い落ちる。
指向性を持った振動は徐々に大きくなり、募りゆく嫌な予感は闇兎の報告で確信へと変わった。
「じゅ……12時! 12時の方角からキモデカイのが来てる!」
「デカイ? それってよぉ、まさか……」
突然、轟音と共に拠点の一角が崩れ、ゾンビよりも醜悪な化物が姿を現す。
そいつは数十体のゾンビをまとめて煮詰め、半透明の粘液で雑に固めたような奴だ。
「腐肉喰だと!? 本来は洞窟や迷宮を好む魔獣が、こんな場所で生息しているはずがない!」
「知るかよ! どうすりゃいい!? どうやって倒すんだ!?」
粘液まみれの化物は直立すると、拠点とほぼ同じ高さに達していた。
ラケルが状況を呑み込むよりも早く、崩れた大穴からゾンビの群れが押し寄せる。
「と、とにかく穴を塞げ!」
「くそったれが! 俺が引き付けてる間に塞いでくれ!」
「あー、こーれは死ぬかもにゃ~」
バカ猫がさっさと2階に避難すると、1階は半ばパニック状態に陥った。
猫の手も借りたいというのに、真っ先に逃げるとかあり得ねぇ!
「……デュラン」
「言葉は不要! 我ら、これより死地に向けて突撃する所存なり!」
「ま、待て! 戻れ!」
スケさんとデュランは止めるのも聞かず、ズルツェに向かって突っ込んでいく。
両者の振るう大太刀と斧が肉を切り裂き、骨を両断する。
それでも規格外の巨体には効果が薄く、物理的な破壊を得意とする両者とは相性がよいとは言えず、身を挺しての時間稼ぎだということは明白。
最前線を担う彼らがズルツェと戦う間、拠点は一進一退の攻防が続く。
「今のうちに穴を塞ぐんだ!」
「駄目だ……破損が大きすぎる! 資材もねぇ!」
背後ではスケさんが捨て身の特攻を繰り返し、デュランは強烈な一撃で壁に叩きつけられていた。
時間も資材もない中、皆の胸中に確信めいた絶望が忍び寄る。
そして、運命の分岐点は静かに、さらに劇的な形で訪れた。
「随分と賑やかね。おちおち寝てもいられないじゃない」
「私も……戦う……よ」
拠点に一陣の風が吹き荒れ、一瞬にしてゾンビの氷像が乱立する。
ぽっかりと空いた大穴は蠢く樹木が被い、瞬時に敵の侵入を阻む。
思いもしなかった援軍に、折れかけた戦意が再び燃え上がるのを実感した。
「雪影! それにドリアドネも!」
「おっと、まだ真打ちを残してあるんだ」
その小さな一歩は、彼女にとって決して簡単なものではなかったはずだ。
しかし、勇気をもって踏み出した一歩が、皆の運命を繋ぎ止めた。
「魔眼を使います! 皆さん、目を閉じて!」
その瞬間、世界が静止したのかと錯覚した。
全ての音が消し飛び、まるで写真の中に閉じ込められたような感覚を味わう。
躊躇いがちに目を開けると、まさに世界が一変していた。
「…………お、おいおい……マジっすか」
「……ははっ、こりゃ……たまげたね」
視界に収まる全ての敵が動きを止め、物言わぬ石となり果てていた。
当然、見上げるほどの巨体を誇るズルツェであっても例外ではない。
「やれやれ、言いくるめるのに苦労したにゃ~」
「ありがとう、酔虎さん。私、あのままだったら……きっと後悔していたと思う」
エルーは見違えるような笑顔を浮かべ、ついに戦うことを決意した。
頼もしい女性陣のお陰で2日目を乗り切り、俺達の士気は天を突く勢いでブチ上がった。
◇◇◇




