放課後の決闘
慌てて羊子の口を塞ぐが、声の主はロッカーの真正面に立ち、俺達が隠れていると確信している様子。
毅然とした声の調子から考えて、見逃すつもりはないのだろう。
「お前はここに居ろ。いいか、絶対に出てくるなよ!」
「め、めぇぇ……」
袖を掴んで嫌がる羊子を落ち着かせ、ゆっくりとロッカーを出ると、待っていたのは黒髪のイケメンだった。
「魔者にしては随分と甘い。他の者は全て片付けたぞ」
「俺達で最後ってわけか? あんたも大概だろ」
擦り足で射線をズラしながら、相手との距離を慎重に測る。
こういう自信満々で、真っ向勝負を挑んでくる奴が一番怖い。
倫理観の崩壊した世界で、愚直に正々堂々を貫く堅物野郎は特にな……。
「撃て。お前から先に撃たせてやる。その一発で仕留めてみせろ」
「カッケー! おいおい、イケメンだからって何を言っても許されると思うなよ?」
放課後の教室に尋常ならざる緊張感が満ちる。
もうタイムアップは期待できない。
震える指先に全神経を集中させ、静かにタイミングを待つ。
「――今だ!」
相手との距離5mで放たれたショットガンは、ほぼ全弾が目標を捉えたまま襲いかかる。
回避も防御も不可能な状況でありながら、イケメンは落ち着き払った姿勢を崩さない。
「人間の武器か……下らんな」
ほんの一瞬、相手の指先が赤く染まったように見えた。
直後、空間に無数の亀裂が走り、放たれたはずの散弾は在らぬ方向へ飛び散る。
イケメンは微動すらせず、背後の窓ガラスが全て吹き飛ぶ。
「無傷!?」
「逃げるな。下手に動けば死ぬぞ」
忠告を無視して回避行動を取る。
ポケットの弾丸を派手に撒き散らしながら、机の海にダイブすると同時に、手当たり次第に椅子を投げつけて時間を稼ぐ。
「無駄だ」
衝突するかに思われた椅子は直前でバラバラにされ、少しずつイケメンの持つ能力の謎を解き明かす。
俺は僅かな間に机のバリケードを築き、相手の攻撃に備えた。
「お前の能力が分かってきたぜ。 “ 空間ごと物体を切り裂く ” ってとこだろ?」
「ほぅ……悪くない。多少は頭が回るらしいな。では、お前ならこの状況をどう切り抜ける?」
まるで挑発するかのように、手にした銃を散発的に撃ち込むイケメン。
予測不能の跳弾が飛び交う中でも、先ほどの斬撃を見た後では温いと感じてしまう。
しかし、バリケードの砦に籠城しようにも、ショットガンの残り弾数は1発のみ。
チャンスは一度っきりだ。
「これで決める!」
「無駄だと言ったはずだ」
顔面を狙って放たれた散弾は一瞬だけ相手の視界を覆い、再び散らされてしまった。
だが、既に勝利の方程式は出来上がった後なのだ。
ベルトに差した拳銃を抜き、両手で構える。
「当たれええええええ!」
「愚かな……同じことの繰り返し――!?」
銃口をイケメンの後方斜め45度に向け、6発の弾丸を放つ。
そこに設置された、在るはずのない物に向けて。
「ここまでやったんだからな。あとでチュールよこせよ」
「な!? 誰だ!」
猫状態の酔虎が机に並べていたのは、回避の際に落としておいたショットガンの弾。
銃弾は積み上げられた弾丸に命中し、一斉に暴発を起こす。
「ば、馬鹿な! なんて無茶を……」
「……!!」
教室は一瞬で穴だらけとなり、不意を突かれたイケメンの半身には、無数の潰れた鉛弾が貼りつく。
しかし、バリケードに隠れていた俺もただでは済まない。
数発の跳弾を手足に受け、濃紺のブレザーは鮮血に染まっていた。
異常を察した羊子がロッカーから飛び出し、メェメェと泣き始める。
「ヤバイ! こいつは本当に……!」
「あら~、なかなか帰ってこないと思ったら~。ほら、じっとして」
「ぉ!? ……!」
いつの間にか教室に来ていたファム先生は、重傷の俺を見るなり何を思ったのか、濃厚なキスで口を塞いだ。
突然の御褒美イベントに言葉を失い、脳が蕩けるほどの快楽を味わう。
「ほ~ら、もう大丈夫♪」
「ふぁい……もぅ大丈……夫……です。え? き、傷が!?」
驚くべき早さで出血は止まり、傷跡すら残らない。
皮膚の下も異物感はなく、内部に食い込んだ銃弾でさえ消えていた。
無残にも破れたブレザーだけが、先ほどの無茶が現実だったことを物語る。
「あ、ありがとうございます」
「ん~。見た感じ、余興の勝者は~~羊ちゃんかな?」
「めええええ!」
羊子は幸運にも暴発の嵐を無傷で免れ、俺の手を取って喜ぶ。
とはいえ、あの重傷はファム先生がいなければ本当に危なかった。
「貴様、本物の馬鹿なのか?」
「まぁな、美人のキスは万病にも勝るってことだろ。ところで、あんたの名前も教えてくれないか?」
「気安いぞ弱者! 私がロッカーごと撃ち抜いていたら、どうするつもりだ!」
「やっぱりな。あんた、魔者にしちゃ随分と甘いね。俺がロッカーを出たあとも、ずっと羊子を巻き込まないように立ち回ってたろ?」
イケメンは何も答えず、教室を出る直前で足を止めた。
「私は……ラケル。ラケル・アイゼンヘルツだ。命を捨てるような真似は止せ――久能 天涯」
「そのつもりさ」
黒髪の魔者は振り返ることなく、清廉な空気を纏ったまま立ち去った。
見慣れぬ背中と真新しい校舎は、新たな学校生活を意識するには十分だ。
それと同時に、今日が入学初日だという事実を思い出し、気が遠くなるのだった。
◇◇◇




