とある魔者の名付け親
「……ぶぁ! めぇ! めぇぇえ」
「あぁ、ゴメンな。けど仕方ないだろ?」
実はロッカーには先客がいたのだ。
見た目は6歳くらいの女の子。
こめかみから小さな捻れ角が二本生えており、頭頂部で交差してハート形のカチューシャみたいになっている。
一見すると人間に近い容姿をしているのだが、彼女の腰から下はモコモコの毛に覆われており、まるで直立した羊みたいだ。
残念ながら喋れないようで、さっきから動物の鳴き声みたいな言葉を口にしている。
「俺の言葉は分かるか?」
「めえ! めええ!」
駄目だ、言葉が通じているのかさえ分からない。
もしかしたらロッカーに隠れた際、彼女の口を塞いだことに腹を立てているのかもしれない。
だとすれば、切羽詰まった状況だったとはいえ、怒るのは当然だろう。
お詫びにポケットの飴を手渡すと、不思議そうな顔で俺を見つめていた。
「それをやるから機嫌を直してくれよ」
「めぇ~?」
「そうか、人間の食べ物を見たことがないんだな。こうやって包みを解いて――ほら」
小さな口に飴を運んでやると、最初は驚いていたものの、すぐに満面の笑みをみせてくれた。
しばらくロッカーで身を隠す以上、同居人とは良好な関係を保っておきたい。
思惑通り、女の子はすっかり警戒心を緩めていた。
「めぇ、めぇめぇ?」
「いや、何を言ってるのか全然わからん……。君の名前も知らないし、どうすっかな~」
いまだ学園では銃声が絶えず、下手に動くのはリスクが高い。
そういえばファム先生は開始前、余興は1時間だけと言っていた。
つまり、このまま銃撃戦をスルーできれば、生き残れるかもしれないということだ。
その為には、同居人とのコミュニケーションを円滑にしておく必要がある。
「あー……お、俺の名前は……く、久能 天涯……です。き、君の名前を……おし、教えてくれるかな~なんて……ははっ」
「めぇ~?」
盛大に挙動不審った挙句、通報不可避の自己紹介をブチかます。
だが、ここで1つ言い訳をさせてほしい。
今まで他人とは喧嘩以外の接点を持ったことがなく、コミュニケーション能力など皆無に等しい。
これでも頑張った方だと、自分を誉めてやりたいくらいだ。
「んめぇ~、めええええ」
「頼むから静かにしてくれよ~」
やはり言葉が通じない。
女の子は頻りにロッカーの外に出たがり、その度に飴を消費するループに陥ってしまう。
最後の1個を手渡した時点で、スマホの時計は残り10分を示していた。
「マズイ……何か、何か興味を引くものはないか?」
しかし、狭いロッカーに子供の興味を引く物などあるはずもない。
飴を頬張る姿を見ながら考えていると、1つのアイデアを思いつく。
「そうだ! 名前が分からないなら、あだ名を付けてやるよ。そうだな……羊っぽい……羊子とか?」
「ん~~めぇぇええ!」
途端に弾けるような笑顔で抱きつかれ、内心で驚きの声をあげた。
ボリューミーなふわふわの巻毛を揺らし、満月の夜空を思わせる紫の瞳が輝く。
鈍感な俺にだって分かる。
彼女はあだ名を気に入ってくれたようだ。
「今日から同じクラスメイトだ。これから宜しくな、羊子」
「めええ!」
「自己紹介は済んだらしいな」
和やかな空気が流れたのも束の間、ロッカーの外から高圧的な声が届く。




