特異な日常
真新しい濃紺のブレザーに、初夏の陽射しが降り注ぐ。
整然と並べられた机に座る顔ぶれは、ホームルームを告げるベルが鳴り響いた後も強張った表情でうつむく。
陰鬱とした空気の中、44歳になったばかりの担任教師は朝の出席確認を始めた。
純白のモルタルで塗り固められた教室に、一人また一人と、怯えた声が響く。
ゆっくりと席順が下るにつれて緊張は高まり、ついに頂点を迎える。
「く、久能 天涯……くん」
「はい」
ただ返事をしただけだというのに、教室は32名もの生徒が居るとは思えないほどに静まり返ってしまった。
毎日毎日、飽きもせず繰り返される光景に辟易とさせられる。
そろそろ本気で聞かせてほしい。
俺が何をしたというのだ?
普通に授業を受け、素行も問題ない――はずだ。
行き場のない憤りを飲み込み、気を取り直して教科書を用意していると、机の端にあった見慣れない紙片に気づく。
これは……まさか、あれか?
真っ暗闇だった青春に一条の光が射し込む。
周囲の視線から隠れるように、窓際の死角を利用して紙片を開く。
『今日の午前10時までに駅裏の廃墟に来い』
「……はぁ~~~~」
その瞬間、まるで氷水が降ってきたかのように、教室の誰もが肌を震わせ息を飲む。
期待していた恋の予感は裏切られ、力なく机に突っ伏す。
望んでもいない荒事の招待状など願い下げだ。
手紙の差出人には悪いが無視しようと思った矢先、最後の文章が視界に飛び込む。
『お前が来るまでの間、拉致った女子生徒でたっぷり楽しませてもらうぜ』
「…………」
俺には友達と呼べる生徒など一人もいない。
無論、恋人など無縁の存在だ。
攫われた女子が誰なのか知らないが、今までに買った恨みの数は全部の指を使っても足りないだろう。
教室の時計を見上げると、時刻は9時を過ぎていた。
「あー、ちょっといいっすか」
「ひぃぃ! な、なん……何の御用でしょうか?」
急に話し掛けられた担任は大袈裟に飛び上がり、過剰とも言える反応を示した。
途端にあちらこちらで押し殺した声が囁き始める。
「その~……あれっすわ。県外の友達が訪ねてくるそうなんで、迎えに行ってきます。すんませんけど、ちょい抜けさせてください」
「り、了解致しました! どうかお気をつけて!」
担任は直立不動の姿勢で承諾した。
いきなり無茶な提案をした俺が言うのもなんだが、大人なら毅然とした態度で接してくれ。
なるべく平静を装って教室を出ると、教職用の駐車場を目指して猛然と走った。
「あーもー! 面倒クセェなぁぁもぉぉおお!!」
今から自転車で駅に向かっても間に合わない。
だとするなら、奥の手を使わざるを得ない。
駐車場に着くと大急ぎで黒のレクサスに駆け寄り、ポケットに忍ばせたキーを取り出す。
以前、入学早々に生徒指導の酒井が俺に目をつけ、つまらない言いがかりでスマホを押収した。
その後、スマホを取り戻す為に忍び込んだ生徒指導室で偶然車のキーを見つけ、少しだけ借りたのだ。
言うまでもないことだが、キーはちゃんと返した――が、万が一に備えて予備を作らせてもらった。
それにしても、こんなにも早く酒井の車が役に立つとは思わなかったぜ。
「さてさて、ちょいと借りますよっと」
素早く運転席に乗り込むと、新車特有の化学臭が鼻を突く。
俺が最も苦手とする臭いに顔をしかめつつ、エンジンをかけて裏口から駐車場を出た。
かなりヤバイ橋を渡っている気がするが、何の関係もない女子生徒の安否がかかっているなら話は別。
しかも、拉致された原因が俺にあるというのなら尚更だ。
「一体どこのアホがやらかしやがった? つーか、無関係な他人を巻き込むなよ!」
車載のデジタル時計を睨みつけると、バックミラーに忌々しい頭髪がちらつく。
黒髪を目一杯まで脱色したような金髪が揺れ動き、日本人離れした白い肌が写り込む。
生まれつき体内のメラニン色素が薄いアルビノ体質。
コイツのおかげで幼少期から奇異の目に曝され、無遠慮な問いを何度も耳にしてきた。
『どうして髪が金色なの?』
『そんなにも肌が白いのは変だよ』
『病気なんじゃないの?』
決して自分で望んだのではなく、生まれつきなのだから仕方がない。
しかし、この特異な見た目のせいで今まで散々誤解され、トラブルが尽きないのも事実だった。
「……学校に馴染めないのは俺のせいじゃない。生まれつきの体質が原因だろうが!」
苛立つ自分に言い聞かせ、バックミラーを強引に引き抜くと同時にアクセルを踏みつけた。




