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第六話 翼の生えた少女

 英雄チャス・ビューバックは、瀕死の重体から生還した。

 視力を失い、聴力を失い、それでも魔王を倒した英雄が。

 その日は、国中の店が休日となり、人々は朝から晩まで飲み明かした。

 皆が皆、英雄の生還を心から祝っていた。


「……」


 一方のチャスは、そんな祭り騒ぎとは無縁の医務室で、横になっていた。

 意識は戻ったものの、熱は下がらず、傷も完治には程遠い。

 しばらくうなされる日々を過ごしたが、三日もすれば熱は下がった。

 しかし、足が使い物にならない。

 医師達は奇妙そうにしていたが、チャスは魔王と戦った後遺症だと説明をする。

 そして、看護婦の一人に代筆を頼み、セリーナ宛に手紙を書いた。

 足が不自由になったこと、怪我が治ったらすぐに帰れること、軍を抜けたこと、これからはずっと一緒にいられること。

 それらを書いて、送らせた。




――――――――――


 

 夜。

 分厚い雲が空を覆い隠し、闇夜を照らす月は姿を消してしまった。

 その代わりに、稲妻が轟音と共に鋭い光を放つ。

 雨が、降り注ぐ矢の如く地面に突き刺さる。


「雨……」

 

 庭の広い、掃除の行き届いた立派な家。

 セリーナは、ベッドの上に横たわっていた。

 布団を何枚も重ね、首から下をもっこりとさせている。

 顔は赤く、瞳は潤んでいた。

 首を動かし、窓の外をみる。

 その拍子に濡れた布が額から落ちたが、気にも留めない。

 ぼんやりと、外の景色を眺める。

 吸い込まれそうな、強い光。

 空からまっすぐに伸びるそれは、まるで神が天界から降り立ったかのように神秘的で。

 遅れてやってくる唸り声は、神が怒っているかのよう。

 セリーナは、それをぼんやりと眺めていた。


「まっ、御嬢様、いけません。

 雨水が入ってきてしますよ」


 ラーラが慌てて駆け寄って、窓を閉めてしまう。

 外の景色が、見えなくなってしまった。


「なかなか熱が下がりませんね。

 旦那様に手紙でも送りましょうか」


 ラーラは濡れた布を交換し、セリーナの額に乗せる。

 そして、困ったように首を傾げた。

 その言葉に、セリーナは力無く被りを振った。


「だめ……だめ、そんなことしたら、お父様に嫌われてしまう」


 とろんとした目を潤ませて、懸命に訴える。

 ラーラは、困ったように笑った。


「そんなことで、嫌われたりはしませんよ。

 ――もうすぐ粥ができますが、食欲はありますか?」


 ラーラが尋ねると、セリーナは大人しく頷く。

 ラーラはにっこりと笑って、奥の台所に引っ込んだ。

 一人になり、セリーナは寝返りを打った。

 身体を丸め、布団に隠れるように身を包む。

 ――神様は、どうすれば怒りを鎮めてくれるのだろう。

 そんなことを、熱っぽい頭で考えながら。


 すると。


「――ッ!?」


 全身に、鋭い違和感が走った。

 身体の下の方――足が、熱い。

 慌てて、足に触れた。

 足を触られた、という感覚が残る。

 その衝撃に、セリーナはぎょっとした。

 ――足が、ある。ここに、自分の足が。

 今までの股下にくっついていただけの棒とは違う、足が。

 パニックになりそうになるのを堪え、脳が冷静に命令する。

 ――足の指を、動かして。

 すると、右足の指が、ぱっと開く。

 ――足を、上げて。

 すると、天井に向かって足が伸びた。

 治った。足が、治った。

 興奮して、熱が上がるのを感じた。

 そのまま、命令を続行した。

 ――立ってみて。

 これは、少し難しかった。

 ゆっくりと足を床に下ろし、そのまま上体を起こす。

 全体重を下半身にかけ、立ち上がる。

 そこまでは、できた。

 しかし、バランスをとることが難しかった。

 熱のせいもあってか、ふらつき、壁で身体を支えなければならない。

 なにより、二つ小さなの足だけで、大きな身体を支えられるのか、不安だった。

 それでも、自力で立てたことが、嬉しかった。


 ――これで、私は自由に歩けるようになる。

 普通の子と、おんなじになった。

 やっと、やっと、他の子と変わらない、女の子になれる。

 早く、早くお父様に知らせなきゃ。

 興奮で、息が荒くなる。

 もう、手間のかかる面倒な子じゃなくなったのだ。

 普通の子になった自分を、父は好いてくれるのではないか。

 そう思って、嬉しくなって、居てもたってもいられなくなった。


「ラーラ、見て、私の足が治ったのよ!!」


 そう言って、厨房にいるラーラに声をかけた。


「え、……ぇえッ!?」


 ラーラのぎょっとした声。

 ガラガラガラッ

 戸棚から食器の落ちる音がする。


「私、お父様に会いに行ってくるわ!」


 そう言って、セリーナは駆け出した。

 先程までは立っているのがやっとだったのに、今は身体が軽い。

 元から身体の一部だったかのように、足が自在に動く。

 この身体なら、どこまででもいける気がした。

 ずっと、ずっと遠く。

 父のいるところまで、いける気がした。

 きっとこの姿を見れば、父は自分を褒めてくれる。

 だから、早く――行かなくちゃ。


「御嬢様、危ないですよ、御嬢様ッ!!」


 ラーラの声も聞かず、セリーナは家を飛び出した。

 雷鳴が、けたましくなっていた。


「あはははは、あはははははははっ!」


 セリーナは、雨の中外に駆け出して。

 自在に動く自分の身体に、歓喜した。

 服が濡れ、身体が重くなる。

 その重みが足に乗ることが、新鮮で嬉しかった。

 

 皆は、こうやって走り回っていたんだ。

 私も、やっと走り回れる。

 そう思って、暗がりの中、走り続けた。

 ピカピカと光る空を目印に。

 ――走っているうちに、自分がどこにいるのか分からなくなって。

 寒さに、頭が回らなくなっていった。

 足が疲れ、鉛のように重くなる。

 息を切らし、その場にしゃがみ込んだ。

 暗くて、冷たくて、周りには何もない。

 セリーナは心細くなった。


「お父様、お父様、どこ……?

 私、いい子になったから、早く見にきてよ……」


 そう呟いて、目を閉じた。



――――――――――



  旦那様

  御嬢様がご危篤です

  至急戻ってきてください

          ラーラ



 そんな手紙がチャスの手紙に届いたのは、彼が娘に手紙を送った日のことだった。

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