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偽りの婚約と真実の愛

作者: 月見山 しん

## 第一章 婚約破棄の宣言


「リリアナ・フォン・アルトハイム、貴女との婚約を破棄いたします」


王宮の大広間に、第二王子エドワードの冷たい声が響いた。貴族たちがざわめく中、私――リリアナは静かに立っていた。予想していた言葉だったからだ。


「理由をお聞かせください、殿下」


私の落ち着いた声に、エドワードは眉をひそめた。もっと取り乱すと思っていたのだろう。


「貴女は冷酷で傲慢、民への思いやりもない。王妃にふさわしくありません」


周囲から小さな笑い声が漏れた。確かに、この身体の前の持ち主――元のリリアナは典型的な悪役令嬢だった。しかし、一年前にこの世界に転生してきた私は違う。


「承知いたしました。では、これまでの婚約に関する費用と、名誉毀損への慰謝料を請求させていただきます」


会場がシンと静まり返った。


「何だって?」私は微笑みながら続けた。


「婚約破棄は殿下の一方的なご都合。当然、相応の対価をお支払いいただくのが筋かと。概算で金貨五万枚ほどでしょうか」


エドワードの顔が青ざめた。王室といえども、五万金貨は大金だ。


「そ、そんな法はない!」


「ございますよ。婚約法第十二条、『正当な理由なき婚約破棄には相当の賠償を要する』とあります。殿下の仰る理由では、正当性の証明は困難でしょうね」


私は法学部出身だった前世の知識を活用していた。この世界の法律も、基本的な構造は地球と似ている。


「リ、リリアナ様がそんなことを…」


隣に立つ侯爵令嬢セシリアが震え声で呟いた。彼女はエドワードの愛人で、今回の婚約破棄の真の理由だった。


「ご安心ください、セシリア様。殿下との幸せをお祈りしております」


私は優雅に頭を下げると、踵を返して大広間を後にした。


## 第二章 森での出会い


それから三ヶ月後、私は領地の管理に忙しい日々を送っていた。婚約破棄により、社交界からは事実上追放されたが、むしろ清々しかった。


「お嬢様、今日も薬草摘みですか?」


メイドのマリアが心配そうに声をかけた。私は毎日のように森に出かけ、薬草を採取していた。前世で薬学を学んでいた知識を活かし、領民たちのために薬を作るためだ。


「ええ、風邪が流行っているから、解熱剤の材料が必要なの」


森の奥で薬草を摘んでいると、突然、うめき声が聞こえた。声のする方へ向かうと、大きな男性が木にもたれかかって座っていた。


「大丈夫ですか?」


男性は顔を上げた。深い青い瞳と、整った顔立ち。しかし、その顔は苦痛に歪んでいた。


「すみません…毒蛇に噛まれてしまって…」


足首を見ると、確かに蛇に噛まれた跡があり、腫れ上がっている。


「動かないでください。今、解毒剤を作ります」


私は慣れた手つきで、持参していた道具を使って応急的な解毒剤を調合した。


「これを飲んで、傷口にはこれを塗ってください」


男性は素直に薬を飲み、私が傷の手当てをするのを黙って見つめていた。


「ありがとうございます。貴女は?」


「リリアナ・フォン・アルトハイムです」


男性の表情が変わった。


「あの悪役令嬢の?」


「元、ですね。今は平民と同じような生活をしています」


男性は困ったような表情を浮かべた。


「私はアレックス・ヴァンハイム。しがない商人です」


商人にしては上質な服を着ているが、詮索はしなかった。


## 第三章 秘密の関係


それから、アレックスとの出会いが日常となった。彼は怪我が治った後も森にやってきて、私の薬草摘みを手伝ってくれた。


「リリアナ、今日はどんな薬を作るんだ?」


「子供たちの栄養失調改善用の薬草茶よ。食べ物だけでは足りない栄養を補えるの」


アレックスは感心したように頷いた。


「君は本当に民想いなんだな。王子は見る目がない」


私は苦笑した。


「エドワード殿下は、元の私しか知らないの。変わった私を知ろうともしなかった」


「それは殿下の損失だ」


アレックスの真剣な表情に、心臓が早鐘を打った。


日々を重ねるうち、私はアレックスに惹かれていく自分に気づいた。彼の優しさ、知性、そして時折見せる寂しそうな表情。すべてが愛おしかった。


「アレックス、貴方には帰る場所があるの?」


ある日、私は思い切って尋ねた。


「…複雑な事情があるんだ。でも、君といる時間が一番幸せだよ」


彼の手が私の頬に触れた。


「リリアナ、君を愛している」


私たちは森の中で静かに唇を重ねた。


## 第四章 隠された真実


幸せな日々は三ヶ月続いた。しかし、ある日突然、王宮からの使者がやってきた。


「リリアナ・フォン・アルトハイム様、陛下がお召しです」


王宮の謁見の間で、私は国王と向き合った。そして、その隣に立つ人物を見て、息を呑んだ。


アレックスだった。しかし、商人の服ではなく、豪奢な王族の衣装を身に纏っている。


「紹介しよう。第一王子アレクサンダーだ」


国王の言葉に、私の頭が真っ白になった。アレックス――第一王子アレクサンダーは、申し訳なさそうな表情で私を見つめていた。


「リリアナ、君には嘘をついていて申し訳なかった」


第一王子は、半年前に病気で倒れ、療養のため姿を隠していた。私と出会った時は、変装して民の様子を見て回っているところだったのだ。


「殿下…」


「君のおかげで完全に回復した。そして、君の真の姿を知ることができた」


国王が口を開いた。


「リリアナよ、第一王子妃になってもらいたい」


私は混乱していた。愛する人は王子だった。しかし、また政略結婚の道具になるのだろうか。


## 第五章 エドワードの後悔


王宮での出来事はすぐに貴族社会に広まった。第二王子エドワードは、自分の愚かさに気づき始めていた。


「兄上が求婚だと?リリアナに?」


セシリアと過ごしていた時間も、最近は退屈に感じられた。彼女の教養の無さ、薄っぺらい会話。リリアナの知性と比べると、あまりにも劣っていた。


「殿下、どうかなさいましたか?」セシリアが心配そうに尋ねた。


「…いや、何でもない」


しかし、エドワードの心は確実に変わっていた。リリアナを手放したことへの後悔が、日に日に大きくなっていた。


「兄上、話があります」


エドワードはアレクサンダーの私室を訪れた。


「リリアナのことか?」


「はい。私は…間違いを犯しました」


アレクサンダーは弟を見つめた。


「彼女を愛しているのか?」


エドワードは頷いた。しかし、アレクサンダーの次の言葉に絶望した。


「遅すぎる。私も彼女を愛している。そして、彼女の心は私にある」


## 第六章 真実の愛の勝利


私はアレクサンダーの求婚を受け入れることにした。彼への愛は偽りではなかったし、何より、彼は本当の私を愛してくれた。


婚約発表の舞台は、かつてエドワードに婚約破棄を言い渡された同じ大広間だった。


「第一王子アレクサンダー殿下とリリアナ・フォン・アルトハイム様の婚約を発表いたします」


会場はどよめいた。かつて「悪役令嬢」と蔑まれた私が、今度は第一王子妃となるのだ。


エドワードとセシリアも会場にいた。エドワードの顔は苦痛に歪んでいた。


「リリアナ」


式の後、エドワードが私に近づいてきた。


「私は間違いを犯した。君の真の価値を理解できなかった」


私は微笑んだ。


「殿下、それぞれの道を歩むのが一番です。セシリア様を大切になさってください」


「しかし…」


「エドワード」


アレクサンダーが私の隣に立った。


「諦めろ。彼女は私の妃だ」


二人の王子の間に、静かな緊張が走った。しかし、エドワードは最終的に頭を下げた。


「…兄上、彼女を幸せにしてください」


## 第七章 セシリアの没落


婚約発表から一ヶ月後、セシリアに関する醜聞が明るみに出た。彼女が複数の貴族と不適切な関係を持っていたこと、エドワードの情報を他国のスパイに流していたことが発覚したのだ。


「そんな…私は殿下を愛して…」


セシリアは必死に弁明したが、証拠は動かしがたかった。


「セシリア・ローレンス、貴様を国家反逆罪で逮捕する」


衛兵に連行されるセシリアの姿は、哀れだった。美しさだけを武器にし、真の愛を知らなかった彼女の末路だった。


エドワードは深いショックを受けた。信じていた女性が、実は彼を利用していただけだったのだ。


「兄上…私はなんという愚か者だったのでしょう」


アレクサンダーは弟を慰めた。


「人は間違いを犯すものだ。大切なのは、そこから学ぶことだ」


## 第八章 新たな出発


私とアレクサンダーの結婚式は、国中の祝福に包まれて行われた。私が領民のために尽くしてきたことが知れ渡り、「慈愛の王妃」として愛されるようになっていた。


「リリアナ、君は美しい」


純白のドレスに身を包んだ私に、アレクサンダーが囁いた。


「アレックス…いえ、殿下」


「今でもアレックスと呼んでくれ。君だけは特別だ」


私たちは神前で永遠の愛を誓った。


結婚後、私は王妃として国の医療制度改革に取り組んだ。薬学の知識を活かし、民衆が安価で質の良い薬を手に入れられる仕組みを作った。


「王妃様のおかげで、子供たちが元気になりました」


「ありがとうございます、王妃様」


民衆からの感謝の言葉が、私の最大の喜びだった。


## 終章 真の勝利


三年後、私とアレクサンダーの間には双子の王子が生まれた。幸せな家庭を築いた私たちを見て、エドワードは心から祝福してくれた。


「兄上、義姉上、おめでとうございます」


エドワードは一人身のままだったが、国政に励み、立派な政治家として成長していた。


「エドワード、あなたにもきっと真の愛が訪れるわ」


私の言葉に、エドワードは微笑んだ。


「もしかしたら、もう見つけているかもしれません」


彼の視線の先には、図書館で子供たちに本を読み聞かせている平民出身の女性教師がいた。


「真の愛に身分は関係ないものね」


「はい、兄上から学びました」


私たちは三人で微笑み合った。


かつて婚約破棄を告げられたあの日から、私の人生は大きく変わった。偽りの愛から解放され、真の愛を見つけることができた。そして今、愛する夫と子供たちに囲まれ、国民からも愛される王妃として生きている。


エドワードとセシリアの浅はかな計略は、結果として私により大きな幸せをもたらしてくれた。これ以上のザマァはないだろう。


真の愛こそが、すべてに勝る宝物なのだから。


-----


*~完~*

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