ヒロインは悪役令嬢と恋人に祓われる
放課後の校舎裏に集まる3人の見目麗しき女性達。彼女達は辺りを気にしながら、ヒソヒソと声を潜めて話をしていた。
「……何としてでもやらないと」
1人目の女性は金髪碧眼の女性。名前はスカーレット。学園一の才女として知られ、皇太子殿下の婚約者である。
「ええ」
2人目の女性は黒髪黒眼の女性。名前はミスティア。スカーレットに次ぐ才女で、宰相子息の婚約者でもある。
「我々の矜持がかかってますもの」
3人目の女性は赤髪赤眼の女性。名前はオリーブ。父が騎士団長を務めており、本人も並みの男性では歯が立たないほどの武芸の達人。侯爵家子息と婚約している。
3人の思いは一致していた。
「では、皆様。明日からヒロインに目にもの見せてやりましょう」
◇ ◇ ◇ ◇
私の名前はカレン。男爵家の父につい先日認知されたばかりの、16歳である。
母が平民で父の愛人を務めており、庶子ではあるけれど、比較的裕福な暮らしをして来た。父も本宅には居づらいのか、母と私がいる別宅で過ごすことが多く、幼い頃は無邪気に父を慕っていた。
だが、物心がついてくると、だんだん見えなかったものが見えてくるようになる。
男爵家の仕事は正妻であるミリア様が取り仕切っており、父は表向き夫婦で出なければいけない夜会に参加するのみのヒモ男。しかも本宅の娘には一切愛情を注がないクズ。母と私は男爵家の金を湯水のように使う、金食い虫。本宅のメイドが私を見る目が厳しいのも頷ける。
そんな男爵家の大黒柱であるミリア様が不慮の事故でお亡くなりになったのが一ヶ月前。お葬式を上げた日からそう何日も経たないうちに母と再婚したクズ男。そして私の住まいも本宅へと移された。
男爵家を自分のもののように振る舞う父と母。そして面倒な仕事は全て正妻のお子様のセシリア様に丸投げしていた。
でも、私は知っていた。
父は入り婿に過ぎず、セシリア様が成人されたら一切の権利を失うことを。
だから、セシリア様に嘆願したのだ。本宅に移ったその日に。父と母を断罪した後は、男爵家の親戚の家でメイドとして雇ってもらうことを。
セシリア様はしばらく考えられた後に、メイド長の許可が出たら構わないとおっしゃってくださった。
だから私は父と母の前ではわがままな子どもを演じつつ、影ではメイド長について、様々なメイド業務を教わった。メイド長は厳しかったが面倒見の良い人で、私が手を抜かずに仕事を行う姿を見て私の本気が伝わったのか、メイドとして大切な様々なことを教えてくれた。そして先日ついに、メイド長から及第点がもらえた。
その話をマークにすると、自分のことのように喜んでくれた。
実はメイドとして働きたいのにはもう一つ理由があった。別宅で過ごすうちに、中庭の剪定をする庭師見習いのマークと親しくなったのだ。マークは他の使用人が私に冷たくあたる中、唯一優しく接してくれた男性だった。正直外見は格好良いとは言い難いけれど、心根は誰よりも格好良い男性で、私が惹かれるのも時間がかからなかった。そして、マークも私の想いに応えてくれた。
そんなマークはいつも私に寄り添ってくれ、励ましてくれていた。だからメイド長からの厳しい叱責にも、歯を食いしばって耐えることができた。
セシリア様の許可がいただけたので、2人とも親戚宅で働くことが決まり、結婚を考えるようになっていた。
そんなある日、父から言われたのだ。
「学園に行ってみないか」と。
私は断固拒否した。
せっかく幸せを掴みかけているのに、このまま学園に行けば好きでもない男性に見初められて、結婚を強要されるかもしれない。私は母に似て、ピンクの髪に赤い瞳と目立つ外見をしており、その可能性が否定できなかった。
私は本気を伝えるために自室に閉じこもって、ストライキを行っていた。
ベッドに寝転び布団を被って時が過ぎ去るのをじっと待つ。
そんな時、不意に頭の中で声が響いたのだ。
「やったー!夢恋のヒロインになれるなんて!」
夢恋?ヒロイン?
……まさか
「さ、はやく始めなくちゃ」
……マーク、助けて……悪役令嬢……様……
そして私の意識は闇にのまれた。
ガチャ
「お父様、学園にはいつから通えますの?」
「おお、カレンやっとその気になってくれたか」
「はい!学園には格好良い殿方がたくさんいるんですもの。とっても楽しみですわ!」
カレンは満面の笑みを浮かべた。
その様子を横目で見ていたセシリアは厳しい表情を浮かべ、執事に手紙を出すよう指示していた。
◇ ◇ ◇ ◇
学園生活は順調だった。
「ほーんとチョロいんだから」
私の周りには見目麗しい複数の男性が侍っていた。
ま、攻略本も読んで全ルート制覇している私にとってヌルゲーなんだけどね。
皇太子ルートも完璧、宰相子息ルートも完璧、魔法団長子息ルートも完璧、侯爵家子息ルートも完璧。
残すところは、隠しキャラの隣国の皇太子ルートのみである。全員の好感度をマックスにしないと開かれないルートだけど、おそらく条件はクリアしたはず。
〜夢見るように恋に落ちた〜通称「夢恋」は、比較的簡単にキャラを攻略できることで有名だった。攻略対象には婚約者がそれぞれいるが、特に妨害らしき妨害が無いのである。ただし、隠しキャラの隣国の皇太子ルートに進むと、一気に難易度が増し、今まで妨害をしてこなかった、婚約者達が全員悪役令嬢となり、ヒロインに牙をむく。
でも、私はその悪役令嬢も攻略済みだから、ど――んと来いよね。
その時はそんな風に思っていた。
ガチャン
私の頭のすぐ横を植木鉢が落ちる。
……またか。
「カレン大丈夫?怪我はない?」
横を歩いていた宰相子息が顔をのぞき込んで、心配してくる。
「大丈夫なわけ……ううん、大丈夫」
かばう素振りくらい見せなさいよ。
植木鉢が落ちてくるのも、もう何度目になるか分からない。
さすがに連日続くと気持ちが滅入ってきて、地がでかかってしまった。
「さすがにおかしいよ。……こんなに続くなんて、先生に相談しよう」
「それはだめ!!……大丈夫、怪我も無かったし……心配してくれてありがとう」
このルートは自分で乗り切らないといけないハードルートなのだ。先生に相談した時点でルートが閉ざされる。ここまで頑張ってきたのだから、絶対に攻略したい。
「そう。……でも耐えられなくなったら言ってね」
「分かった」
2人はそのまま何事もなかったように歩き出した。
だから彼女は気づかなかった。
分かったと彼女が告げた後の彼女に向ける宰相子息の眼差しが厳しかったことを。
その後教室に一人で戻る。残念ながら攻略対象とは全員別のクラスである。
自分の席を見ると、また机が水浸しになっていた。
「……誰がやったのよ。毎日毎日、こんなの卑怯と思わないの」
クラスメートは誰一人その言葉に反応しない。そういうルートだから仕方がないと言えば仕方がないけど……。少し気持ちが折れて、今日はそのまま早退することにした。
靴箱に行くと、自分の靴箱にはゴミが詰められ異臭がしていたので、そのまま上靴で帰ることにする。
「もう、ムシャクシャするったら」
そのまま帰っても気持ちが上向かないので、最近人気のカフェに馬車をつけてもらう。
女子生徒に人気のイチゴパフェを食べると、少し気持ちが楽になってきた。あと、3日耐えたらルートが開く。頑張ろう、私。
そう思って、カフェを出た瞬間、見知らぬ男性に顔を押さえられ、そのまま意識が途切れた。
「……おい……いつまで寝てるんだ……起きろ」
頬を叩かれ、意識が覚醒する。
……ここは。
どうやら、カフェの前で連れ去られどこかの部屋に監禁されているようである。手足はきつく縛られ、目も布で覆われているため、詳しい状況は全く分からない。
「……起きたか」
こんな場面ゲームにあった?
必死で思い出すけれど、思い出せない。
まさか、バグ?
「お前さんは、やり過ぎたんだよ」
どういうこと。どうしたら良いの?
恐怖のあまり、涙が溢れて止まらない。
「……助けて、助けてください」
必死に命乞いをする。
「……残念だな。依頼主から殺せと言われてるんでな」
「助けて!!お願い、何でもするから!!」
「ここはゲームの世界じゃない。やり直しはきかないんだ」
ゲーム?
もしかしたら……
「こんなの聞いてないわ。神様お願いします。リセットさせてください!!」
必死に頼み込んだ次の瞬間、彼女の意識が途切れだらんと首が垂れた。
側にいた男性は慌てた様子で手足の縄と目隠しを取る。そして抱きかかえると、彼女の頬を撫でた。
「カレン、目を覚ましてくれ――頼む」
彼女はゆっくりと瞼を開いた。
「……マーク」
「カレン、元に戻ったんだね」
マークはカレンを抱きしめると、おいおい泣き始めた。カレンもマークに恐る恐る腕を回す。そのまま前を見ると4人の女性と1人の男性の姿が見えた。
「……悪役令嬢様、ありがとうございます」
スカーレット、ミスティア、オリーブ、セシリア、そして皇太子が笑顔で立っていた。
「お礼ならセシリアに言って。早く気付いて手紙をくれたから早い段階で対策できたの」
「セシリア様、本当にありがとうございました」
カレンとマークは抱擁を解いてセシリアの方を向き、丁寧に頭を下げた。
「いつものカレンと正反対だったから分かったの。でも本当に憑くなんて……おとぎ話だと思っていたのに」
「王家には過去のヒロインの話が伝わってるからな……それにしても彼女を誘導するために好きなふりをするのは骨が折れたよ」
「あら、皇太子殿下は案外楽しそうでしたわよ。彼女に大きな胸をあてられて鼻の下が伸びてましたし……」
「いやいや、誤解だ。俺はスカーレットのような控えめな胸の方が……」
「もう、何を言ってるんです」
スカーレットは顔を真っ赤にして、皇太子を怒っている。
「でも、皆様のおかげで無事に戻って来れました。本当にありがとうございました」
カレンは満面の笑みを浮かべる。
「やっぱり最後は愛の力だよな。彼が誘導してくれたから、ヒロインがリセットを言ってくれたんだし」
「そうそう、愛は勝つですわね」
その国には有名なヒロインと悪役令嬢の話がある。ピンクの髪の令嬢が、ある日ヒロインを名乗る人物に体を乗っ取られてしまう。それに気付いた恋人が、悪役令嬢と共にヒロインと戦い、最終的にヒロインが「リセット」という言葉を言い、祓われるというお話である。
ピンクの髪をした女性の恋人は彼女が豹変すると「ヒロインに乗っ取られた」と勘違いして慌てることが多々あるということである。