召喚聖女は我儘聖女と言われている
言葉が通じずに白米食べたいと泣く聖女の夢を見たので書いてみた
貴族の血を引く10歳から20歳までの独身は王城に集まるように――。
ある日突然そんな命令が下されたのは聖女が召喚されたと国中でお祝いをして一月過ぎたある日のこと。
「どういうことなんだろう……」
「いったい何が……」
普段足を踏み入れることが許されない場所に連れてこられて不安げに視線を動かしているルイはまだ頼りになる……(?)かもしれない異母兄に縋ろうとしたのだが、異母兄は父親が愛人の踊り子に産ませた子供などと構っていられないとばかりに顔なじみの貴族令息の元に向かって情報を仕入れるためか挨拶に向かっている。
しばらくざわざわしていたが、ラッパの音が響き渡ると一瞬で静まり返り、一段上の玉座の方に視線を向け跪く。
慌てて、同じように跪くと誰かが来る足音が聞こえ。
「――皆よく来た」
威厳ある声が聞こえる。
「面をあげよ」
命じられて顔をあげるとカイゼル髭のある立派なマントを着た男性の姿。絵姿で見たことある我が国の国王陛下だ。
(まさか、お目に掛かれるなんて思わなかったな)
存在を知っていても会えないと思っていたから驚いた。
(前世の方がまだ生で見れる確率の高かった天皇陛下だって会ったことなかったのにな)
一回くらい一般参賀をしてみればよかったかな。祖母ちゃんが会ってみたいと言っていたから祖母ちゃん孝行にでも。
まさか、そんな祖母ちゃんよりも先に病気で亡くなると思わなかったな。癌宣告された日を思い出して、せつない気持ちになる。老い先短い自分の命を捧げますからと神様に祈っていたからな。
「集まってもらったのは他でもない」
国王陛下の言葉に、前世のことに想いを馳せている場合じゃないと集中して聞くように耳を傾ける。前世の朝礼の時の校長先生の長い話と違って聞いているふりは出来ないんだからと。
集中して難しい言葉とか遠回しの言い方で必死に解読しながら聞いていたが、要約すると聖女さまの世話係に相応しい人物をこの中から選ぶのでしばらく城に待機しろとのことだ。
順番に聖女と面接して相応しいかと判断する。失格だったものはすぐに帰ってよい。ただし、聖女に関することは他言無用。少しでも洩らしたらペナルティが与えられる魔法契約をしてもらう。
国王陛下の言葉にざわつく貴族令息たち。聖女の世話係。聖女に目を掛けてもらうというのは今以上の出世が約束されている。貴族の次男三男など特に聖女世話をすることでもしかしたら爵位を得る機会もあるかもと期待するだろう。
(でも、こういうのって、普通王族とか身分の高い人がなるものだよね)
偉い人がしないでこうやってやりたい人を集める……体裁で面倒なことを押し付ける気満々なような……。
そんな予想は当たっていたのだろう。しばらく城に滞在していたが、どんどん聖女の世話係になった貴族令息が消えていき、
「お前の番は回ってこないんだ。さっさと出て行けよ」
と告げていた異母兄は一日で辞めていったようで、順番が回ってきた。
「初めまして、ルイ・セレナイトと申します」
聖女の部屋に呼ばれて挨拶をすると同時に、聖女の近くにあったクッションが勢いよく飛んできた。
「“出てって!!”」
理解できない言語のはずだった。だけど、その言葉がはっきりと意味がある言葉として届いた。
「“君……日本人……?”」
転生してからあまり使わなかった日本語。無意識に独り言で使っていたり、日本の好きな歌を歌っていた……なんなら、自分の使える特殊スキルが日本語関係のものがあったりもしたけど誰かの口から日本語を聞くのは久しぶりだ。
「“えっ……。日本語……”」
聖女が呟いたと同時に聖女のお腹から空腹を訴える音が響く。
「“お腹すいた……ごはん。白米食べたい……。もうお肉とか脂っこい御馳走はいや……”」
涙目になって呟いているのを聞いて、
「“えっと、おにぎりならあるけど……”」
と懐から差し出す。
「“おにぎり……”」
感極まったように涙を流しながらおにぎりをほおばる聖女。
「“美味しいよぉ~”」
やっと味わえたとばかりに大事に大事に食べていく様は庇護欲を駆り立てる感じだなと思いつつ、食べ終わるのを待とうかと近くの椅子に腰を掛けようとして……。
「“緑茶もあるけど?”」
「“飲む!!”」
即答だった。
お湯は用意してもらって、紅茶のポットは実はあるのでそれを代用して緑茶を入れていく。幸せそうにおにぎりと緑茶を堪能して、ようやく落ち着いたのか。
「“何で日本語しゃべれるの?”」
ようやく尋ねてくる。
「“俺前世日本人だったので、それよりも君……聖女さまはこの世界の言葉はしゃべれないの?”」
「“聖女さま? 何のこと? この世界の言葉は全く分からないんだ。こういうのって、異世界転移とかで翻訳チートとかあるものだと思っていたんだけど”」
自分が聖女だと言うことも知らなかったんだね。
「“じゃあ、改めて、俺の名前はルイ。ルイ・セレナイトと言います”」
「“瑠璃よ。遠峰瑠璃。道を歩いていたら溝蓋が無いところがあって、そこに落ちたと思ったらこの世界に来ていたの。あっ、ちなみにドジじゃないからねっ。金属の溝蓋が盗まれる事件が多発していて、前日まであったのに無くなっていたのよ”」
それから大変だったと経緯を話してくれる。
言葉が全く伝わらない場所に出現したと思ったら服を大勢の人に脱がされるし、脂ものの料理ばかり用意されるし、次から次へと男性がやってきてセクハラをしてくるとか。
「“それが怖くて物を投げて抵抗したら柔らかいもの以外持ちあげれないものにされて……”」
「“………それは恐怖体験だよね”」
誰も瑠璃さんが言葉が通じていないことも気付かずに気に入られる手段としてむやみやたらと触ってきたのなら、それはどんなに恐ろしいことだったのだろう。
「“取り敢えず、えらい人たちに報告はしてみるね。それから絵本とかこの世界の言葉を覚えれそうなものを探してみる。日本食なら俺のスキルである程度再現可能だから”」
俺の特殊スキルは便利だ。スキル名は仮名としてウィキペ〇ィアとしてある。
俺が知りたいと思ったものを一瞬で調べて、教えてくれるのだ。
(それで米も味噌も塩も手に入ったしね)
加工方法が分からない場合でもその場合作り方がまるで動画のように手本が見れるのだ。ちなみに懐から出したおにぎりも朝作ったばかりだ。いつ帰れるか分からなかったからお米を持ってきていたのだ。
(まあ、これが最後の白米だったけど)
領地に帰れば備蓄米が専用の倉に置いてあるから数日……数か月我慢すれば……。
「今年は不作になりそうだからお米の楽しみは減るだろうな……」
「?」
思わず漏れた愚痴が日本語でなくてよかった。瑠璃さんの負担になるだけだから。
「言葉が通じていない。だと」
とりあえず報告の義務があるので瑠璃さんの部屋を退席した後に大広間に向かう。
「はい。――る、ごほんっ。聖女さまはいきなりこの世界に現れて、言葉が通じずに聖女さまのお世話係の行いに怯えていたようです。身振り手振りでそのように伝えてくれました」
本当は言葉が通じているのだが、日本語と言っても通じないだろうなと身振り手振りと言い換えておく。
「なので、聖女さまにこの世界の言葉を教えるのが先決かと……」
「ならば、適当にちやほやさせておけばいいので楽ではないかっ!!」
話している最中に遮られて、とんでもない発言をしてきたのは王子の一人。
「どうせ、我が国の言葉を覚えようとしない我儘で傲慢な聖女だったのだ。適当に贅沢させて気持ちよく過ごさせれば我が国の憂いも晴れるだろう」
王子の後ろに広がるのはどんよりと曇った空。……もう何日も晴れ間を拝んでいない。この異常事態に聖女を召喚することにしたとは聞いていたけど、瑠璃さんに対して我儘で傲慢? 言葉が分からなくて困っていたと今説明したはずなのに。
「聖女の機嫌が直ったのならもう用はない。故郷に帰るがいい」
それだけ告げられて、あっという間に追い出された。
「瑠璃さん……」
瑠璃さんが心配だが、正直助けれるかと言えば無理の一言で終わってしまう。
せめて無理難題を言われなければいいが……。
領地に戻って、異母兄が、
「お前がいないせいで溜まったんだからな」
書類の山を見せて執務室に閉じ込められた。
「……やっぱりこうなったか」
異母兄は、書類仕事が苦手な人だったのでよく押し付けてきた。
まあ、白米とか味噌とか他にもいろいろ自分のしたいようにさせてくれている。妾の子供の割に好きにさせてもらって、よくある物語のような冷遇も虐待もない。
そんな日々を過ごしていたのだが。
「王都で天候不順……?」
書類仕事も一区切りついたので領内の様子を視察していたら関所でそんな話をする商人の話が聞こえた。
「そうなんですよね……。それで店を出していてもほとんど客が来ない状態で大きな店を構えているところはともかくあっしらみたいなテントを構える者らはテントを張ることも出来なくて……」
「まあ、それでも王城よりましなんですがね」
「王城? すまない。話が聞こえてしまって……」
何で王城が出てくるんだと商人たちの話に割り込んでしまう。
割り込まれたことで困惑している商人たちは関所の役人の反応を見てこちらの身分を察したのか。……察しても動揺せずに、
「なんて言えばいいんですかね……竜巻が常に起きている状態で時折雷が落ちているんですよ」
「聖女さまが居るはずなのに、あそこまで異常事態が起きているから何かやらかして聖女さまを怒らせたんだろうなと噂もあって……」
それを聞くとすぐに屋敷に戻り、
「今から王都に行く!!」
「はぁ~!? 急に何を……」
異母兄が問い掛けようとするのを無視して、さっさと旅の準備をして馬を厩舎から出して王都に向かって走り出す。
天候は悪いはずなのに不思議なことに悪天候も地盤の悪さも全く感じずに、かなり走らせているはずなのに馬も疲労を訴えることなく最速時間で王都に辿り着いてしまう。
「何やってんだろう。俺……」
で、王都に到着してようやく冷静さを取り戻す。
天候は確かに悪かった。だけど、王都に到着しても自分には一切それらの危害は襲ってこない。
「こんなことをしても瑠璃さんに逢えるわけでも……」
ないのにと言いかけたのに不自然に自分に影響のない悪天候。雲の切れ間が王城まで続いている。
「瑠璃さんの所に行けって……」
言っているのか?
一見何を言っているんだと自分に苦笑するが、雲の切れ間から差し込んでくる光がそんな風に告げているように思えてくる。
馬の首を撫でて、王城まで走ってくれとお願いすると馬は心得たとばかりに走ってくれる。
「“いや。来ないで”」
王城から響く悲鳴。それが瑠璃さんの声だと気付くと叫んでいた。
「瑠璃さんっ!!」
声が聞こえたのだろうか。近くの鉄格子で外からも中からも人を通せない防犯上便利なはずのその窓が
一瞬で壊れて、中から瑠璃さんの姿が見えた。
「“ルイくん!!”」
「危ないっ!!」
身を乗り出して飛び降りる瑠璃さんの姿に悲鳴を上げるが、彼女を守るように風が瑠璃さんを包み、そっと自分の腕の中に納まる。
「瑠璃さん」
「“ルイくん”」
瑠璃さんは泣いていた。泣きながらもう離れないと強く背中に腕を回してくる。
その途端。今まで悪天候だった王都が久しぶりだろう明るい空に変わっていく。
「聖女を誘拐するつもりかっ!!」
城から王子たちが顔を出して喚いた途端どこからともなく鳥とか蜂とかが現れて王子たちに襲い掛かる。
「やめっ!!」
城から響く悲鳴を無視して、瑠璃さんを連れて故郷に連れて行くことにする。
それからいろいろあった。
最初聖女を誘拐したと異母兄に騒がれたが、瑠璃さんの意思を無視したことで天罰が下っている王都の騒ぎはすでに噂になっていて、少しずつ王都……というか王族とか王都の貴族以外は今までの天候不順は何だったのかとばかりに少しずつ良くなって、あれは聖女を蔑ろにした天罰だと納得されたのだ。
心から反省した人にはそれ以外のことは起きなかったが、いまだ騒ぐ輩は全身蜂に刺されていて、生きているのが不思議な状態らしい。
「ごはん。美味しい!!」
そんな中瑠璃さんは絵本とかを使ってこの国の言葉を覚えていき、片言だけど話せるようになっていた。今も田植えの手伝いをして、お昼ご飯のおにぎりを嬉しそうに頬張っている。
「喜んでくれて嬉しいな」
瑠璃さんの横で幸せそうな瑠璃さんを眺めて告げると、瑠璃さんは困ったように顔を赤らめてこちらを見て、
「ここは、ふつに味噌汁を作ってくれと言うべき?」
「ふつじゃなくて普通だね。材料があればいつでも作るよ」
「“じゃなくて”えっと、所帯って言うか……」
所帯?
「この世界ではプロポーズに守り石を渡すんだよ」
神のご加護が貴方にありますようにと説明しつつ、
「だから、瑠璃さんがプロポーズするのならそこらにある石を拾って加護を込めればいいよ。俺の場合は難しいけど」
本当に難しい。
「難しい……?」
「うん。聖女の瑠璃さん以上に加護を持った守り石は用意できないから」
だから俺は瑠璃さんにプロポーズできないと伝えると、
――さっさと想いを告げろ。
何処からか聞こえた声と共に手の中に守り石が出現する。
「どした」
「う~ん。これは背中を押されたと思えばいいのか……」
出現した守り石を手に取ってそっと瑠璃さんに差し出して、
「一生日本食に不便かけないから俺の家族になってください」
決まらない言葉だと思ったけど、これが一番自分に相応しい言葉だと思えて彼女に結婚の申し込みをしたのだった。
返事はなかったけど、抱き付いてきたことが答えとだけ言っておこう。
異世界転移特典もなく召喚されたらこうなるかな、実際。
ちなみに二人に危害を加えたら天罰が襲ってきます。