始まりの召喚
深呼吸をひとつ
魔力は血のように巡るイメージ。
朝食べたバナナパンケーキで満腹だ。エネルギーは切れない。大丈夫。
手のひらは冷たく、固く握って誤魔化す。
大丈夫、呪文は何百回、何千回も唱えた。必死に覚えた。
きっと応えてくれる。
チャンスは一回限り。
落ち着け、落ち着け、焦るな。
さあ-–——
「 我は唱える、誓願を」
———詠え!
「巡れ、巡れ、円環。世界樹の端、星の岸、神の島に住まうものよ。我が魔力の橋に立つ者よ。時、彼方にて我が声、我が意に応え、道を示し顕現せよ。」
足元が凍りついたように冷たい。魔力が動いた。
ギュッと目を閉じる。さあ、ここまでは淀まず言えた。ここからが本番。
ーー精霊はもう、来ているのだから。
「我に応えよ、汝、火の者なりや?」
『否』
若い男の声だった。和らかく歌うような美声だ。
思わず動揺するが、呪文はまだだ。
「我に応えよ、汝、水の者なりや?」
『否』
「我に応えよ、汝、地の者なりや?」
『否』
「我に応えよ、汝、風の者なりや?」
『否』
四大属性ではない。残るは光か闇かになる。
この二属性は滅多に出ないし、珍しい。
教室中が息を飲むのがわかる。震える手を握りしめると、声を張り上げる。
「我に応えよ、汝、光の者なりや?」
『然り、我は光、月の光。迷いを祓い、道を示す者』
フワリと魔法陣から暖かい空気が巻き起こる。冷え切った足が暖かく包んでいく。
「我に詠に応え、速やかに顕現せよ」
そう宣言した瞬間、魔力の奔流が巻き起こる。
気配が、する。
私の目の前に、誰かいる。
「我が名はレセル。カーデル村のレセル。我との契約を結ぶ意があるならば、汝の名を応えよ。」
「……ふふっ」
(わ、笑った!?え?今、笑ったの?)
ギュッと閉じていた瞼を、ゆっくりと開く。
淡い燐光がふわふわと、レセルの白い髪を揺らすのが見える。そこに立つ気配に視線を向けると、そこには信じられない麗人がいた。
サラサラと輝く銀の髪。レセルの顔を可笑しそうに見下ろす、青銀の瞳。雪のように白い肌。
貴族の着るような服を身に纏っている。人外の美しさに息をのむ。
なんて優美で清涼な魔力を纏った精霊なのだろうか。
「我は ルナエシル。ルナエシル・ウィンダリア・カルデ・ルーンエル。光の国において公爵をいただく者。古の誓願に従い汝との契約を結ぶ。この契約は精霊王の御名において如何なる干渉も許されない。
契約の期限は汝の死までとする。」
「っ…へ」
銀の麗人はゆっくりとレセルの手を持ち上げると手に唇を落とした。
その瞬間、契約終了をしめす、契約紋がレセルの右手甲に刻まれた瞬間だった。
「死が2人を別つまで、幾久しくたのむよ我が最愛。」
それはそれは美しい笑顔に、背筋が寒くなる。
こんな時は大抵良くないことが起きる。
そう頭の隅で考えながら、規格外のイケメンにも、この異様な事態にも慣れていないレセルは、堪えきれずバタンと意識を失った。
これが、レセルと銀の公爵ルナエシルとの最初の出会いである。