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第四試合 親鸞vsアウグスティヌス

闘技場に満ちた沈黙が、遠く響く読経の声で破られる。


選手入場


実況:「ご来場の皆様、お待たせいたしました」「東西の救済を賭けた、聖なる戦いの幕開けです」


場内が闇に包まれる


実況:「青コーナー!」蓮の花が虚空に咲き誇る。


「自力無効を説きし浄土の求道者!」「悪人正機の体現者!他力本願の開顕者!」「親鸞上人!」


千の蓮の花びらが舞い散る中、破れた墨染めの衣の僧が静かに歩み出る。その周りには阿弥陀如来の光明が淡く揺らめいている。


実況:「赤コーナー!」天から一条の光が差し込む。


「原罪を見つめし神学の巨人!」「神の国を此の世に説きし聖者!恩寵の探究者!」「アウグスティィィィィヌス!」


グレゴリオ聖歌が響き渡る中、修道服の男が十字を切りながら現れる。その足跡には神の光が満ち、天使の羽音が聞こえる。


対峙


月光の下、東西の聖者が向かい合う。他力と恩寵。


「選ばれし者だけが救われる」アウグスティヌスが黒衣を翻す。光輪が虚空に浮かび上がり、天使の羽音が響く。「それが神の定めた摂理」


「ほう」親鸞が静かに目を開く。「では問おう。人は自らの力で救われるのか」


「否」アウグスティヌスの声が響く。「人間は生まれながらに罪深き存在。神の恩寵なくして救いはない」


「その通り」親鸞の墨染めの衣が、微かな光を帯び始める。「されば、全てを阿弥陀如来に委ねよう」


「何?」


「我らは皆、煩悩にまみれた凡夫」親鸞の体から、優しい光明が放たれ始める。「だからこそ、如来の慈悲は───」


「甘いな」アウグスティヌスが遮る。「神の選びなき者に、救いなど」


「否」親鸞の声が響く。「それこそが、悪人正機の意味」蓮の花が、虚空に一輪、また一輪と咲き誇る。「煩悩具足の身であればこそ、救われる」


聖なる光と仏の光明が、闘技場を二分する。


試合開始


鐘が鳴り響く。


「神の光よ!」アウグスティヌスの周りで天使の環が輝きを増す。「選ばれし者に、救いを!」


眩い光の奔流が放たれる。


「悪人正機の波動」親鸞が静かに構える。漆黒の光が、天使の環を貫く。


「何!?」アウグスティヌスが踏み留まる。「穢れた光が、私の聖光を...!」


「我らは皆、煩悩具足の凡夫」親鸞の声が響く。「煩悩の深さこそが、如来の慈悲の深さ」


「戯言!」アウグスティヌスの掲げる十字架が輝きを放つ。「神の国・恩寵顕現!」


光の奔流が親鸞を襲う。


その時、小さく───


「南無阿弥陀仏」


光が、わずかに揺らめく。


「何?」アウグスティヌスの眉が寄る。「たかが六字ごときが...!神の裁き・選別波!」


天使の羽音が轟き、より強い光が放たれる。親鸞の体が、大きく後ろに弾かれる。


「見たか」アウグスティヌスが高らかに告げる。「これが選ばれし者の力だ」


血を流しながら、親鸞がゆっくりと立ち上がる。


「南無阿弥陀仏」


今度は、天使の環に小さな亀裂が走る。


「なぜだ」動揺を隠せない。「どうして六字程度の言葉が...」


「神の怒り・断罪!」アウグスティヌスが両手を広げる。無数の光の矢が、親鸞を貫く。


倒れた親鸞の口から、さらに小さく───


「南無阿弥陀仏」


今度は、アウグスティヌスの光そのものが、大きく歪む。


「バカな...私の技が...!」焦りの色が見える。「ならば、これで終わりだ!」


アウグスティヌスの周りで、天使の環が幾重にも重なり合う。黄金の光が、天空を覆い尽くす。


【神より永遠の昔に記されし運命よ選ばれし者に光明を与えよ今こそ顕現せよ、神の国を!】「奥義!絶対予定・神の光明!」


眩い光が闇を切り裂く。親鸞の他力光明が打ち砕かれ、悪人正機の波動が霧散する。


「これこそが、神の絶対なる意志」アウグスティヌスの声が轟く。「選ばれし者のみが救われる。選ばれざる者は───」


だが。


「南無阿弥陀仏」


小さな一声が、黄金の光を歪ませる。


「また、その技か」アウグスティヌスが眉を寄せる。「だが今度は私の更なる奥義。この聖なる光の前では───」


「南無阿弥陀仏」


今度の声は、天使の環そのものに亀裂を走らせる。


「な...なぜだ」アウグスティヌスは動揺を隠せない。「たった六字の言葉が、私の奥義を...」


親鸞が血を流しながら立ち上がる。「申し上げましょう」


決着


「神の選びなど、要らぬ」墨染めの衣が、新たな輝きを放ち始める。「なれば───」


虚空が震え始める。読経が木霊し、蓮の花びらが舞い散る。


「我ら煩悩具足の凡夫、ただこの一声に───」


霧が立ち込め、空間そのものが振動を始める。


「南」最初の一字が、波動となって襲い掛かる。神の光の外壁が、轟音と共に砕ける。


「無」二字目が闇を切り裂く。天使の環が、一つまた一つと消滅していく。


「阿」三字目の力に、アウグスティヌスの絶対予定の光が大きく揺らぐ。


「なん...だと...」戦慄が背筋を走る。「たった六字の言葉が...このような...!」


「弥」四字目が虚空を震わせ、神の国の幻影が歪み始める。


「陀」五字目で、最後の防壁が崩れ落ちる。


アウグスティヌスの瞳が、恐怖に見開かれる。「まさか...これが...東方の...!」


そして───


「仏」


最後の一字と共に、全ての光が消え失せる。代わりに、救済の光明だけが、静かに闘技場を満たしていた。


「これが...六字の...」膝をつくアウグスティヌス。


「念仏一声」親鸞が告げる。「これぞ、如来の本願」


実況:「決着!勝者、親鸞上人!」


深淵は、真の救済の形を見出した二つの魂を、優しく包み込んでいた。

闘技場のモニター。


本に囲まれた書斎。机に向かい、静かにペンを置きながら彼は呟く。「人は何を知りうるのか」


窓から見える星空を見上げる「現象界を超えて、物自体に至る道は」「理性の限界を知ることこそが、その超克への第一歩」


古代ギリシャの学堂。大理石の柱に寄りかかりながら彼は主張する。「自然は、その内に真理を宿している」


落ち葉が風に舞う中「形相と質料、原因と目的」「観察し、分類し、理解する。それこそが知への道」


二つのインタビューが交差する「純粋理性の、その先にあるものを」「自然の真理は、万物の中に」


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