第二試合 プラトンvsサルトル
闘技場に満ちた沈黙が、突如、古代ギリシャの竪琴の音色で破られる。
選手入場
実況:「ご来場の皆様、お待たせいたしました」深い声が闇を切り裂く。「時空を超え、人間の真理を賭けた死闘の幕が今、上がります」
場内が闇に包まれる
実況:「青コーナー!」天井から一条の光が差し込む。「イデア界の探究者にして、永遠の真理を説きし者!」「アカデメイアの祖!プラトン・アカデミーの絶対王者!」「プゥゥゥラトォォォン!」
大理石の階段が虚空に現れ、純白のトガの男が降り立つ。その周りには、完全な形の立方体や球体が、淡く光を放ちながら浮かんでいる。
実況:「赤コーナー!」場内の光が、煙草の火のように揺らめく。「実存を極めし者!自由の重さを教えし思索の戦士!」「第二次大戦のレジスタンス!実存主義の闘士!」「ジャン・ポール・サァァァルトル!」
黒塗りの扉が開き、タートルネックの男が静かに歩み出る。その足跡には漆黒の炎が燃え続け、歩む先の空間が歪んでいく。
月が赤く染まり始める。永遠の光と、実存の闇。相容れぬ二つの真理が、今、交わろうとしていた
前哨戦
月光の下、二つの影が向かい合う。イデアの光と実存の闇が、空気を震わせていた。
「人間とは何か」プラトンの声が、静かに響く。「その答えは、永遠のイデア界にある」
純白のトガの裾が揺れ、完全な光の球体が虚空に浮かび上がる。
「違うな」サルトルがパイプを取り落とす。「人間に本質など存在しない。それこそが、自由という名の呪いだ」
「呪い、か」プラトンの瞳が青く輝く。「我々の魂は、生まれる前からイデアを知っている。想起せよ」
ゴングがなる。光の球体が増殖し、闘技場を取り囲んでいく。
「その考えこそが」サルトルの体から漆黒の炎が立ち昇る。「人間から自由を奪う、最大の檻だ」
「なに...?」
「見せてやろう」眼鏡の奥で、瞳が血のように赤く染まる。「私の能力『実存解放』の力を」
「ほう」プラトンの周りで光球が高速に回転し始める。「では私も示そう。『イデア具現化』の真髄を」
轟音と共に、二つの力が激突する───
拮抗
月が血のように赤く染まる中、二つの力が拮抗していた。
「本気か...」サルトルが血を流しながら呟く。「これほどの永遠の光を...」
「フン、実存などと放言していた貴様も」プラトンの口元が歪む。「なかなかの覚悟だったか」
だが───
「詠唱破棄など」サルトルがレンズの曇った眼鏡を外す。「子供じみた真似は終わりだ」
「ほう」プラトンの純白のトガが、イデアの光を帯びて舞い上がる。「私もまた、真の姿を見せよう」
天が轟き、大地が震える。二つの魂が、限界を超えようとしていた。
サルトルの体から、漆黒の炎が竜巻となって立ち上る。
【自由の深淵より目覚めし魂よ全ての本質を打ち砕き今こそ示せ、実存の解放を!】「奥義!実存解放・絶対自由!」
対するプラトンの周りで、イデアの光球が幾何学的な螺旋を描き始める。
【永遠なる真理の彼方よりイデアの光を此処に結びて全ての影より、本質を解き放て!】「奥義!イデア顕現・永久真理!」
衝撃波が轟く。永遠の光が、絶対の自由とぶつかり合う。
「貴様のイデアごと───」「その虚無な自由もろとも───」
「打ち砕くッ!」
深淵そのものが、二つの真理の狭間で軋んでいた。
決着
光と闇が交錯する中、二つの力が均衡を保っていた。だが───
「気付いたか、プラトン」サルトルの声が、闇を切り裂く。「お前の永遠のイデアもまた、一つの選択に過ぎない」
「なに...?」
「人は、イデアを信じることさえ、選択しているのだ!」サルトルの漆黒の炎が、虹色の輝きを帯び始める。
「馬鹿な」プラトンの光球が、不安定に明滅する。「イデアは永遠、絶対の───」
「違う!」轟音と共に、サルトルの実存の波動が増幅する。「永遠も、絶対も、全ては我々が意味を与えているのだ!」
「そんな...」プラトンの永遠の光が、揺らぎ始める。
「見るがいい」サルトルの瞳が、虹色に輝く。「これこそが、選択の重さだ」
【選択の淵に投げ出された者よ全ての絶対を否定せよ今、自由の本質を示せ!】「秘奥義!実存・絶対自由解放!」
轟音と共に放たれた波動が、イデアの光を飲み込んでいく。
「私の...イデアが...」プラトンの光球が、一つ、また一つと砕かれていく。
「永遠なるものなど、存在しない」サルトルの声が響く。「あるのは、ただ選択の連続のみ!」
最後の衝撃波が走る。純白のトガの哲学者が、静かに膝をつく。
「敗北を...認めよう」プラトンが呟く。「だが、これもまた一つの...選択なのだな」
サルトルは無言で頷く。「自由とは、そういうことだ」
実況:「決着! 勝者、ジャン・ポール・サルトル!」
月が静かに輝きを取り戻す。深淵は、新たな真実を見出した二つの魂を、静かに見守っていた。
大型ビジョンの映像。パリの書斎。蝋燭の明かりが、瞑想に耽る男を照らしている暖炉の前に座り、目を閉じたまま彼は言う。「全てを疑え。それが真理への道」
蝋燭の炎を見つめる「感覚は我々を欺く。だが、疑っている私の存在だけは...」「今宵、絶対的な確実性の力を示そう」
エディンバラの霧深い街角煙草の煙を吐きながら彼は憤る。「確実性など、幻想に過ぎん」
通りを行き交う人々を観察しつつ「因果も、自我も、全ては感覚の束。それ以上でも、以下でもない」「お前の『我』とやらも、所詮は習慣と知覚の産物だ」
二つのインタビューが交差する「理性の光こそが、真理を照らし出す」「経験だけが、真実を語る」