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第十五試合 ハイデガー vs 道元

闘技場に満ちた沈黙が、突如、永平寺の暁の鐘の音で破られる。


実況:「ご来場の皆様、お待たせいたしました」深い声が闇を切り裂く。「存在と空の真理を賭けた、東西思索の極限の死闘の幕が、今上がります」


場内が闇に包まれる。


実況:「青コーナー!」天井から一条の光が差し込む。「坐禅の行者!只管打坐の体現者!」「永平禅師!曹洞宗の開祖!」「道ォォォ元!」


僧衣を纏った男が、坐禅の姿勢のまま、虚空を進んでくる。その周りでは桜の花びらが舞い、『正法眼蔵』の一節が光となって渦を巻く。


実況:「赤コーナー!」黒い霧が立ち込める。「存在の思索者!技術時代の預言者!」「シュヴァルツヴァルトの隠者!黒い森の哲人!」「マルティン・ハイデガァァァ!」


黒衣の男が、深い霧の中から姿を現す。その足跡には古代ギリシャ語とドイツ語が浮かび上がり、存在を表す文字が闇の中で明滅する。




対峙

「技術支配の時代に、我々は存在を忘却している」ハイデガーの声が、闇を切り裂く。


「迷いも悟りも、ともに現成公案」端然と坐した道元が応じる。「只管打坐あるのみ」


ハイデガーが返す。「存在の光の前では───」


「生死一如」道元が遮る。


「空虚な言葉で誤魔化すな」ハイデガーの周りで、存在を表す古語が渦を巻く。「真の思索なくして、存在の真理には至れぬ」


「思索もまた妄念」道元は微動だにしない。「坐禅こそが、行であり証なり」


「ならば」ハイデガーの目が、黒い森の深さを湛えて輝く。「存在の真理を、その身で知るがいい」


「御身こそ」道元の声が、大地の底から響くように静かに鳴る。「執着の闇より、目覚めよ」


月が赤く染まり始める。存在への問いと只管打坐。相容れぬ二つの道が、今、交わろうとしていた───




戦闘開始

最初の衝突が始まる。


ハイデガーの周りで、道具的存在が姿を現す。机、椅子、ハンマー...それらが黒い霧を帯びて浮かび上がる。

「存在者は、道具連関の中で、その本質を現す」


黒い影となった道具の群れが、不気味な連鎖を成して襲いかかる。


だが道元は、微動だにしない。坐禅の姿勢のまま、ただそこに在る。道具の嵐が、まるで無に帰するように消えていく。


「この...!」


「道具も、悟りも」道元は静かに告げる。「皆、仏性の現れ。それが、現成公案」


「では、この世界内存在の力を」ハイデガーが両手を広げる。

闘技場全体が黒い森へと変容し、道具的存在の連鎖が道元を取り囲んでいく。


衝撃が道元を直撃する。袈裟が闇に染まり、血が滴り始める。

だが、その姿勢は崩れない。


「痛みもまた、仏性なり」道元の周りで、桜の花びらが舞い始める。


「何故、倒れぬ」


「倒れることも、立つことも」道元の声が、より深く響く。「共に、現成公案」


血の滴が、闇を切り裂くように輝く───


闇がより深く渦巻く中、ハイデガーの姿が変容し始める。


「人間とは...死への存在。我々は皆、死に向かって生きている」彼の声が地底から響くように低く轟く。「この真理から目を逸らすことは許されない」


黒い霧が凝縮し、死神の大鎌の形を取り始める。

「本来の実存とは、いずれ来る死への覚悟の元で、自らの在り方を把握することだ」


【死への存在として

本来的実存へと覚醒し

今、究極の真理を示さん】

「奥義、死への先駆的覚悟・ザイン・ツム・トーデ!」


漆黒の大鎌が、存在の真理そのものとなって襲いかかる。その軌道は、人間存在の根源的な有限性を体現するかのよう。


刹那、大鎌が道元の肩を貫く。鮮血が闇を染める。


「決着か」


だが───




決着

傷ついた身体が、より強く端坐の姿勢を正す。


道元の目が開かれる。


「喝!!!」


虚空が裂ける轟音。


轟音と共に、ハイデガーが吹き飛ばされる。黒衣が引き裂かれ、存在を示す文字が霧散していく。


「な...何故だ。私の死への覚悟が...」


「執着の力は」道元の声が静かに響く。「その強さのままに返される」


「まさか...私の覚悟が倍返しとなって...!」

ハイデガーが膝をつき、道元の一撃が体を焦がす。


だがその時、ハイデガーの瞳が深い光を宿す。


「そうか...死への覚悟など、まだ表層に過ぎなかった」膝をつきながら、彼は呟く。「死を超えて、存在そのものの真理へ...全ての覆いを取り払い、存在の光を...」


黒い森の奥底から、新たな闇が立ち昇る。


【存在の忘却より目覚め

全ての覆いを取り払い

今、根源の真理を示さん】

「極奥義、存在の真理・アレーテイア!」


大鎌が、存在の真理を体現する光を放ちながら襲いかかる。


道元は再び目を閉じ、より深く坐禅の姿勢を正す。

「来たれ」


一撃。


虚空が裂け、万物の存在が露わとなる瞬間。


道元の袈裟が風に舞い、新たな血が滴る。だが、その表情には安らぎさえ宿っている。


「見事」道元は静かに目を開く。「存在の真理に至りしか」


「そなたもまた」ハイデガーが鎌を下ろす。「真の悟りの境地に...」


月が静かに輝きを取り戻す中、二人の思索者が向かい合う。


実況:「決着...ハイデガーの勝利!しかし、これは勝敗を超えた、東西の叡智の邂逅でした!」


「御身の鎌に感謝する」道元が血を流しながら微笑む。「存在の光は、仏性の現れに他ならぬ」


「そうか...」ハイデガーもまた、深い悟りを得たかのように頷く。「全ては、一つだったのだな」


闘技場に深い静寂が満ちる。存在と空、二つの真理は、より高次の地平で出会っていた───



大型ビジョンの映像が点灯する。


ゲッティンゲンの書斎。一人の老哲学者が、無数の草稿に囲まれている。


「意識の本質を見極めるには」男がペンを置く。

「全ての自然的態度を宙吊りにせねばならない」


彼の周りで、現象学的還元の数式が浮かび上がる。

「エポケーにより、純粋意識は露わとなる」

「今宵、現象学の真髄を示そう」


場面は変わり、チューリヒの診療室。

壁一面のマンダラが、不思議な輝きを放っている。


「意識の深層には」男が古い手記を開く。

「人類の記憶が眠っている」


彼の周りを、様々な元型の幻影が舞う。

「集合的無意識は、全ての人の心に通じる」

「その力が、真理を示すだろう」


二つのインタビューが交差する

「事象そのものへ!」

「深層より目覚めよ」

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