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癒しの聖女と、その本性

 それからしばらく……一年と少しは、アリエスにとって平穏な日々が続いた。


 今は少し距離を置いているとはいえ、大好きな義弟が同じ学校内にいる。誰も味方のいなかった頃に比べると、まるで天国のような状況だ。

 それにヘイデル殿下もアリエスに興味が無くなったのか、全く関わろうとしてこない。


 気持ちが明るくなったおかげか以前より学業にも身が入り、昨日借りたばかりの本を全て読み切ってしまった。

 夕方とはいえまだ時間も早いし、追加の本を借りようと図書室へ向かうと……。


「おい! 次は僕が彼女と話す番だぞ!」

「うるさいな、お前はクラスも同じなんだから不公平だ!」

「ちょっと二人ともぉ、ケンカはやめてよぅ」

「はっ……! す、すみませんロッソさん!」


 ……図書室には場違いな音量で騒いでいる、男女の集団に遭遇した。


 いや、正確には男子生徒がほとんどで、女子は一人だけだ。

 ロッソ……と呼ばれていた、集団の中心にいる女生徒が、噂の聖女。ケミィ・ロッソだった。


「ケミィさんに迷惑をかけるなよ、お前ら! ……こんな奴らより、どうかこの僕と夕食を共にしてくれないか」

「え~~でもぉ、今日はヘイデル殿下のお誘いがあってぇ……じゃあ、明日なら大丈夫よ!」

「なんだって!? それなら是非オレも一緒に……!」


 複数の男性が寄ってたかって、彼女一人を奪い合う。異様な光景だった。

 ケミィ・ロッソはさも困っている、という風を装いながら、男達を翻弄するのが楽しくて仕方がないようだ。


「この間ヘイデル様から贈られたドレス、とっっっても素敵だったの! あぁ、あんな風に素晴らしい贈り物をされると、胸が高鳴ってしまうわ」

「へ、ヘイデル殿下にそのような……!」

「そうよね、分かってる。殿下には婚約者がいるもの。だから、あたしにはもっと別の王子様が現れるといいなぁ……」


 それを皮切りに、次は僕がドレスを贈るだの、いや自分は宝石を、といった謎の議論が白熱した。


 仮にも貴族の令息達が、恥も外聞もプライドも捨てて、庶民のケミィにアプローチをしている。以前はこんな光景を見たことがなかった。

 皆の目には光がなく、どこか仄暗い影がある。

 まるで、何かに操られているかのような――


 驚いて立ち尽くしているアリエスを見つけると、ケミィの方から声をかけてきた。


「あら、貴女は……? どこかで見たことがあるわね?」

「あっ……どうも、ご機嫌よう。ロッソさん」


 その場で軽く会釈をすると、また取り巻きの男達が騒ぎ出した。


「貴様! なんだその態度は!? こちらに来てしっかりと挨拶をしないか!」

「この女性は、国の宝である聖女の能力を持った、特別な存在なんだぞ!」

「いいのよ皆、私のためにそんなぁ……」


 そう言ったケミィに対し、なんて寛大な……! と勝手に感動する男達。

 また騒がれても困るので、アリエスはケミィの方へ歩いて行って挨拶をやり直した。


「失礼しました……アリエス・アルハードと申します。初めまして、ロッソさん」

「……アルハード?」


 それまでニコニコと愛想を振る舞いていたケミィの表情が、突然真顔に変わった。


「……皆さん~? あたし、この方と少しだけお話がしたいの。席を外してもらってもいいかしら」

「えっ!? ケミィさん……? それは……」

「お願い、ね?」


 有無を言わさないケミィの口調に、取り巻き達が一斉にいなくなる。

 急に静かになった図書室に、アリエスとケミィだけが残された。


「ロッソさん……? あの、話したいことって……?」

「やだぁ、ロッソさんだなんて。せっかくだし、ケミィって名前で呼んで? アリエスさん」

「う、うん。ケミィさん……」

「うふふ」


 一見和やかなムードだが、ケミィの目は全く笑っていない。



「だってあたし達……恋のライバルでしょ?」


「…………え?」



 そして、その言葉から彼女は豹変した。


「いい気に……なるな地味ブスがっ!! 回復魔法持ちってだけで贔屓されて……ヘイデル殿下の婚約者ぁ? あんた、自分が品種改良のための家畜と一緒だって、ちゃんと理解してるの!?」


 唾を飛ばしながらアリエスを罵倒するケミィは、先ほどまでのぶりっ子と同一人物とは思えなかった。


「あたしは違う! 心から殿下に愛されて、あんなしょぼい女よりも君と結婚したいって、毎晩言ってもらえる! お前の出る幕なんか無いんだよっ!!」


 もの凄い剣幕で捲し立てるケミィは、その勢いのままアリエスの持っていた本をバシッ! と床へ叩き落とした。


「……そういう訳だからぁ、あたしと殿下が仲良くしてても、醜く嫉妬なんてしないでね? いずれ離婚されるだけの家畜さん?」


 ケミィが顔を近づけてそう宣言し、ズカズカと歩いて去って行く。

 と、果物の腐ったような甘ったるい匂いがアリエスの鼻をついた。


「あ、そ~だ」


 出口の付近で立ち止まると、再びケミィの口が開いた。


「これも聞きたかったんだぁ。あんたのアルハードってまさか……秀才な上にとびきり美しい、あのバン・アルハード様の親族なの?」

「え? えぇ……バンは義弟で……」


 ギリィ。と、強く歯を噛み締める音。

 それと共に、呪いでもかけられそうな勢いで睨まれた。

 ケミィは「バン様の義姉……? 許せない……お前には何も渡さない」などと、ブツブツと不穏な言葉を残して、今度こそ図書室から去っていった。


 それに対してアリエスは、意外な反応を示した。



「あの香り、どこかで……?」



 ◇◇◇



 酷く罵られたことよりも、何故かケミィの使っていた香水が気になってしまった。

 確か魔法薬学で、同じ物を扱った覚えが――



 そして、アリエスの脳内に一つの……恐ろしい仮説が生まれた。

 異常なまでに男性に慕われる、妙な香水を用いる者。



 それを、アリエスの頭脳は知っている。

 この違和感、この不自然な状況は――


「…………やっぱり、これだ……」


 そのまま脇目もふらず、膨大な歴史の資料から必死に探し出した。

 それは以前に読んだ記憶があった、外国で用いられた魔法をまとめた本だった。他国の言語が混じっており、翻訳が大変だったのでよく覚えている。

 この本に載っている。過去に、一度だけ観測された魔法……



「魅了の、魔法」



 思わず口に出してしまい、ゾッとする。


 昔、遠い島国で用いられた――禁忌の魔法。

 その魔力にあてられた者は理性を失い、使い手の虜となる……洗脳に近い、恐ろしい術だ。


「あの独特な甘い香りは、ナンサム花の蜜……発動条件は満たしてる。じゃあ本当に……」


 この魔法の使用には、いくつかの条件がある。


 1、相手が使用者に対して、一定以上の好意を持っている前提であること。

 2、日頃から魔法薬を調合した香水を身につけること。

 3、その状態で、相手としばらく行動を共にすること。


 ケミィの可憐な外見であれば、大抵の異性は初対面でも多かれ少なかれ好意を持つ。取り巻きに女生徒がいなかったのは、男子生徒を次々に落とすケミィにいい感情を持たれていないためだろうか。


 そして、ヘイデル殿下も完全に彼女の虜になっている。恐らく、上層の者は既に取り込まれているだろう。

 将来的にケミィがヘイデルと結婚し、女王となれば……この国は……。


「どうしよう……」


 何故誰も、この魔法の使用を疑わないのだろうか。アリエスは知り得なかったが、この外国語混じりの高度な書物を読める者は、王都にはもうほとんどいないのだった。


 ……ひとまず明日、手に入れたこの情報を義弟に共有しよう。


 その晩はあまりよく眠れず、また隈を作ってバンに心配をかけてしまった。

読んでいただいてありがとうございます!

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