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鈍感な姉と、弟の決意

「……久しぶりだな、義姉さん」


 驚いて声も出ないアリエスを横目に、バンは不機嫌そうに眉根を寄せながら話しかけてくる。


「なぁ……少し痩せたんじゃないのか? 三食きちんと食べているのか?」

「ちょ、……ちょっと! そんなことよりも!」


 何故か日常会話を始めた義弟に対し、慌てて会話を遮る。


「な、なんでバンが学校にいるの!?」

「編入試験に受かったんだ。これから飛び級で、義姉さんと同じ学年になる」

「え!? えっ……!?」


 アリエスが狼狽している間に、バンはぐっと身体を近づけて言った。


「義姉さん、俺の質問にも答えてくれ。ちゃんと食べているのか? うっすら隈もあるし……最近眠れていないんじゃないか?」

「あっ……その、お、王都に来てから色々と大変で……」

「…………」


 アリエスは思わず目を泳がせてしまう。その様子を見て、先ほどよりも一層険しい表情になる弟。

 姉の不摂生な生活に怒っているのだろうか。目つきがますます鋭くなり、何かを堪えるように大きなため息をつかれて緊張してしまう。


「……それと、聞きたいことがあったんだ。王太子との婚約の件……噂くらいは知ってるんだが、事実なのか?」

「バンも知ってたんだ……う、うん。実は……」


 アリエスは事のあらましを説明した。

 あまりに非人道的すぎる内容と、自分はまだ説得を諦めていないことを含めて。


 バンと別れてからの、王都で起きた一連の出来事を話していると――


「…………あっ」


 ポロ、と。

 涙が目尻から溢れてしまった。


「っ!? 義姉さん!?」

「ご、ごめん! あはは、なんでだろ。ひ、久しぶりにバンに会えた、から……あ、安心しちゃって……!」


 とっくに限界だったのだろう。

 いくら特別な魔力を持っていても、アリエスはまだ高等学校に入ったばかりの少女なのだ。

 ずっと押さえつけていた、見ない振りをしていた辛い気持ちが溢れ出てしまったようだ。


「…………」


 そこにぎこちなく差し出されたのは、真っ白なハンカチだった。

 はっとして目の前の弟に視線を送ると、泣いているアリエスを見ないようにしてくれているのか、顔を横に向けていた。


「バン……あ、ありがとう」

「…………いや」


 彼の不器用な優しさが、今はとても心に染みる。ハンカチを受け取り、もう引っ込んでしまった涙を拭う。

 少ししたら落ち着いたので、話の続きをすることにした。


「だから……今はとにかく、外国の政治について勉強してる。回復魔法の遺伝なんかに頼らなくても、もっと良い道を探して……」

「その前に聞きたいんだが……義姉さんの気持ちはどうなんだ?」

「……私?」


 バンは両方の拳を軽く握り締めて――僅かに緊張したような様子で、アリエスへ尋ねた。


「改めて聞くが、説得を諦めていない……と言ったからには、ヘイデルと婚約する気はないんだな?」

「え? でも、婚約はもう決まって……」

「どうなんだ?」


 何故か少し焦っているようなそぶりのバンに、不思議な気分になる。

 その深い海のような、美しい真っ青な瞳で射貫かれて思わずドキリとした。しばらく会わない間に成長した弟は、その相貌の麗しさにより磨きがかかった気がする。


 そんな真剣な眼差しの弟に向かって――アリエスは短く息を吸うと、はっきりとした声色で答えた。



「婚約は……したくない。私は本当に好きな人と、愛し合って結婚をしたい」


「……あぁ、分かった」



 十分だ。

 と言った義弟の顔は、何かを決意したような凛々しい光を帯びていた。


「他に、何か情報はあるか? 王太子やその周辺のことでも、何でもいい」

「うーん……あ! そういえばこの間、聖女の特性を持った生徒が編入してきたんだけど……」


 その者ならバンも知っていた。庶民の出だが、珍しい聖女の特性――他人の心を癒す能力だったか、とにかく100年に一人と出ない貴重な魔法の所持者。

 しかも、庶民とはいえ豪商の娘だったらしい。聖女の身分に加えて、元々父親が魔法学校に多額の寄付をしていたこともあり、周囲からは特別な存在として認知されている。回復魔法持ちのアリエスとは随分な違いだ。

 名は確か……ケミィ・ロッソ。


「小柄ですごく可愛らしい子で……あんまり言いたくないんだけど、ヘイデル様は彼女に夢中みたい」

「は? 婚約者がいるのに他の女生徒と?」

「本当にね……元々親衛隊? みたいな女の人達といつも一緒だったんだけど、最近はいつもケミィさんと二人でいるから」


 ようするに……一応の婚約者であるアリエスがいながら、親衛隊だの聖女だのと次々に遊び回る、女好きで浮気性な男ということらしい。

 王太子の噂以上のクズっぷりに、バンはもう言葉も出なかった。

 しかし――ヘイデルが義姉に女性としての興味がなさそうなのは、バンにとっては僥倖だ。その聖女とやらとの関係も、何かに使えるかもしれない。


「……義姉さん、俺に少し考えがある。まとまったら話すが……誰が見ているか分からないし、しばらくは別々に行動しよう」

「うん、分かった。じゃあ、私ももっと勉強して……」

「あと、勉強するのはいいが、奴らを説得するのはやめろ。正直に言うと、無駄だし危険すぎる」

「えぇっ!? そんなぁ……」


 しかしアリエスも、自分の無知さや世間知らずさを最近思い知ったばかりだ。ここは弟の助言の通りにしようと考え直した。

 そして、最初に浮かんだ疑問が再び頭をよぎる。


(バンは、どうして王都に来てくれたんだろう……まさか、私を心配して……?)


 そんな、ありえないような――嬉しいことがあるのだろうか。

 今まで冷たい態度ばかりだった弟が、まさかこんなに自分のことを想ってくれていたなんて。

 もしかしたら、これらは全てアリエスの都合のいい妄想かもしれない。


「……でも、本当に……」


 思わず小さい頃のように、弟の手を取って両手で包み込んだ。


「……っ、義姉さん!?」

「本当にありがとう、バン。こんなに私のことを心配してくれて」

「い、いや、別に……俺はっ……」


 突然手を握られて狼狽えるバンには気付かずに、アリエスは続けた。


「私のこと、心から想ってくれるのはバンだけだよ……もちろん、私もバンのことを誰よりも大切に想ってる」

「義姉さん……その……お、俺も……」



「バンは、()()()()()()()()()だよ!」



「…………………………そう」


 別れ際だけ、何故かバンの周りがズンと暗くなった気がしたが――アリエスは特に気にせずに、穏やかな気持ちで自室へ戻っていった。

読んでいただいてありがとうございます!

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