王都と嫌な思い出①
アリエス・アルハードは、王都魔法学校への編入を果たしてから慌ただしい日々を送っていた。
勉学方面は全く問題なかったが、どうしても上手くいかないのが人間関係だ。
王族や上級貴族同士で繰り広げられる、上下関係の……ようは、マウントの取り合い。
本当に馬鹿げているが、少しでも相手より下に見られようものならここでは死を意味するらしく、誰も彼も口を開けば自慢話か他人の悪口しか言わない。
「先日の公爵家のパーティー、華やかでとても素晴らしかったわ。あら、貴女は招待されなかったのかしら?」
「もちろんお誘いいただきましたが、ちょうど王家の方々との会食の予定がございましたので……丁重にお断りさせていただきたしたわ」
「くっ……! お、王家といえば、私の親戚に当たる家に、王太子ヘイデル・フォン・シュナイダー様と同級の方がおりますの。魔法薬学の授業など、共に学んでいらっしゃるとか」
「ま、まあ! それはどこのお家の方かしら!? 私も是非ヘイデル殿下とお近づきになりたいわ!」
そんな会話を聞き続けていると、虚しい気持ちでいっぱいになる。
アリエスのような下級貴族出身者は珍しいため、腫れ物に触るかのように対応されているのが現状だ。目の敵にされて苛められたりするよりはいいが、友人の一人も作れないというのはなかなか寂しい。
正直、皆もこの異物のような存在をどう扱っていいのかが分からないのだろう。
しかし煩わしい人間関係を除けば、王都で得られる知識量はこれまでの比ではないし、そこまで問題にしていなかったのだが――ある日、とんでもないことが起きた。
「お前がアルハードか……随分貧相な格好だな? ボクの婚約者として、明日からはもっと身なりを整えろ」
今まで会ったこともない王太子殿下からの、同意した覚えのない婚約者発言に、アリエスは絶句してしまった。
(ボクの……こ、婚約者!? 聞き間違い……?)
「お、王太子殿下、ご機嫌麗しゅう……あ、あの、婚約者というのは……?」
「そのままの意味だ。お前は珍しい回復魔法の使用者として、王族の子を産むことを許す。詳細を知りたいなら校長にでも聞け。ボクは忙しいんだ」
そう言うと、取り巻きのような少女達に囲まれた王子はどこかへ行ってしまった。
後ほど、校長室へ向かい話を聞いた。
そして内容のあまりの残酷さ、傍若無人さ、無遠慮さ諸々に再び絶句することとなった。
どうやらアリエスは、これから回復魔法が遺伝した子を産むために王家に嫁がねばならず、その役目が終われば放り出されて軍か研究施設に引き取られるそうだ。
これまで憧れていた眩しい王都へのイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
ふらつきながら廊下を歩き、なんとか自室にたどり着いたが――顔面は蒼白となり、悔しさで握り締めた指も真っ白になっていた。
(……どうしよう……どうしよう! も、もう一度真剣に話せば、皆さんも分かってくれる……?いや、そんな甘い考えじゃ駄目だ……!)
震える身体を鞭打って、本棚から外国の資料をありったけ持ち出す。
「もし説得するにしても根拠を持たないと……諸外国の運用形態……人権意識……これから王族が統治していくにも、このまま王都のやり方を続けていったら危険すぎる……」
この時からアリエスは、自国だけでなく他国の政治や軍事、教えや宗教に至るまでを頭に叩き込んだ。
全くの偶然によるものだが、この学びが後々彼女の命を救うことになることを、まだ誰も知らない。
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