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最悪な両親と最愛の姉

 どこの誰かも分からない両親に捨てられてから、ずっと施設で暮らしてきた。


 孤児院は悪い所ではなかったが、思うように勉強をさせてもらえないことが辛かった。

 しかしそれ以外は特に不自由もなく、優しい先生や友人達と共に暮らしていた所に、あの男女がやってきた。


「早く帰りましょうよあなた。こんな汚らしい場所に一秒だっていたくないわ」

「用だけ済ませたらすぐ帰る、少しの間くらい我慢しろ!」


 察するに、どうやらこの偉そうな連中は落ち目の貴族で、自分の家が傾いてきたので魔力持ちの男児を養子にしたいそうだ。


 そんなくだらない理由で養子にされる者が可哀想だ。

 孤児院の子供達はみんな素直でいい奴だし、先生も優しい人ばかりだが、経営者がまずかったのか。

 きっとこの自称貴族に金でも積まれたのだろう。


「あなた、この銀髪に青い眼の男の子はどう? 見目もそこそこいいし、一番勉強ができるそうよ」

「こちらは体格もよくて従順そうだな。やはり言うことをよく聞く者がいい」


 まるで家具でも選んでいるかのような口調に、心底吐き気がする。


 従順そうな――などと言われたのは、この中で最も年長のカイだ。

 突然の出来事に、控え目な性格の彼は可哀想なほど怯えていた。


「えっ!? ぼ、僕……? 僕は、えっと……」


 瞳に涙を浮かべ、おろおろと俺達の方に目を向ける。この男女についていけば、貴族として今よりは贅沢な生活ができるだろう。

 しかし、この横柄で傍若無人な態度を見て、これからの人生を共に過ごしたいなどと思う者がいる筈ない。


「どうした? のろまだな、こいつは。しかし魔力は多少あるな……誰か他にいないのか!」


 孤児院の中がシン、と静まり返る。

 皆、誰が連れていかれてしまうのかと気が気でないのだ。

 誰からも反応がないことに苛立ったのか、貴族の男は大きな舌打ちをした。


「もういい、じゃあこののろまな奴を……」

「この中で一番魔力が高いのは、俺だ」


 男の声を遮るように、思わず口をついた。

 皆が驚いた目で俺の方を見ているが、構わず続ける。


「カイは……そいつは身体も弱い。昨日まで寝込んでいたんだ。連れていくな」

「そうか、ならお前でいい。名はなんというんだ」



「…………バン」



 ◇◇◇


 他の皆……カイも、どうして俺だけが犠牲になるんだと次々に問い詰めた。

 俺は、貴族の元でいい暮らしがしたいからだと突っぱねた。こんな貧乏な孤児院より、あいつらの養子になった方がましだと。しかし、気のいい奴らは誰一人俺の言い分を信じなかった。


 特にカイは、自分を庇ったせいだと思い込み、最後まで俺のことを引き留めようとした。


「ごめん、バン……! ぼ、僕は……っ」

「……いいんだ、カイ。元気でな」

「うっ……や、やっぱり、僕が代わりに……!」

「カイ、お前はこの中で一番年上なんだ。俺の代わりに、ここの皆を守ってやってくれ。それが俺の一番望んでいることだ」

「バン……っ」


 別れが寂しくないと言えば嘘になるが、あまり皆に気負わせる訳にはいかない。

 お別れもそこそこに、これまで育ててくれた孤児院を去った。


 そこからは、くだらない両親に家庭教師を付けられ、貴族としての生活や勉学、剣術に至るまでを叩き込まれた。

 元々要領はいい方だったので、それらを苦にしたことはなかったが……本当に両親、それにこの国は最低だった。


 勉強をすればするほど、国政が見えてくる。当時の俺はまだ7つだったが、暇さえあればアルハード家の書庫にある様々な資料を読み漁っていた。


 シュナイド国は魔法で栄えた国だが、その他の産業は信じられないほど杜撰だった。

 魔力を持つ貴族だけで財産を独占し、平民が今の貧しい暮らしを変えたいと思っても不可能に近い。貴族と同等以上の強力な魔力を持っていなければ、ろくな教育も受けさせてもらえないのだ。

 魔法を軍事転用して強力な軍隊を保有している以外は、目立って優れたこともない――いつ崩壊してもおかしくない、酷い国だった。


 しばらく適当に過ごして、利用できる物がなくなったらアルハード家、そしてこの国を去るか……などと考え始めていた頃。

 義姉さん――アリエス・アルハードと出会った。


「名前は? なんていうの?」

「……バン。名字はない、ただのバン」

「わぁ、格好いい名前。私はアリエス。あなたのお姉ちゃんになるんだって! よろしくね」

「…………」


 最初は貴族の生まれで甘やかされた、ただのお嬢様だと思った。

 俺が挨拶を無視しても気にする様子もなく、明るく話しかけてくる。他人から拒絶されたこともない、苦労も努力も何も知らずに育った、その辺の貴族と同じなのだろうと。


 でも違った。彼女はあの最悪な両親の元で育ち、ほとんど目をかけられない、愛情も与えられない環境の中で懸命に生きてきたんだ。


 俺はこれまで、自分を勤勉な方だと思っていたが、アリエスを見たらとてもそんな事は言えなくなった。

 両親からの苛烈で厳しすぎる教育を必死にこなし、少しでも空いた時間があれば高等学校で行うような魔法の勉強をしている。

 この家にあった大量の蔵書は、アリエスのための物だったのだ。


「……なんで、そこまで頑張れるんだ?」

「え?」

「あんたがいくら勉強しても、誰も……両親さえ認めてくれないんだろ?」

「うーん……そうかもしれないけど……」


 少しだけ考えたあと、彼女は続ける。


「勉強は好きなんだ。頭の中にいくら入れても荷物にならないし、これからどんな役に立つか分からないしね。万が一って時に、この知識が助けてくれるかもしれないでしょ?」


 8歳の女の子にしては大人びているが、純粋な答えだった。

 そして、いくら頑張っても振り返ることのない両親も気にせず、自分の将来のために学ぶアリエスはとても気高く――美しかった。


「それに、誰も認めてくれない訳じゃないよ。こうやって可愛い弟が……バンが、分かってくれてるから」


 そう言った彼女の笑顔は、ひねくれた性格の俺には眩しいほどだ。こんな、突然義弟となった孤児院出身の俺にも愛を持って接し、家族として迎えてくれた。


 それからは度々アリエスに勉強を教わったり、一緒に遊んだりすることが増えた。教えた魔法を俺が実践できた時などは、自分のことのように喜んでくれて、幼い俺もとても嬉しかった。


 そのおかげで俺は、貴族に対して向けていた偏見を僅かに改めることができた。

 だが中等部へ上がる頃――大変な事態が起こったのだ。


「おかえり、バン! 入学式お疲れ様だったね」

「あぁ、ただいま」



 ――――好きだな。



(…………は?)


 いつもの何でもない会話の後、聞こえてきた自分の心の声に絶句してしまった。


 俺が? 好き? だ……誰を?


 アリエス義姉さんを?


 何故今ごろそんなことを思ったのか。昔から、無自覚のうちに気持ちを押さえつけていたのだろうか?

 転がり込むようにして自室へ戻り、机に突っ伏しながら考える。

 ドッドッと心音がうるさく、冷静になれない。


(俺は、どうして……どうしたらいい? こんな……)


 こんな恋心を、見つけたくなかった。

 だって、絶対に報われる訳がない。この国では義理の姉弟が結ばれることを認めていないし……アリエスが愛情を抱いているのは、義弟である俺だ。


(アリエス義姉さん……俺は……)


 そんな俺の葛藤を知らず、アリエスは今まで通りに接してくれる。

 夕飯も毎日一緒に食べていて、嫌でも顔を合わせてしまう。昨日までは心癒される時間だったが、今はただただ辛い。


「ねぇ、バン。この間言っていた魔力を高める薬だけど……家庭教師の先生が調合を教えてくれるんだって! 今度一緒に……」

「義姉さん」


 自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。



「……義姉さん、俺ももう小さな子供じゃないんだ。あまり付きまとわないでくれ」



 あんなにショックを受けた義姉を、俺は初めて見た。


 言ってすぐに後悔したが、これはアリエスのためでもあるのだ。俺のように邪な考えを持った男と一緒にいれば、何が起こるか分からない。

 しかし傷付いたアリエスの顔をこれ以上見れず、食べ終わると足早に部屋へ戻った。


 そんな最低な俺に、神様が天罰を与えたのだろうか。


「はあ……はぁっ、ぅ……!」


 同じ頃に、原因不明の高熱で寝込んでしまったのだ。

 感じたことのない不調に、全身が悲鳴を上げるのが分かる。周りで両親や医者が何か言っているようだが、頭がガンガンと鳴って何も聴こえない。


 このまま死んでしまうのだろうか。


 目も霞んできて、暗闇の中にいるようで怖い。こんなことなら、これで最後になると知っていたら、アリエスにあんな酷いことを言わなければよかった。傷つけなければよかった。

 叶うなら、最後に一言彼女に謝りたい。


 ……ン、バン……しっかり!…………


 遠くでアリエスの声が聴こえた気がして、痛む喉を振り絞って声を出す。



「…………、さん……ねぇ、さん……ごめん…………」



 その時だった。


 真っ暗な視界に、突然柔らかな光が差した。

 誰かに握られた手から、温かく優しい波のようなものが流れ込んでくる。


 一瞬で身体中を包まれて、先ほどまでの不調が嘘のように全身が楽になる。

 久しぶりにまともな呼吸ができて――そのまま強烈な睡魔に逆らえず、心地いい眠りの中に身を落とした。


 ◇◇◇


 その後は非常に慌ただしかった。

 初の回復魔法を受けた者として様々な検査をされ、家に戻ったら義姉の王都行きが決定していた。


 今回の件で自覚したが……俺は本当に、心底アリエス義姉さんを愛している。あんな酷いことを言った義弟を救うために、自分が倒れてしまうまで慣れない魔法を使った、お人好しの少女を。


 アリエスは王都に憧れを抱いているようだが、あそこは王族や上級貴族が支配する、ほとんど魔窟のような場所だ。とても優しい義姉さんがやっていけるとは思えない。

 下級貴族出身は差別の対象で、ましてや珍しい魔法を使って目立つ者など更に危ないと……俺を診てくれたお医者様が教えてくれた。


 それなら、俺がやるべきことは一つだ。


 飛び級は認められている。死ぬ気で勉強して、必ず王都の学校に入学してやる。

 義姉さんを――アリエスを、守るために。


読んでいただいてありがとうございます!

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