最悪な両親と冷たい弟
この国――シュナイド国は、魔法によって発展してきた。
他国では滅多にいない魔法使いだが、シュナイド国の貴族は全員何かしらの魔法を使えるし、庶民の中からも稀に強い魔力の者が現れる。
私の義弟、バン・アルハードもその一人だ。
まだ幼少の頃、突然屋敷に連れて来られたバンは、どうやら両親がその魔力を求めて孤児院から引き取ってきたらしい。
アルハード家は代々王家に仕える由緒正しい家系ではあったが、両親の代からはひどいものだった。
周囲の反対を押し切り、相手の外見だけで下級貴族との結婚を決めた父と、お爺様やお婆様が大切に守ってきた土地や財産を食い潰す母。
私が産まれる頃には、伝統あるアルハード家の栄華は地に落ちていた。
そこで、両親は強い魔力持ちを求めたのだ。
シュナイド国であっても強力な魔法使いは少ないため、裕福な家のご令嬢がこぞって結婚相手にしたがる。
一人娘である私は、いくら魔力があっても関係がない。どこか裕福な嫁ぎ先に渡すためのカードになるのだ。
子供を自分の駒としか思っていない両親らしいが、生まれてから使用人としか会話したことのない私と、孤児院から無理やり連れてこられたバンの気持ちは全く考えていないのだろう。
とはいえ当時8歳だった私にしてみれば、自分に構ってくれない両親よりも、突然義理の弟となった可愛い男の子の方に興味が向くものだ。
「名前は? なんていうの?」
「……バン。名字はない、ただのバン」
「わぁ、格好いい名前。私はアリエス。あなたのお姉ちゃんになるんだって! よろしくね」
「…………」
ふいと顔を背けて無視されたが、この反応は両親相手で慣れている。
それからも、ろくに返事もしない義弟にめげることなく、私はバンに構い続けた。
「バン! お姉ちゃんが勉強を教えてあげるわ!」
「あそこに見える木の下まで競争しましょう!」
「バンはもう魔法が使えるの!? すごい……私にもできるかなぁ」
それがいけなかったのだろうか、中等部に上がったあたりから、バンの態度が急に冷たいものになってしまった。
「義姉さん、俺ももう小さな子供じゃないんだ。あまり付きまとわないでくれ」
ガン!
と、頭を殴られたような衝撃が走った。可愛い義弟の口から出た言葉に、それくらいのショックを受けたからだ。
ショックすぎて、しばらくは大好きな魔法の研究もできないほどだった。
私と距離をおくようになったバンは、知人や先生方とは普通に接していた。
本当に私に対してだけ冷たい。本当に……私のことが嫌いになってしまったのだろうか。
その頃に、もう一つ事件が起こった。
バンが高熱を出して倒れてしまったのだ。
薬も効かない原因不明の病に、家族もお医者様も手の施しようがなかった。
後で分かったことだが、これは魔力の強い者に起こる発作のようなものらしい。
未熟な身体に不釣り合いな魔力量が暴走し、行き場をなくして宿主を攻撃してしまう。
いくら優秀とはいえ、バンはまだ中等部に上がったばかりだ。
とても魔力のコントロールなどできる訳がない。そもそも、本来なら魔法の授業なんて高等部に上がらないと始まらないのに……。
「おいヤブ医者! こいつを死なせたりしたら、分かってるんだろうな!?」
「そうよ! 『これ』をここまで育てるのに一体いくらかかったと思ってるの!」
この期に及んで冗談みたいなことをのたまう両親に、頭がくらくらしてくる。
「はあっ……はあ……っ」
苦しそうに呼吸をする弟。息を吐く間に、何かをうわ言のように呟いている。
――どうしよう、どうしようっ……!
「バンっ……! しっかりして、しっかり……! お水を飲める? 何が欲しいの?」
バンを喪ってしまう恐怖から、声が激しく震える。
私はぼろぼろと涙を流しながら、必死に声をかけ、その手を強く……強く握った。
「…………、さん」
「え?」
「ねぇ、さん……ごめん…………」
弟が、本当は何を伝えたかったのかは分からない。
だけど私の耳には確かに、そう届いた。
――その時だった。
パアッ……! と部屋中が暖かな光に照らされた。
「な、なんだ!? 何事だ!」
焦る父の声も聴こえないほど集中した私の手、バンを強く握り締めた手から、白く柔らかな光が漏れ出てくる。
「こ、これは……!?」
驚いたお医者様が思わずバンを見ると、熱でひどい顔色だったはずの彼が、いつの間にか穏やかな寝息を立てている。
「ひ、回復魔法だ……! まさか、本当に……」
そして、慣れない魔法を使いすぎたせいか、今度は私の方が派手にひっくり返ってしまった。
――後日、お医者様から興奮気味に説明された。
一つ、回復魔法はずっと研究されてきたが、使用できた前例はなかったこと。
二つ、私の魔法のことをすぐに王族へ報告しなければならないこと。
そして三つ……弟は、私の魔法のおかげで命を救われたということ。
「……バン! あぁ、よかった!」
しばらく経って、ようやくバンと再会できた。
歴史上初めての回復魔法を受けた者として、長い間様々な検査を受けていたらしい。
しかし、何も問題は出なかったようだ。数日前の様子が嘘のように元気な弟の姿を見て、思わず声が弾んでしまう。
「身体は大丈夫? あんなに高い熱で……本当に無事でよかった」
「……義姉さん、あの、……」
「え?」
「……その……俺、本当は……」
少しの間、沈黙があった。
「……い、いやなんでもない。俺がいない間、何かあったか?」
「え? えぇ、私の使った魔法のことで、お父様もお母様も大騒ぎだったわ」
なかなか視線を合わせてくれないバンを不思議に思いながら、私は続けた。
「回復魔法、どころか魔法なんて初めて使ったから、私も気絶しちゃったみたいで……あ! そういえば、来月から王都にある魔法学校に通えることになったの!」
「……王都?」
ピシッ。
ん?何か、空気に亀裂が入ったような……気のせい?
王都の学校はとても遠い所だけど、上級貴族や王族だけが通える特別な場所だ。
私と同い年の王太子もそこに通っているはずで……。
「あっ……そ、それでね! 王太子殿下が私に興味があるって……今度、主催されるパーティーにお呼ばれしたんだよ!」
「…………え?」
「はは、もしかしたら婚約者候補になって未来のお妃様に……なんて、ただの妄想だけどね」
あはは、と能天気な私の笑い声が響く。
それに対して、弟の周囲の温度はどんどん下がっていくように感じる。
「…………そう」
それだけ返事をすると、バンはどこかに行ってしまった。
あ、あれ? 明るい話題を出したつもりだったけど……。
それからのバンは、あまり外出することもなくなり……自宅にいる時は、ほとんど部屋に籠って勉学に励んでいるようだった。
弟が真面目なのは喜ばしいことだが、正直言うと寂しい。
「来月、王都に行ったらあまり会えなくなっちゃうのに……」
そうして私は、両親と義弟の送り出しもなく……王都の魔法学校へ編入することとなった。
思えばこれが、私の身の破滅の始まりだったのかもしれない。
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