メカニカルラヴァーズ
突然だが、素人作のマイナーな恋愛シミュレーション、いわゆる乙女ゲームの世界に転生してしまった。
前世、パソコン用のフリーゲームとして公開されていたソレを常駐しているSNSで知って、面白そうだとダウンロードしたのだ。
タイトルはメカニカルラヴァーズで、作者自身が使っていた通称はメカラバ。
舞台は、超巨大な宇宙船の中だ。
千年ほど前、どこからか去来した隕石の影響により世界中の大気が猛毒と化し、結果、我らが先祖は命からがら母星から飛び立ったと伝えられている。
とはいえ、元々惑星の資源も目減りして大規模な宇宙移住計画が進行していた最中であったので、脱出の際の混乱は然程でもなかったらしい。
まぁ、この辺りの情報はゲーム設定ではなく、生まれかわった後で教育された内容なので、どこまで正確なのかは分からないけれど。
肝心の攻略対象は、闇を流離う中で出会った様々な宇宙人たち……ではなく、船内で働くロボットたちだ。
いやはや、業の深い性癖と蔑むなかれ。
彼らのAIは発達し、すでに人と変わらない個性や感情を持つ。
むしろ、宇宙人なのは主人公側で、プレイヤーのアバターは人型固定でこそあるが、色の自由度はすこぶる高かった。
肌は青、髪は蛍光ピンク、瞳は金と赤のオッドアイなど、ちょっと拗らせた組み合わせだって可能なのだ。
ちなみに、今の私は、明るい茶髪に焦げ茶の瞳、前世と変わらぬ黄色人種の肌色をしている。
うん、デフォルト設定というやつだね。
下手に奇抜な姿より親しみやすくて良いと思う。
小説等で流行りのライバル女子もいない。
素人作なこともあって、単に節目節目で選択肢をクリックするだけの、シンプルかつ短いゲームだった。
ロボットは、隠しキャラを含め計6体。
いくら高度なAIでも、さすがに人間と恋をしてくれるバグった思考回路の持ち主は彼らぐらいしかいないと、製作者のホームページに書いてあった。
つまり、ロボットだらけの世界に転生したからといって、興奮のまま無制限にハーレムを築くような真似は不可能だということだ。
攻略できる6体だって、それぞれ独占欲はあるし、逆ハーレムエンドは存在しない。
元より、前世由来の倫理観的にそんなもの作るつもりはないけれどね。
もちろん、普通に人間同士なら制限はほぼゼロ。
その方が一般的だし、前世の記憶なんて忘れて生きた方が健全だ。
分かっている。
分かってはいる。
でも、せっかくロボットと恋愛できる環境に生まれたのなら、私はそのチャンスを逃したくなかった。
前世でも、今世でも、私は彼らロボットという存在が多様な意味で大好きなのだ。
本命はもう決まっている。
全長2メートルと少々の、船内を巡回する警備ロボットだ。
他の対象は、ちょっと個人的に厳しい。
家事や介護など人の世話をするヒューマノイドは、まず見目が人に近すぎて好みから外れるし、人間が勘違いしないように他の機種より定型文的というか、言動に感情がなくて、攻略難易度が非常に高いのもネックだ。
アニメでよく見かけるような、主に船外で活動する全長18メートルぐらいの搭乗可能な人型の子は、性格も見た目も好きだけど、パイロットと仲が良いから妙な横恋慕感があるし、身長差だってロマンはあっても現実的に考えると一緒に暮らすことすら難しい。
船内機器のメンテナンスを担当する、連なる三つの球体から蜘蛛のような8本脚を生やして天井や壁を這い進む赤ん坊サイズの甘えたがりな子に関しては、さすがにペット感が強いし。
船内を徘徊する円柱の体と角の丸い正方形の頭部を持つシンプルなお掃除ロボットは、無駄が嫌いそうに見せかけて実はオシャレ好きなんだけど、反応や醸し出す空気が男の娘って感じで、なんて言うか同性相手みたいで普通に恋愛対象として見づらい。
あと、隠しキャラは宇宙船そのもので、実は変形機能を備えててバトルモードとかすごくカッコいいフォルムにもなるんだけど、そもそもゲームと違って船内にいるから一生その姿を拝めないし、独占欲が強くて、仲良くなると一挙手一投足を四六時中監視してくるようになるし、船内の人類を滅亡させてくる後味の悪すぎるバッドエンドも存在しているし、とにかく重すぎて無理。
と、いうことで、本命の警備ロボットの話に戻そう。
彼の個体名は、ナファム。
真面目で武骨な軍用タイプと謳われる機種で、彼自身も仕事中はそのものずばりって雰囲気だけど、実際は情に厚くて非常に穏やかな性格の機体だ。
基本的なシルエットは西洋甲冑に近く、全身が鈍く光りにくいシルバーの、角度によってはゴールド混じりにも見える金属で覆われている。
首や腕は蛇腹状になっていて、倍ぐらいには伸び縮みするし、動きは滑らかだ。
頭部のやや上方をグルリと1周、半透明のカバーが覆っていて、その内側には前方に2つ、後方に1つの可動式カメラが設置されていた。
見た目上には鼻や口や耳といったパーツは存在しないが、聴覚とデータとしての嗅覚、発声機能は標準装備されている。
背中には河童の甲羅のような透明の盾がはめ込まれており、状況に応じて取り外しが可能だ。
腰回りには電流警棒やレーザー銃が吊るされているが、これは人間相手の犯罪抑止力としてのもので、実際の戦闘時には壁裏や床下の隠し収納を開き、大型武器を装備して使うことが多い。
また、有事の際に必要性があれば、ケンタウロスのような形態にも変化が可能で、機動力のある兵器としてはもちろん、住人や物資の運搬にも利用されていた。
まぁ、運搬自体は他に専用のロボットが存在するので、本当に緊急時にしか使われない機能なのだが。
本来であれば救急車を呼ぶ場面でも、被災時となれば自衛隊が動くといったようなものだ。
元がゲームで、かつ既プレイ民なので彼のシナリオも攻略方法も判明している。
が、私はヒロインそのものではないので、製作者には悪いが、原作に則った行動を取るつもりはない。
そもそも、実はすでに仕込みは完了しているのだ。
まだ前世の記憶もない幼少期、私は船内で迷子になり、その先でパトロール中のナファムに出会って保護された。
記憶はなくともロボ好き魂は継承されていたようで、無事に家族と合流を果たした私は、大きくなったら彼と結婚すると宣言して父親を絶望させたのだ。
ナファムは号泣する幼女に勝てなかったのか、子どもの記憶力を甘く見たのか、大人になっても同じ気持ちであり、また両親の許可を得ているのなら、一考の余地はあると言って、はっきりと拒絶をしなかった。
そのうえ、後日にお礼と称してプレゼントしたストラップが、10年以上経った今でも彼の警棒の柄を飾っているのである。
いやもう、こんなもん狙うしかないに決まってますやん。
前世も思い出さない内からツバつけちゃってる幼児の私、グッジョブすぎるでしょ。
もはや運命だね、運命、アカシックレコードにも刻まれてるね。
当然、成人まで黙って待つこともなく、勤務時間や巡回ルートを教えてもらって、まめに会いにも行っている。
仕事中は邪魔しないように手を振るぐらいで、休憩や退勤になってから数分だけ話し掛けるのが自分で決めたルールだ。
恋は戦争とばかりに前世の知識を総動員して気を遣っていることもあり、またかと呆れはされても、来るなと拒否されたことはない。
その数分で自身の近況を報告したり、ナファムがいるから安心して出歩けると感謝したり、差し入れをして労ったり、真面目過ぎるから働きすぎで壊れないか心配なんて案じてみたり、とにかく恋愛感情は抜きに貴方のことが大事ですアピールをしまくった。
仲間を蔑ろにされても気分が悪いだろうから、同僚のロボットたちにも愛想を良くして、いや、ロボ全般好きだから勝手に愛想は良くなるんだけども、でも、彼にだけは殊更笑顔を向けて特別感を出して、ウザいと思われないよう敢えて結婚の話題は出さないようにして、とはいえ意識はしてもらいたいから、まれには冗談混じりで休日デートに誘ったりなんかもして。
これで私がいきなり人間と結婚しますとか言ってハシゴを外したら、彼に逆上して刺されても納得しちゃうね。
両親に対しては、一切の遠慮なくナファムと結婚する結婚すると耳にタコができるほど繰り返し伝えているので、2人ともすでに孫は諦めムードだ。
成人を目前にして私が用意した婚姻届にも、渋ることなく署名してくれた。
いや、父には少々渋られたけれど、それは相手がロボットだからじゃなくて、10代で結婚は早すぎるという理由なので除外する。
母は、半端は許さないが逆に本気であれば何でも応援してくれる人なので、問題はない。
愛情深い良識ある親の娘に生まれたのは本当に行幸だった。
まぁ、その分、逆方向には少し罪悪感もあるけれど……。
「ナファム、私、18歳になりました。
ついに大人の仲間入りです」
そして、法律で定められる成人年齢に達した日、私は満を持して最愛のロボのもとを訪ねた。
もちろん、話が長くなることを見越して、彼が退勤した後だ。
「あぁ、リィテももうそんな年齢か。
ええと、おめでとう、で、良かったか?」
ロボットは最初から完成形のため幼体という概念がなく、人間が成人することを衰えの始まりと捉えるAIも多いので、警備として人とよく接する彼にしても疑問形になってしまうらしい。
それでも、人間の文化を模して言祝いでくれるナファムは、思考する機械たちの中でも相当な気遣い屋に分類されるだろう。
「ありがとうございます。
そして、こちらが必要事項を入力済みの婚姻届のデータになります。
あとは夫となるナファムの欄の記入と認証だけです」
「……んん?」
彼の視界カメラが音を立ててピント機能を前後させた。
最新鋭のAIを搭載していても、混乱する時はするようだ。
下手に止められる前に、このまま畳みかけてしまおうね。
「今、私用のアドレスの方に送りますね。
開封のパスワードは私とナファムの誕生日を足した数です」
「は? え? うわ、本物じゃないか」
すぐに宙を指でスライドし届いたデータを開いて、引いたような呟きを零すナファム。
人間と違って、自身でアンインストールするか破損しない限り過去を忘却なんてしないくせに、酷い反応だ。
「わざわざ偽物を送り付けたりしませんよ。
4歳の時に約束したでしょう?」
「ま、まさか、覚えていたのか。
アレ以降、何も言われなかったから、てっきり忘れているものと……」
結婚の文字は出さずとも、大好きとは何度もお伝えしていますよ。
貴方はいつも、可愛いとしか返してくれませんでしたけれどもね。
婚姻届のデータに意識を向けたまま茫然とする彼に、私はにっこりと邪気のない笑顔を向ける。
「やだ、忘れるわけないじゃないですか。
あの時、考えるというだけで確約はされなかったから、私、今日まで貴方に沢山アピールしてきたつもりですよ?
ナファムは私のこと嫌いですか?」
「いや、それだけはあり得ない。
少なくともリィテの両親に次ぐ深い好意を抱いてはいる。
しかし、事が婚姻となると話は別だろう」
私のこと嫌、の辺りで即座に否定された。
さてはこのロボ、私が大好きだな?
ただし、犬猫に対するのと同じような感覚で。
そもそも、有機物と無機物だからね、仕方ないね。
とはいえ、私はゲーム知識で彼が恋愛可能な個体であることを知っているので、種族が違うからといって結婚を諦める理由にはならない。
「……私としても無理強いしたいわけではないので、役所への提出はナファムの判断にお任せしますよ。
幼い頃と違って、人間と機械という時点で、障害が多いだろうことも理解はしています。
どうしても結婚したくなければ、そのデータは破棄してくださって構いません」
と、ここで、口角は上げたまま眉尻と視線を下げ、しおらしい態度を取ってみる。
相手からの愛もないと、さすがに形だけ夫婦になったとて意味もないからね。
ヤンデレじゃあるまいし、一方的に愛して自分に縛り付けたって空しいだけだ。
前世からの拗らせ女たる私も、そこは弁えている。
目指すべきは、年中無休のイチャベタ爆発バカップルだ。
「リィテ、聞いてくれ。
人間と機械は夫婦にはなれない。まず暮らし向きが異なる。
それに、次世代だって生まれないし、非生産的だ」
おいおいおい、非生産的と来たよ、人は数字で生きるに非ずよ。
なんて旧時代的な発想なんだ。
文明はともかく、文化芸術の大半は無駄から生じるというのに、SF世界の進化AIともあろうものが嘆かわしい。
「そう胡乱な目をしないでくれ。
人間と違い判別し難いかもしれないが、自分は随分なロートルで、あと2年もすれば製造元に設定された保証期限を過ぎて警備の役も引退する、人間でいえば定年間際の身なんだ。
正直に言えば、まだ若い人間である君の未来を、これからあちこちガタが来る壊れかけの機械のために浪費させるような真似はしたくない」
今度は年の差を気にするオッサンキャラみたいなことを言い出した。
そんな上っ面の理屈で私を納得させられると思っているなら、随分と舐められたものだ。
「ロボットと人間の結婚を禁ずる法律はありませんよ、人口管理AIにも確認済みです。
暮らし向きが異なるからなんですか。
互いによく話し合い、理解し、配慮に努めれば済むだけの話です。
宇宙を漂流する中で接触した多様な異種族たちに比べれば、共にこの千年を超えてきた盟友を家族とする程度は困難にもあたりませんよ。
子どもにしたって、人間同士で結ばれたところで生まれるとは限らないでしょう。
生殖能力のない夫婦に対して、貴方はごっこ遊びなどと定義しますか、しませんよね?
だいたい、保証期限を過ぎたからって、すぐ動かなくなるワケでもないくせに。
むしろ、ナファムの機種なら、逆に私が老衰で死ぬまで元気な可能性の方が高いでしょ」
それに、私、勉強してるし。
ナファムは物騒な任務に従事するロボットだから、少しでもメンテや修理の手伝いが出来るようになっておきたいって、該当する整備士免許の取得を目指しているのだよ。
押しつけがましくなっちゃうから、これは口には出さないけど。
反論している内に腹が立って、つい常の言葉遣いを崩してしまう。
そんな私に、彼は4本指の両手をゆっくり上下させて、焦ったような音声を響かせた。
「リィテ。リィテ、落ち着け」
もちろん、怒れる女を相手に、場当たり的な薄っぺらい制止行為など効果があろうはずもない。
「良いか悪いかじゃなく、好きか嫌いかで語ってよ。
私はナファムが好き。大好き。
何もしてくれなくたっていい、見てるだけで、一緒にいられるだけで幸せ。
だから、結婚したい。
誰よりナファムの傍にいたいし、一生離れたくない。
そうするための正当な権利が欲しい」
「ぐぅっ……」
勝手にヒートアップした末に潤んだ瞳で睨みつければ、ナファムはボディの中心部にあるコア近辺に拳を当て、巨体を丸めて低く唸った。
乙女が真剣に告白しているというのに、こぉのロボットは。
推しに萌えすぎて緊急搬送されるオタクじゃないんだよ……。
思わず冷静になってしまったじゃないの。
「でも、これは私の一方的な気持ちだから、ナファムが本気で結婚を嫌がるのなら身を引きます。
具体的には、連絡先を消去して、貴方の管轄外になる遠くの区画に引っ越します」
「脅しじゃあないかっ」
途端、ぶ厚い胸板を仰け反らせて大袈裟に慄く警備ロボ。
なぁにが脅しじゃ、振られてなお厚顔にも侍り続けろと申すか。
いい加減、私のこと大好きすぎるでしょ。
いっそ素直に結婚してよ、あぁもう、じれったい。
スネちゃうぞ、こんにゃろめ。
「だって、近くにいたら絶対諦められないし、困らせちゃう。
また結婚を迫りたくなったり、彼女でも妻でもないのに甘えすぎたり嫉妬したり……私、嫌な女になりたくないっ」
「ぬぅぅぅ……っ」
迷っているのか単に萌えているのかは知らないが、私がわざとらしく頬を膨らませそっぽを向けば、ナファムはガギャリと両膝をついて自身の頭部を抱えてしまった。
うーん、今日はここまでかな。
「ナファム、私、帰ります。
以降も普段通り遊びには来るけど、返事は急かさないので、沢山悩んで、本気で考えてください。
同情とか、妥協とか、愛玩の好きじゃなくて、私のこと女として愛せるかどうか。
答えが出るまで、私、ちゃんと待ってますから」
伊達に十四年も待った女じゃないんですよ、こちとら。
前世も合わせりゃ、返事待ちの時間くらい誤差だ、誤差。
そんなやり取りがあった、数日後。
ナファムの休憩時間に合わせて警備ロボたちの詰め所を訪ね、彼が現れるのを建物の入り口付近で待っていた時のことだ。
「リィテ、待たせた」
「えっ、どなたですか」
「おいおい。顔を合わせて早々、コアに悪い冗談は止めてくれ」
見た目も口調もソックリだが、明らかにナファムではない個体が彼の振りをして話しかけてきた。
いや、明らかとは言っても、一卵性の双子レベルには似せてきているので、素人なら普通に騙されるのだろうが……。
こんなタチの悪い絡まれ方は、10年以上ここに通い続けて初めてのことだ。
「そちらこそ、止めてください。
彼と同機種だからって、そんな風に言動を真似たところで、私、絶対に間違えたりしません。
試したいのか騙したいのかは分かりませんけど、そういった不誠実な行為はナファムが最も嫌うところですよ」
私が強い警戒の視線を向けていると、やがてその警備ロボットは降参とばかりに両手を上げた。
「……カッ、不誠実か。確かにそーかもな」
経験上、求婚されたナファムが私の愛を試そうと知り合いをけしかけて来た、なんて可能性は皆無だ。
コレが善意でも悪意でも、彼の意思を無視した暴走に過ぎないだろう。
そんな倫理観に欠ける存在、たとえロボでも好意的に接する義理はない。
「貴方の所業を許すか許さないかは、この後に来る本物に決めてもらいますからね」
「っ待て待て待て、ホントに悪かったって、この通り!
アイツと懇意の人間に無断でちょっかい出したなンて知れたら、どんな仕置きをされるか!」
あまり見覚えはないが、詰め所から出てきて、かつ、あそこまで当人を模倣できるなら、おそらく同僚なのだろう。
ロボットを反省させる方法など見当も付かないので、裁きをナファムに丸投げすれば、ふてぶてしかった暴走野郎は態度を急変させ、慌てた様子で謝罪してきた。
「仮にそうなっても、自業自得では?」
「うわーッ!
こっちもアイツと同レベルの石頭だコレ、終わったぁーーー!」
絶望に頭を抱えているが、同情はしてやらない。
ここまで彼を恐れるからには、多分、常日頃より色々やらかしている、懲りないタイプのお調子者なのだろう。
「コフコ! リィテに何をしている!」
と、ここで御本人登場だ。
「怖っ、そんな噴射機能まで使って急ぐほどかよ!
仲間を何だと思ってンだ!」
脚底を青く光らせて音速で寄ってきたナファムはそのまま私を背に庇い、コフコとやらと対峙した。
しかし、こんなに大声で怒鳴る彼も珍しい。
そ、それだけ私が大事、ってコト!?
結婚しよ!
…………まぁ、冗談はさて置き。
「我ら警機隊の中にあって異例の享楽主義者が何を言うか。
任務以外での貴様は信用ならん」
「ひっでェ!」
ああ、やっぱりソッチ系の性格なんだ。
今日まで面識がなかったのも察する点がありますねぇ。
「彼、ナファムのモノマネをして私を騙そうとして来ました」
「ちょっ、アンタもどんなタイミングで報告してくれてンの!?」
いやはや、享楽主義のロボットとは世も末だわ。
「ほぉ、そうかそうか。
貴様、今日は五体満足で帰れないと思え……修理工場には自分の方から連絡を入れておいてやる」
「お前はお前でヒートアップしすぎだろ、ちったぁ落ち着けよ!?
ガチで部下ぁバラす気か、いつものクールな部隊長サンはどこ行った!?」
「はて、部下? 部隊長?
今は昼休憩で、プライベートタイムだ……そして、我らの間に私的な関係は一切ない」
「そうだけど、そうじゃねぇのよ!」
おぉ、ナファムがガチでキレている。
ソレはソレとして、うん、彼は実は部隊長なのだ。
豊富な経験に裏打ちされた有能さを滲ませる部下への指示出しや、立ち居振る舞いは、遠目に眺めているだけで泣けちゃうぐらい格好良い。
私を甘やかしまくる普段の姿とのギャップと合わせると、もう何倍も美味しいのである。
つい記憶を反芻して内心でニヤついていると、いつの間にか騒ぐコフコの首根っこを掴み捕らえていたナファムが、数歩分の距離を取った位置から私に話し掛けてきた。
「離してくれェ!」
「リィテ、すまない。早急に対処の必要な事案が発生してしまった。
悪いが、今日のところは……」
「あっハイ。帰ります」
うーん。
十中八九、不届き者を更正させるお仕事なんだろうなぁ。
お疲れ様です。
告白後の態度の変化を確認したかったのに、とんだ邪魔が入ってしまったね。
しかし、禍福は糾える縄の如しとはよく言ったもので、その出来事をきっかけに事態は一気に好転する。
「リィテ、決めたぞ。自分は明日、この婚姻届を提出する」
また数日を経て再び会いに行ったら、なぜか急に彼が結婚を承諾してくれたのだ。
「ナファム、本当に?」
嬉しくも信じられない気持ちで問い返せば、ナファムは落ち着いた様子でひとつ頷いた。
「ああ、二言はない。
ただし、君が自分にとって……そういった対象かどうかは、正直なところ、未だ不鮮明だ」
「え?」
「だが、先のコフコの件で考えを改めざるを得なくなった。
君が自分以外の誰かに夢中になる姿を思考領域に予測投影すると、コアが酷く軋む」
「そ、それって……!」
もしも私がコフコに騙されて仲良く話していたり、そうじゃなくても他に特別な人が出来て蔑ろにされたりする状況を想像したら、嫉妬や独占欲や悲しみを感じる、ってコト!?
恋じゃん、そんなの、もう恋じゃん!
本人、無自覚なのがまた尊い。
「何より、自分はリィテが望むことは全て叶えてやりたいと思っている。
たとえその望みが老朽化したロボットなんぞとの結婚でも、君が本気で幸せになれると信じているのなら、自分は叶えてやりたい。
それぐらい、大事で、かわいくて、愛おしいんだ、リィテが」
「ナファム」
……恋じゃなくて愛だった。
壮大すぎる。
好き。
でも、甘やかすばっかりに見えて、私が人道に悖る行いをした時はちゃんと叱ってくれるんだよね、知ってる。
好き。
「……こんな回答では不足だろうか、君は悲しみはしないか?」
不安そうに機体をかがめて、ナファムは太い銀色の指先でそっと私の手を掬う。
恋愛対象か分からないと言ったから、傷付いていないか心配してくれているんだね。
優しいね。
好き。
「ううん、嬉しい。すっごく嬉しい。
ナファム、大好き」
伝えながら幼子のように両腕を伸ばせば、彼は軽々と私を抱き上げた。
ロボット特有の硬さや臭いや駆動音を間近に感じられる私専用のこの場所が、昔からいっとう好きだ。
座る位置が定まったところで、私はナファムの厚い胸部装甲に緩く頬擦りし、次いで、上部のカメラに視線を合わせて、秘め事のように手を添え囁く。
「ふふ……今度はこれからのこと、一緒に沢山悩まないといけませんね」
「ああ、忙しくなりそうだ」
「楽しみです」
式は最悪挙げなくても良いけれど、とにかく2人で暮らすための家を探さなくては。
気兼ねなくイチャつきたいので、両親との同居は絶対にない。
「……リィテ。自分は武骨な戦闘用で、ヒューマノイドほど人の習慣に詳しくはない。
しばらく迷惑を掛けるだろうが、よろしく頼む」
「そこはお互い様なので大丈夫ですよ。
いっぱい教え合いましょう、貴方のことも、私のことも。
そうして、時間をかけて私たちだけの夫婦の形を作っていくの……素敵でしょう?」
「うん、そうだな。楽しみだ」
はい、勝ちました。
幸せ人生、待ったなし。
前世で散々願っていたけれど、まさか本当にロボットと結婚できる日が来るだなんて。
どうしてこんなに都合の良い転生をしたのか分からないけれど、ゲームの創造主と宇宙の創造神には感謝しかない。
「この後、時間はあるか?
明日の入籍前に、一度ご両親に挨拶に伺いたいのだが」
「あります、いくらでもありますぅっ」
ありがとう、そして、ありがとう。
世界の全てに、アイラブユー。
私、ロボットが好きで、本当に良かった……。
エンドNo.???~やったね!!ロボ婚~
おまけ
◇本編後、ナファム不在時の職場にて
「あれ、広報部のヤツだ。珍しい」
「……へぇ、部隊長が結婚した件で取材に?」
「はいはい。ロボット同士でも珍しいのに、まさかの人間だからね」
「ん? 俺らは、そりゃ、驚かないっスよー」
「むしろ、ようやく合法になって良かったと言うか……なぁ?」
「マジでソレ。ウチのリィテが可愛すぎるとか、勝手に自分のモンみたいな扱いしてたの激キモかった」
「いつだったか、可愛すぎて装甲板の内側に入れて持ち運びたい、とか相当危険な発言もしてましたよ」
「ホント、部隊長が妙なバグを起こして犯罪に走る前に、当のリィテさんが引き取ってくれて感謝しかないっスよ」
「部隊長もなぁ。あの子に会うまでは、もっと公私共に尊敬できる厳格な警機だったんだけどなぁ」
「まぁ、極めて稀なケースには違いないでしょうけど、両者合意の上だし有りなんじゃないですか」
「リィテさん自身も、AI差別のない良い子っスからね」
「それもデカいよなー」