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懇親会 1

「エリカ様、ルゥ様、どうかお座りになっていてください……仕事なら私だけで充分ですので」


 いつもと変わらぬコーヒーハウスの朝。そこには深々と礼をするタイラーの姿があった。

 教会と契約したことで、どこからか噂が漏れたのだろう。二人が紛うことなき上級貴族だということをタイラーは知ってしまったのだ。


「やんごとなきお方だとは思っておりましたが、まさか上級貴族様でしたとは」

「街の上級貴族と一緒にしないで。アルパーソン家の娘なのよ」

「ええと、アル、パーソン……様」


 貴族姓を聞いてその家柄をしっかり理解できるのは、社交界好きな上流階級の人間くらいである。普通の人間はタイラーのような反応をして当然だ。


「まあいいわ。別に丁寧におもてなししてもらいたいわけじゃないし。むしろ貴族の面倒事に巻き込まれたくないからこうやって身を隠してるんだし、今まで通りにしてちょうだい」

「はい、エリカ様……」

「……」

「エリカ、さん」

「よろしい。コーヒーカップは私が拭いておくわね」


 噂とは根拠のないものだと、タイラーに対して嘘をつき通すことも不可能ではなかっただろうが、セイレン教会支部の人間がぞろぞろとコーヒーハウスに入ってきて、二階から一生で目にする以上の金貨を運び出していく様を見られたからには、正直に話してしまうほうが楽だった。


「教会など、ろくなもんじゃないな」


 ハルスがため息をついた。


「ちょっとあなた、そういうことはあんまり言わないほうがいいわよ!」


 隣まで駆け寄って小声で忠告するエリカを見ると、ハルスはにやりと笑ってエリカを撫でた。


「もう何なのよ……」


 エリカが両手でゴツゴツした手をどかす。その様子を見ていたタイラーは、大層驚いた様子で、もう豆が残っていないミルを挽き続けていた。


「タイラー。豆、もう良いんじゃないか」

「あぁ、そうでしたね。ルゥさん、棚から量りを取ってくれますか」

「わかった」


 コーヒーハウスの日常は大して変わらない。ルゥはそれに安堵していた。教会に所属したおかげで倉庫を埋め尽くしていた金貨を預けることもできたし、一応、庇護下に入ったという安心感もある。

 ただ、こういう便利さとは得てして面倒事を伴うものであり、


「すみません、コーヒーハウス・ペトラはここで合っていますよね。アルパーソン様がこちらにいらっしゃるとお聞きしまして」


 大抵の場合、結果的に楽なほうに転ぶことなど、少ないのだ。





 グレートウォール駅から歩いて五分、エイド川の辺に佇む大きなホテルに、多くの貴族が招かれていた。見上げるほど高い天井のパーティホールには、見えるだけでもざっと百人ほどの貴族が集まっている。これでもまだエントランスから人が絶えないのだから、盛大な催しなのだと実感させられる。


「どんどん人が増えていくわね。辺境の貴族も呼ばれているのかしら」

「辺境の?」

「そうよ。領地貴族のほとんどは自分の領地に屋敷を構えているから、遠方からはるばるって形になるわ。……安心して、ルゥ。他の貴族とのお話は私がするから。あなたは隣に居てくれればいいわ」


 招集をかけたのは、次期女王であるアム・クラリス・フィルガードだった。現女王、エルモ・アリス・フィルガードにより指名され、彼女の地位を継ぐことが確定している、このフィルガード王国で三番目に尊い人間である。

 そんな彼女が、ホールでひときわ目を引くステージに上がった。


「本日は皆様のお顔を見ることができてたいへん嬉しく思っておりますわ。お呼びしました目的は、我が国の今後の発展のため、皆様の結束を強めていただくことにあります。魔法結晶により聖都は見違えるほどの成長を遂げました」


 淀みなく話し続ける。貴族たちはそれを黙って聞いていた。が、ある一瞬、聴衆の中に何かに反応する者、ざわつく者。

 少しして、従業員が慌ただしく出入りした。


「何があったんだ?」

「音楽が途中で止まったのよ。機材トラブルかしらね」


 どこかで演奏していたものとばかり思っていたルゥは驚いたが、それを顔に出さないようにした。


「しかし、国全体の利益のためには、聖都から遠く離れた地域で活躍する方々の協力が欠かせません。本日はどうか、普段お会いできない方々と親睦を深めていただきたいと思っております。実りある機会になるよう、祈っていますわ」


 トラブルがあっても、クラリスは話を止めなかった。用意していた言葉を最後まで出し切ると、舞台の裏へ去っていった。

 ざわざわと人々の話し声が響き始めた。威厳を保つというのも大変である。


「あれが次期女王様ね。拡声器もないのによくお声の通ること……」

「美しい方ね……」


 ステージに立つ人間が話した時に最もよく響くように作られたホールなのだから、当然のことである。王国の技術は魔法結晶に留まらないが、使う側からすれば、魔法もそれ以外も違いはないのだ。


「結局、次期女王様主催の懇親会ってことみたいね。人の多いところってあんまり好きじゃないけど……クラリス様を拝見できたのは良かったわ。適当に暇を潰したらさっさと部屋に戻りましょう」

「わかった」

「そうだ、ちょっとまってて。お菓子でも持ってくるわね」


 そう言ってエリカはケーキの乗った皿を二つ持ってくると、片方をルゥに渡した。


「こういうのってすぐ無くなるのよね」

「ありがとう」

「ふふっ。実はね、片方は聖都の最上級ブランドのケーキなのよ。最後の一つを運良く持ってきたんだけど……ルゥにわかるかしら」

「こっちだろう?」

「えっ、まだ食べてもないじゃない! どうしてわかったの? やっぱりルゥって本当に頭が良いのね……いや、匂いとかかしら」


 大げさに驚くエリカを見て、ルゥは困った顔をしながら「まあね」とつぶやいた。


「あ、手袋は外さないで食べるのよ。というか部屋に着くまで外しちゃだめ」

「……そうなのか」

「そうよ。魔法使いは指先の感覚が命なの。魔法を使う時は、最低限指先に意識を集中しないといけないのよ」

「じゃあ、指先を保護するための手袋なのか?」

「んー、そういう側面もあるけど、もっと意味のないことよ。手袋をしてると魔力の流れは籠もるわ、感覚が乱れて集中できないわで、魔法なんて使えたもんじゃないの。だから、手袋をしてるってことは、自分で魔法を使わなくていいくらいに豊かな暮らしをしてますって一種のステータスになる。で、ステータスっていうのは広まるとマナーになるのよ」

「魔法がそんなに繊細なものだったとは知らなかった」

「存在自体が魔法な貴女にしてみればね……。ま、正直自分で魔法を使う必要がある貴族は学者貴族くらいのものだし、マナーは守っておくに越したことはないわ」

「そんなものか」


 ぱくり、最後の一口を放り込んだ。


「じゃあ、あっちの人が手袋をしていないのは?」

「何言ってるの、あれは下民の掃除人でしょ」

「下民も雇ってもらえるのか」

「最低限読み書きはできなきゃいけないけどね。私たちの屋敷でもたくさん使用人を雇ってたじゃない」

「言われてみれば」

「そろそろ部屋に戻りましょう。私たちのことを知ってる人が居たら面倒だから――」


 そう言って振り返ったエリカを呼び止めた貴族がいた。


「こんにちは、エリカ・アルパーソン様。私はラクレット家当主、ニコラスと申します」


 ニコラスと名乗る男はエリカと同じ目線まで屈むと、握手を求めた。


「……ごきげんよう、ニコラス・ラクレット様。確かお会いするのは初めてだと記憶していますが」


 握手をすると、ニコラスを笑みを浮かべたまま立ち上がる。周囲と比べると、やや質素な服装にも見える。


「はい、アルパーソン様の現在の当主が年若い女性だとお聞きしまして」

「お恥ずかしながら、おっしゃるとおりです。ですので、表にはあまり出るつもりはなく……」

「それは勿体ない。これだけお美しいのですし、すぐに縁談なども」

「結構です。ニコラス様、私はまだ未熟の身ですから、今も人前で粗相をしてしまわないかと気が気でなく、部屋に戻ってしまおうかと考えていたのです」

「そうですか、残念です……。それでは、この後私の部屋にいらしてはいかがでしょうか。今日縁のあった方をお呼びしているんです。親睦会の名目の手前、エリカ様も話したのが私だけというのは具合がよろしくないでしょう」

「有り難い申し出です。ですが、どうして私をお誘いくださったのか、それだけは教えてくださいませんか」

「実は、先代のアルパーソン様のことは尊敬しておりまして、その御息女とあれば、偉大な魔法の才能を持ち合わせているだろうという下心で……。それに、学者貴族の二世の立場というのは、複雑でしょうから」


 エリカに耳打ちすると、ニコラスはまた笑みを顔に貼り付けて、部屋の番号を書いた紙を渡した。


「では、一時間後に、お待ちしております」


 エリカとルゥも、それまで部屋で休むことにした。

 ギラギラと眩しいシャンデリアの下で、ふかふかのソファにこしかける。気を抜くと眠ってしまいそうな心地よさである。


「さっきの、どういう意味なんだ? 二世って……」

「お父様みたいに学者として貴族になった人は、その子供も同じように学問の才能があるとは限らないから、貴族社会では弱い立場に立たされることが多いのよ。そのことを言っていたんでしょうね」

「あいつ……わざわざそんなことを言う必要があるのか?」

「怒らなくていいわ。本当のことだし、だからこそお父様も私たちをできるだけ社交界から遠ざけたんだから。……それに、ラクレット家も特殊な身分だからね」

「ラクレット家、あのニコラスとかいう男の家か」

「そうよ。ラクレット家は騎士貴族でね、戦闘に関する魔法で有名なの。一時期は王宮の次に権力を持っていたんだけど、今では実質下級貴族のような扱いを受けてるわ。いわゆる没落貴族ってやつね。だから、私たちの行く末に同情でもしたんじゃないかしら」

「最高の権力を持っていた貴族もそのほとんどを失ってしまうことがあるんだな」

「ラクレット家の場合は、その武勲と魔法の有用性で栄光を勝ち取ってたからね。もう何十年も前の話だけど、うちの国とずっと戦争してたエスカランテ帝国の帝都とその周囲が一夜にして火の海になったらしいの。勇者の祝福だとか、自然災害だとか言われてるけど……結局継戦能力を失った帝国は属国になって、戦争は終わったわ。それから平和が訪れて、戦う必要はなくなった。そうなれば騎士貴族なんてのはお飾りでしょ」

「それで今は下級貴族に……」

「それだけじゃないわ。魔法結晶のおかげで、警察だって一人ひとりに戦闘魔法の教育をするよりも銃を持たせたほうがよっぽど効率的だってことになったの。本当に役目がなくなったのはその時ね。……まあ、姓を持ってさえいれば貴族ではいられるわけだし、そこは救いなのかしらね」


 悲しい話だ、ルゥはそう思ったが、それ以上に悲しい話なんて探せば出てくるのだろうと思うと、それを口にだすのは憚られる気がした。


「さ、そろそろ時間じゃないかしら。遅れたら申し訳ないし、そろそろ出ましょう」


 この話を聞いたせいで変な反応をしないようにと念じながら、ルゥは部屋を出た。

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