騎士の誓い 前編
お父様より試練を与えられた私は新たな臣下を得る為に行動を起こしました。
まずは、今居る臣下たちを集めて今後の方針を決める事にしました。
「皆、そろいましたね?」
私はそう言って、部屋に集った臣下たちを見回しました。
「リーズ、ここに控えております」
「シャルリーヌ、御身の側に」
「ヘンリエットもここに」
「トリスタンと相棒のエステルも参上いたしました!」
「レオナール、参りました」
私の直臣である五人が、一斉に“跪き右手を左胸に宛てて”礼をしました。
「皆、楽にしてください」
私はそう言って礼を解除命じました。
その命に従い皆は立ち上がると、自然な流れで“いつもの配置”へと付きました。
リーズはすぐにお茶を出せる様にサイドテーブルのある部屋の隅に
シャルリーヌとヘンリエットは私をすぐに護れる様に私の後ろに
レオナールは扉、トリスタンは窓を警戒できる位置へとそれぞれ移動しました。
「先ほど、お父様より名代として王国東部の各諸侯へ書状を届ける様に私に命が下されました」
「まぁ、大旦那様の名代とは大役でございますね」
「出立は約一月後、それまでに私自身で支度を整えよとのお達しでした」
私はそう言ってから、リーズに先ほどお父様から賜った革袋を持ってこさせました。
「この資金で臣下を揃え諸々の支度を整える様に、との事でした」
「……準備の段階から、ですか。 これは騎士ではなく“官吏”の領分ですよ」
「それと、他領を巡るのならば“紋章官”も居た方が良いのではないでしょうか?」
「でも、そうやって人を増やしたら護衛騎士四人じゃ護りきれないと思うよ?」
皆、気心が知れているからか次々と意見が出てきます。
物資の管理や書類関連の仕事を一手に引き受ける官吏。
土地の名前や家紋、軍旗で相手の立場を判断する紋章官。
そして、護衛をする騎士や兵士の増員。
人員の問題だけでもすぐにこれだけ上がってきました。
「お父様より、城に務めている者でも重要な役職についている者以外は引き抜いても良いとのお言葉をいただいています。 勿論、在野からの登用もお認めくださっています」
「ですが、予算は有限ですから必要なものを片っ端からという訳にもいきませんよ?」
「そうですね……」
「ルーナ様、よろしいですか?」
私たちが頭を悩ませていると、レオナールが声を上げました。
「レオナール、なんですか?」
「在野からの登用も良いなら、ルドルフを臣下に招いてはどうでしょう?」
「ルドルフ様を?」
「はい。 実力があり人格も良いとは思いますし、騎士としての教育も受けている様ですし申し分ないかと」
「た、確かに……」
私たちは、突然のレオナールの推挙に驚いていました。
誰もがレオナールがルドルフに敵愾心を持っていると思っていたからです。
だからでしょうか、思わず私たちは茫然とレオナールを見つめていました。
「な、なんだ!?」
「い、いえ……“意地っ張り”のレオナールがそんな事言うが予想外で……」
「俺の事、普段からそういう目で見てたのかよ……」
「まあまあ、落ち着いて……。 私はレオナールの案は良いと思います。 他の皆はどうでしょう?」
私はレオナールの案に賛成して、他の皆の意見を聞いてみる事にしました。
「私は騎士ではありませんので、ルーナ様の最終決定に従います」
「僕は賛成です。 エステルも怯えてなかったからうまくやっていけると思います」
「私も賛成です。 礼儀作法も心得ておられる様ですし、ルーナ様のお傍に控えても申し分無いかと」
「実力や人柄は良いと思います。 まずはルドルフ殿にこの事を打診してみてはどうでしょう?」
皆、比較的好意的に捉えてくれてる見たいでした。
「ではシャルリーヌの言う様に、ルドルフ様に打診してみましょう。 レオナール、ルドルフ様をこの場に呼んできてもらえますか?」
「は、お任せを!」
私の命を受けたレオナールは私に一礼すると、足早に部屋を後にしました。
そして、待つ事しばし……レオナールがルドルフを伴って部屋に帰ってきました。
「ルーナ様、ルドルフを呼んで参りました」
「ご苦労様です、レオナール」
私はレオナールにねぎらいの言葉をかけると、レオナールの後ろに跪くルドルフの方に向き直りました。
「突然お呼び立てして申し訳ありません、ルドルフ様」
「いえ、私をお呼びとの事ですが」
「はい、レオナールから話は聞いておりますか?」
「は、凡その事は伺っています。 私めを姫様の臣下にお召しになりたいとの事で」
「その通りです。 先の野盗との戦いやその後の処理の手際、そして人柄やその経歴も鑑みて、ルドルフ様を私の臣下として迎えたいと考えております」
私はルドルフを臣下へと迎えたいと彼に告げました。
それを聞いたルドルフは少し考えるかの様に間を開けると、私に口を開きました。
「その様に仰っていただけてうれしく思います」
「まぁ、では!」
「その前に一つ話をさせてもらってよろしいでしょうか?」
ルドルフから色よい返事を貰えて喜びの声をあげようとした私に、ルドルフは真面目な声で言葉を挟んできました。
「お話とは?」
「姫様、そして姫様の臣下の方々、“カルムランド伯爵”という人物に聞き覚えはありませんか?」
「カルムランド伯爵……どこかで……?」
私はその“カルムランド伯爵”という名に聞き覚えがありました。
ただ、それがどんな人物かが思い出せずにいました。
もしかしたら、臣下の誰かが知ってるかもしれないと周囲を見回して見ました。
表情を取り繕うのが上手いシャルリーヌが、苦々し気な表情をしていました。
いつも柔らかな表情のヘンリエットの顔から表情が消えていました。
レオナールからは明らかな怒気が漏れていました。
トリスタンは皆の豹変に怯えたエステルを宥めるのに四苦八苦していました。
「ルーナ様がその名に覚えが無いのも仕方ありません。 その名が王国内に知れ渡ったのはルーナ様が生まれる前ですから……」
「私が生まれる前? ……あ!?」
「今より十三年前、アルビオン王国との戦争の中で“最大級の裏切り者”……それがカムルランド伯爵です」
リーズが良く分かっていない私に語ってくれました。
伯爵は王国西部において国土防衛の要となっていた人物であったそうです。
アルビオン王国との戦争が始まった当初から陸戦においてその武勇で敵軍を抑え、友軍をまとめ上げていました。
伯爵の臣下にはルドルフの生家であるクラテール男爵家を始め、多くの剛勇の者が集っていました。
ですが、当時の伯爵家当主は凡庸で非常に猜疑心と虚栄心が強い人物であったそうです。
十三年前、王国西部における一大決戦の前夜、伯爵は“祖国、そして臣下と領民”を裏切りました。
自身の行為を諫める側近を斬り、自身に従う家族、側近だけを連れて敵軍へと亡命したのです。
王国軍の陣形のど真ん中に“大穴を開ける”という手土産を持って……。
トピックス:百年戦争その一
百年戦争とは、テラエ王国と西の隣国であるアルビオン王国との間で約百年の間に起こった戦争である。
とはいえ、百年間戦争をし続けた訳ではなく、開戦、休戦、国内政争を繰り返したグダグダの紛争であった。
元々は、王国西部の最西端にある港町を巡った諍いが原因であるとされている。
そこにアルビオン王国南部諸侯と、テラエ王国の一部の征服推進派の思惑が加わり、泥沼の百年戦争へと突入して行く事になる。