レオナール視点 若き騎士の超えるべき壁
俺はレオナール、リュヌブレーヌ宮中伯家の臣下、レオンピエ子爵家の次男坊だ。
歳が近かった事もあり、宮中伯家の末姫のルーナ様の遊び相手に抜擢され、十五になった今では護衛騎士としてお仕えしている。
ルーナ様は心優しく穏やかな気性でありながら、しっかりとした芯をお持ちの方だ。
そして、時々へまをやらかして拗ねたり、気安い相手をからかったりする可愛らしい所もある方だ。
俺は心からルーナ様を敬愛し、忠誠を誓っている。
できれば、将来はその横に……いやいや、何でもない……。
護衛騎士である俺達はルーナ様が城に居られる時は直衛の一人を除いて、鍛錬に励んでいたり騎士団に提出する書類仕事をやっていたりする。
特に早朝の鍛錬は欠かさず行うのが日課になっている。
その日も俺は剣を片手に城にある鍛錬場へとやって来ていた。
鍛錬場には何人かの先輩騎士の姿はあったが、同僚のヘンリやトリスの姿はない、俺が一番乗りの様だ。
因みにシャルは本日の直衛の為、ここにはいない。
ルーナ様のお手が空いてれば、ルーナ様と共にここに来るだろう。
俺は先輩騎士達に軽く挨拶をした後に鍛錬場の一角へと向かう。
俺達はいつもその一角に集まって鍛錬しているからだ。
だが、今日はその一角に“先客”がいた。
「ルドルフ……殿」
「レオナール卿、早いのですね」
「卿はやめてくれ、敬語もだ。 アンタに言われるとなんか調子が狂う」
「そうか、では俺も呼び捨ててくれ。 その方が話しやすい」
「ああ」
ルドルフ……先日、俺達が野盗に苦戦していた時に助太刀してくれた騎士だ。
いや、本人は騎士の叙任を受けてないとの事で厳密には騎士では無いらしいのだが、あの堂々とした態度を見せられては素直に騎士では無いとは認めたくない。
ルドルフは鍛錬用の剣と盾を持ち、案山子相手に基本動作を繰り返していた。
一振り一振りは軽い斬撃なのだが時折、重い斬撃が混じっていた。
そして、最後の盾撃からの斬撃で案山子が折れて弾き飛んだ。
「……あー、やっちまったか」
「いや、“やっちまったか”じゃねえよ! アンタが報告に行けよ?」
「むぅ、やっぱりそうだよな」
「当たり前だろ。 ってか、あの盾撃の時点で並みの奴なら倒せてるだろ?」
「並みの兵士ならな。 戦場ではどんなバケモノが潜んでいるかわからんものだからな」
そう言ってルドルフは、控えめに笑ってた。
実際の戦場ってのはどんだけ魔境なんだよ? アルビオン兵ってそんなにやばいのか?
「なあ、アンタはどれだけ強かったんだ? アンタみたいのがアルビオンとの戦争ではゴロゴロ居たのか!?」
「……驕る気は毛頭ないが、上澄みではあったと思う。 俺を鍛え上げてくれた父上や兄上も戦場ではそれなりに名が通っていた様だし、他にも二つ名持ちは何人もいたしな」
「二つ名か……。 因みにアンタはなんて呼ばれてたんだ?」
「その辺を自身の口から言うのはどうかと思うが……?」
「参考までにだよ! 仮に俺がアンタの立場だって、そんな見っとも無い事やるかよ!!」
「まあ、そうだな」
ルドルフはちょっと困った様に微笑むと、少し間を開けてから口を開いた。
「……味方からは“不落”、敵からは“武運喰らい”だったかな」
「なんか由来はあるのか?」
「“不落”は……どんなひどい戦場からでも自身の足で生還する所から。 “武運喰らい”の方は……追撃戦で俺に出会うと武功が立てられなくなる、とかそんな理由だったか」
「つまり……『戦場から必ず生還して、追撃してくる敵を悉く弾き返してる』って事か?」
「まあ、大げさな表現だが、大体そんな感じだ」
こいつは、そこらでちっぽけな武勇を誇ってる紛い物ではない……本物の兵だ!
そう考えると、先日の野盗との戦いの時のあの動き、あの威圧感も納得がいった。
「なあ、ルドルフ」
「ん、どうした?」
「一手、相手してもらっていいか?」
そういって俺は、ルドルフに向かって剣を構えた。
その様子を見てルドルフは、小さく息を吐いて剣と盾を構える。
「いいだろう。 ただし、手加減は“できん”ぞ?」
「安心しろ、手加減“させる”暇なんか与えないからな!」
お互いの言葉に俺達は、どちらとも無くニヤリと笑みを浮かべた。
その後、俺とルドルフは何度と無く剣を合わせた。
……結果としては俺の惨敗だった。
尋常ではない守りに阻まれ攻撃は通らず、それでいてアイツは的確に隙を突いてくる。
そうやって何度も何度も俺は打ち負かされていた。
悔しくはあった。
それと同時に、“ルーナ様を護る騎士”としての力不足を感じていた。
アイツに食らいつき続ければ……
アイツと並び立てる様な強さを得れれば……
アイツを越えられれば……
……いつか、ルドルフを越える!!
その日、俺の中でそんな想いが芽生えたのだった。
トピックス:テラエ王国の異種族その二
獣人族
基本的に一所に定住せず放浪する種族、屈強で長身、普段は人間と左程変わらないが自身の意思で二足歩行の獣に化身する能力を持つ。 人間との混血は可能、人間と同じ位の寿命を持つ。
優れた身体能力を持ち、放浪しながら各地で狩人や傭兵として活動している。
テラエ王国内では約三百年前に起きた“十星教会による異種族狩り”の被害を最も被った種族のひとつであり、大半の獣人族は国外へと流れて行っているが、極少数の獣人族が東や南の侵略種族との戦いに傭兵として参加している。
別の言語では“ビースト”という呼称で呼ばれている。
猫人族
基本的に定住せずに放浪する種族、細身で短身、人間の子供程の大きさの二足歩行の猫の姿をしている。 獣人族とは全くの別種族、人間との混血は不可能、人間の半分程の寿命を持つ。
非常に身軽で器用な種族で放浪している個体なら盗賊、旅芸人などを人の庇護下にある時は使用人や職人の助手を主な生業としている。
テラエ王国では猫人族の人権は認められておらず、一般の認識は“賢く愛嬌のある愛玩動物”ぐらいの扱いをされる。
別の言語では“ストレイキャット”という呼称で呼ばれてる。
小人族
少数で辺境に隠棲する種族、ほぼ人間の子供と同じ外見、微かに耳が尖っている程度の違いはあるが容易に隠せる程度。 人間との混血は不可能、人間より僅かに長い寿命を持ち成人後は目立って外見が老いる事が無い。
陽気であるが外見に似合わず非常に思慮深く理知的で魔力が豊富な種族、若い内は外に出て宮仕えをしたり傭兵魔術師として見識を積み、ある程度歳を重ねたら集落に戻り家庭を持つ。
テラエ王国内では約三百年前に起きた“十星教会による異種族狩り”の被害を最も被った種族のひとつであり、国内の小人族は全滅したとされている。
別の言語では“オーフェン”という呼称で呼ばれている。
蛇人族
南の大陸より海峡を渡って侵攻してくる侵略種族、細身の長身、二足歩行の蜥蜴と蛇の中間ぐらいの外見をしている、人間との混血は不可能、人間よりも僅かに短い寿命を持ち成人後は目立って外見が老いる事が無い。
能力によって厳密な階級が定められており、魔力が豊富な者が司祭、身体に優れた者が戦士、そのどちらでもない者が奴隷である。
南の大陸の大砂漠に王国を築き、邪神を信奉してその教えに従って周囲の別種族の国を滅ぼして一大勢力を築き上げた。
テラエ王国では外敵とされている。
別の言語では“バジリスク”という呼称で呼ばれている。