父からの試練
陽が傾き始めた頃に、私たちは領都リュヌブレーヌへと到着しました。
「まずはお父様に帰還の報告をしないといけませんね。 レオナールお願い」
「はッ、先触れはお任せをッ!」
私はレオナールに指示を出すと、レオナールも手慣れた感じで一足先に城へと馬を走らせました。
レオナールに少し遅れる形で私たちは城へと到着しました。
そこには私の父である前宮中伯と、その婦人の母が大勢の召使いと共に出迎えてくれました。
その傍らには、先触れとして先行していたレオナールの姿もあります。
父母の前に馬車が停止し控えていたレオナールが馬車の扉を開いて、私に手を差し出しました。
「ルーナ様、お手をどうぞ」
私はレオナールの手を借りて馬車を降りると、数歩進んで父母の前で頭を垂れ跪きます。
私が跪いたのに続いて私の臣下たちそして、ルドルフもそれに続きました。
「お父様、お母様、ただいま戻りました」
「うむ、ご苦労だった。 無事で何よりだ」
そう言ってお父様は鷹揚に頷きました。
しかし、それもそこまででした。
すぐに厳しい表情を解いて、いつもの柔和な表情を露わにしたのです。
「儂もマルゲリットも心配していたのだぞ?」
「ルーナちゃんが野盗に襲われたと聞いて、母はもう心配で心配で……」
我慢の限界と言わんばかりに、お母様が前へ進み出て私をがばっと抱きしめました。
お父様もお母様に続いて進み出て、私の頭をやさしく撫でてくれました。
「お母様!? お父様も、おやめください! 皆が見ているのですよ!?」
「何、儂等が末娘のお前に甘い事は皆知っとるよ」
確かにお父様の言う通り周囲の召使いたちや幼馴染の騎士たちは、慣れた感じに微笑んでいました。
「本日はその事を知らない方が居られるのですよ!」
「ん?」「え?」
呆けた様な声を上げる父母の視線の先には、気まずそうな表情でこちらを見ないようにしているルドルフの姿があったのです。
「……おほん。 見苦しい所をお見せした」
「……いえ、大事なご令嬢なのでしょう。 お気持ちは察せますので……」
「あらやだ、恥ずかしい……」
父母は気まずそうにしながら私を放してくれました。
心配してくれるのはうれしいのですけど、ちょっと甘やかしすぎに思います。
「お父様、お母様、ご紹介します。 この方はルドルフ様、私たちを助けてくださった方です」
「拝謁賜ります。 王国西方のクラテール男爵ウォルフリックが次子、ルドルフと申します」
「先のリュヌブレーヌ宮中伯 ギャスパルだ」
「ギャスパルの妻、マルゲリットですわ。 この度は、娘と臣下達を助けていただきありがとうございました」
ルドルフとの顔合わせを済ませた後、お父様は周囲に控えていた召使いや臣下に目を向けました。
「皆、本日はご苦労だった。 皆の慰労やルドルフ殿の歓迎会は後日とし、本日はこれで解散し皆、身体を休める様に!」
「ルドルフ様には感謝してもし足りません。 是非、城へご逗留くださいね?」
「は、ありがたく……」
こうしてこの日は解散となりました。
数日後、私はお父様から呼び出される事になります。
私はシャルリーヌとリーズの二人を伴って、お父様の執務室を訪れました。
「お父様、お召しにより参りました」
「うむ、まずは掛けなさい。 シャルリーヌとリーズも楽にしなさい」
「恐れ入ります、大旦那様」
私は執務室のソファに腰掛け、シャルリーヌとリーズは壁際まで下がりました。
「早速だが、本題に入らせてもらって良いかな?」
「はい、お父様。 私にどの様な御用でしょうか?」
「先ずは、先日の視察はご苦労だった。 最後に野盗に襲われた事も含めて思う所もあった事だろう」
お父様のお言葉に、私の中で一瞬だけ“野盗たちの亡骸”の姿が過りました。
「……私はまだ、力の無い子供である事を思い知りました。 私は結局、護られているだけで……ルドルフ様が駆けつけてくれなかったら……それに……」
私の中で渦巻いていた思いが、私の口から噴き出してきました。
私自身が何もできなかった事。
ルドルフが助けてくれなかったら、私は幼馴染を失っていたかもしれなかったと言う事。
討ち倒す前に野盗たちをどうにかできなかったのかと言う事。
一つ一つが要領の得ない私の言葉をお父様は、静かに聞いてくださいました。
「危険はあったのだろうが、良い学びもあった様だね」
「……そう、なのでしょうか?」
「うむ。 やはりルーナは何処かへ嫁に出すより、領内に留めて婿を取らす方が良さそうだ」
お父様は満足げに何度も頷くと、緩んでいた顔を引き締めて私に向き直りました。
「ルーナよ」
「はい、お父様」
「お前を他領へと嫁に出さない事とする。 お前には本格的に領内統治を学ばせ、将来はヒューゴの補佐役としよう」
ヒューゴお兄様は、お父様の長男で現リュヌブレーヌ宮中伯です。
その時は四年程前に即位した国王陛下の家宰として王都でのお勤めをなさっていました。
「よって、ルーナには“試練”を与える」
「“試練”……ですか?」
「うむ」
お父様は手を叩いて、側仕えに合図を送りました。
側仕えは事前に事情を知っていた様で、流れる様な所作で私の前に“盆の上に乗った革袋”を置きました。
「ルーナよ、お前にはその“支度金”を与える」
「お父様……私は何をすればよろしいのですか?」
「お前にはその支度金を使い、人員や物資を整え旅支度をしてもらう」
お父様は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、卓の上に広げました。
「それは……王国東部の地図ですか?」
「そうだ。 ルーナよ、一月程の準備期間を与える。 儂の名代として東部諸侯の領地を廻り、儂の用意した書状を届けてくるのだ」
「お、お父様の名代ですか!?」
「お前に領内統治をさせる以上、周辺諸侯と顔を合わせる事もあるだろう。 今の内に顔と名前を周辺諸侯に憶えてもらうのだ」
お父様の言う通り、何かあった時に周辺諸侯に顔を繋いで置く事は必要な事でしょう。
「それだけで無く、お前には“自身の家臣団”作ってもらう」
「家臣団ですか? 私にはシャルリーヌを始めとする護衛騎士たちも、専属の従者のリーズもおりますが……」
「旅をするのにそれだけでは足りんと言う事は、先日の一件で分かったと思ったが?」
お父様の言葉に、私は先日の野盗襲撃を思い出しました。
「城に務めている者にはすでに話を通してある。 専任で仕事を持っている者以外は、直臣に勧誘する事を許す。 在野の者を登用してもいい。 人を見る目を養う事も試練の内だ」
「お父様、家臣団と言ってもどの様にすれば良いのでしょうか?」
「お前の家臣達と相談し、どの様な人材が必要か、どの様な準備が必要かを良く話し合いなさい。 臣下の言葉を吟味し、決定するのも主君の務めだ」
お父様はそれだけ言うと、私たちに退出を命じられました。
トピックス:テラエ王国の隣国
アルビオン王国
王国の西にある島国、大アルビオン島と小アルビオン島、複数の小島からなる群島国家。
数年前までテラエ王国と熾烈な“百年戦争”を繰り広げていた。
百年戦争最終盤で軍事クーデターが発生して王権が分家筋に移っている。
現在は、王権を喪失した王家主筋に付いた南部諸侯と、王権を獲得した分家筋についた北部諸侯との間に内乱の気配が漂ってきている。
ポラリス帝国
王国の南東にある大帝国、テラエ王国よりも広大な領土を保有している。
王国と同じく、侵略種族アブルムの脅威に晒されており、王国と不可侵条約、通商条約を結んでいる。
イスベルグ市国
王国の北東にある小国で魔道技術で発展した国家。
元々はアブルムに追い立てられた難民達が作った国家で、魔力結晶や石炭といった地下資源の輸出で生計を立てている。