騎士との邂逅 後編
受け止めた剣を“使い古された甲冑の騎士”は、その手の剣を振るって弾き返しました。
野盗の長はその衝撃で、たたらを踏んで後ずさります。
「チッ……新手か」
野盗の長は苦々しげに吐き捨てると、数歩後ろに下がって剣を構え直しました。
長の様子を見て、後ろに控えていた野盗たちも武器を構えて騎士を遠巻きにしました。
「おい!」
「……起き上がれるか?」
「……何?」
「起き上がれるなら、あの娘を後ろへ」
「俺に退けって言うのかッ!?」
「“騎士”であるなら、“仲間の命”と“己の矜持”どちらを優先する?」
助けられたのを不服に思ったレオナールが、騎士に食ってかかろうとした所を、騎士が言葉少なげに制しました。
「俺が連中の気を引いてる内に早く」
「……恩に着てやる。 あいつを避難させて、すぐ戻る!」
レオナールはそう言うと、跳ね起きて倒れているシャルリーヌ方へと駆け出した。
「チッ! 弓兵、小僧を射こ……」
レオナールの動きを察知した野党の長は、即座に弓兵に指示を出そうとしました。
ですが……
「ッ!?」
突然、野盗の長は顔を強張らせて言葉を飲み込みました。
騎士を包囲していた野盗たちも、レオナールを狙い撃とうとしていた弓兵たちも、その視線を騎士に注いでいました。
そして、その視線を一身に浴びる騎士は動じる事無く、その場で“盾を構えて、剣を高く掲げ”ました。
「総出で来い……死にたくなければなッ!!」
「チィッ!! かかれッ!!!」
野盗の長は顔を強張らせたままで、野盗たちに檄を飛ばしました。
それを聞いた野盗たちは、“怒りと恐れが入り混じった表情”のまま騎士へと躍りかかります。
何本もの槍が突き出され、剣や斧が大きく振りかぶられ、弓の引き絞る音が響き渡りました。
鬼気迫る表情で襲い来る野盗たちに、騎士は動じる事無く盾を前に掲げて駆け出しました。
「アイツ、あのまま突っ込む気かッ!?」
「いや、あれでいい……あのまま敵の懐に飛び込めば、後ろの弓兵は撃て無くなる」
騎士の行動に驚愕するレオナールに、肩を借りていたシャルリーヌが呟きました。
「とは言え、十人以上いる敵をたった一人で相手取る気か……?」
シャルリーヌの心配を他所に、騎士は“甲冑を身に着けている”とは思えない程の機敏な動きで襲い来る野盗たちへと駆け、“盾を持ったまま”の左腕を振り上げました。
そして、振り上げた盾をそのまま“正面にいる野盗”へと振り下ろしたのです。
盾で殴りつけられた野盗は、周囲にいた他の野盗を二人程巻き込んで吹き飛ばされました。
それによって野盗たちがほんの一瞬、怯んだのを騎士は見逃しませんでした。
吹き飛んだ野盗の側にいた野盗を、手に持つ剣で横薙ぎに斬り捨てました。
瞬く間に三人を吹き飛ばし、一人を切り捨てた……その姿に周囲の野盗たちは身が竦んでいる様に見えました。
「……次は、誰だ?」
そう言って騎士は、野盗たちを睨みつけました。
ただ、それだけで野盗たちは浮足立っていました。
「チィッ! 何、怯んでやがるッ!! 一斉にかか……」
ダンッ!!!
野盗の長が飛ばす激を遮る様に、騎士が大きな音を立てて一歩踏み出しました。
その足音を合図にしたかの様に、野盗の一人が一歩、後ろに下がりました。
そしてそれを皮切りに、野盗たちが背を向けて逃げ出し始めました。
「なッ!? お前ら、戻れッ!!!」
「戦場を逃げ出し、野盗に成り下がる連中の士気などこんなものか」
逃げ出す野盗を必死に留めようとする長に、騎士は吐き捨てる様に呟きました。
「てめぇッ!!!」
それを聞いて野盗の長は、殺意を込めた視線を騎士に向けました。
騎士はそれに怯む事無く、睨み返しながら剣と盾を構えました。
「せめてもの慈悲だ。 俺がこの場で“終わらせてやる”」
「ふざけんなッ!! 返り討ちにしてやるッ!!!」
野盗の長は剣を構え直すと、騎士と対峙しました。
騎士と野盗の長はお互いを睨みながら、動きを止めました。
お互いの隙を伺いながら、対峙する事暫し……。
側から見ていた私には、それは一瞬の様にも、長い時間の様にも感じました。
「ッ!!!」
最初に動いたのは野盗の長でした。
その手に持った剣を騎槍の様に両手に構えて、姿勢を低くして騎士に向かって駆け出しました。
騎士はそれを迎え撃つべく盾を正面に構え、同じく駆け出しました。
「くたばれぇッ!!!」
怒号と共に野盗の長が渾身の突きを騎士に繰り出します。
騎士は動じる事無く、盾で突きを受け止めました。
剣と盾が激しい金属音を響き渡らせ、ぶつかり合いました。
“長の突きを騎士が受け止めた”と、私たちが思った瞬間……
「なッ!?」
野盗の長が“支えを失った”かの様に、前方へと態勢を崩しました。
「……終わりだ」
「ま、まてッ!」
その悲痛な言葉も空しく、態勢を崩した野盗の長に騎士の剣が振り下ろされました……。
「あいつ……一人で退けやがった」
私の隣でレオナールが悔しそうな声を漏らしました。
無理もありません、私の護衛の騎士たちがあれだけ手を焼いた野盗たちを、ただの一人で追い返したのですから。
当の騎士は剣の血糊を掃うとそれを鞘に納めながら、私たちの方へと歩み寄ってきました。
「ルーナ様、私達の後ろに」
それを見てシャルリーヌとレオナールが、私を庇うように私の前へと立ちました。
「シャルリーヌ、レオナール、控えなさい」
「「ルーナ様!?」」
私の言葉に二人は困惑した声を上げました。
「ご助力いただいたのに、そのような態度では礼を失します」
「それはそうですが……」
私は不安げな顔をする二人を置いて、前へと進み出ました。
それに合わせる様に騎士は、私から少し離れた場所で歩みを止めました。
「先ほどはご助力ありがとうございました、騎士様。 私は先代リュヌブレーヌ宮中伯ギャスパルの娘、ルーナと申します」
私の自己紹介を聞いた騎士は、控えめに手を挙げました。
「失礼、少々お待ちを……」
騎士はそう言うと、ゆっくりとした動作でその場に跪き、被っていた兜を脱ぎました。
そこには“左頬に大きな刀傷を持つ、黒髪の偉丈夫”の姿がありました。
「この様な場所故、略式で失礼をいたします。 私は王国西方のクラテール男爵ウォルフリックが次子、ルドルフと申します」
「ルドルフ様、貴方のおかげで私も供の皆も命拾いをしました。 改めて、感謝いたします」
これが私達とルドルフとの出会いでした。
トピックス:テラエ王国の爵位
公爵
王国における爵位の最高位で、王国建国時の重鎮五人に与えられた爵位。
内、四家は王国の東西南北の統治を司り、残り一家は王国中央で王家の補佐役を担っている。
侯爵
王国において公爵に次ぐ爵位で、建国時の重鎮五人以外の功臣に与えられた爵位。
四百年の間に家の断絶や改易により大半の侯爵家は消失しており、現在は北のオロルファール候と南のソレイユポール候の二家のみが現存している。
伯爵
王国において侯爵に次ぐ爵位で、建国後に叙爵された臣下に与えられた爵位。
この伯爵までが王家の直臣とされる。
また伯爵位の中には、限定的に侯爵に匹敵する権限を与えられている諸侯も存在する。
辺境伯
伯爵位の一つで外敵に対する抑えとして、国境線に配置される武勇に優れた信頼の置ける諸侯に与えられる爵位。
王国では、東の国境に対豚人族として置かれているフェールポルト辺境伯と南の海峡に対蛇人族として置かれているウィッドメール辺境伯の二家が存在する。
宮中伯
伯爵位の一つで王家に仕える家宰に与えられる爵位。
その役割から王家の秘密に触れる機会が多く、特に高い忠誠心と実務能力を求められる。
かつては複数の宮中伯が交代で家宰を務めていたが、現在はリュヌブレーヌ宮中伯の一家が現存するのみである。
子爵
王国では伯爵家以上の諸侯の陪臣に与えられる爵位。
主に伯爵家以上の主家より、領地を割譲された臣下。
男爵
王国では伯爵家以上の諸侯の陪臣に与えられる爵位。
領地を持つ諸侯では最下位にあたり、主に一定以上の騎士や官吏に与えられる。
騎士爵
領地を拝領していない者に与えられる爵位。
騎士、官吏問わずに騎士爵と呼ばれる。