フェールポルド辺境伯 マティアス
「ようこそ、フェールポルド辺境伯領領都へ。 領軍を代表して歓迎します、ルーナ姫様」
そう言ってアントワーヌ卿は目の前の城塞都市を指差しました。
そこには雄大な“偉大な壁”の前に聳え立つ質実剛健な戦城でした。
傷だらけで古ぼけてはいるものの、それでも見るものを威圧する様な威容です。
これが王国東方の最前線……
「先ほど伝令を出しましたので城から迎えの者が来ている事でしょう。 ご案内します」
「よろしくお願いします」
私たちはアントワーヌ卿の案内で城門へと向かいました。
私たちが城門へ向かうと、一人の女性が城門前に立っていました。
見上げるほど身長の逞しい容姿をした女性でした。
そしてその額には“二本の大きな角”がありました。
「“鬼人族”の方ですね」
「フェールポルド辺境伯領では“鬼人族”の有力部族と同盟関係にありますから兵士や傭兵として街に滞在している方も多いのですよ」
そう言ってアントワーヌ卿は前に進み出ると、城門前の女性に対して膝を付いて一礼しました。
「前リュヌブレーヌ宮中伯の御令嬢、ルーナ様をお連れしました“奥方様”」
「ご苦労だったね。 後はアタシが案内しとくから、下がって休みな」
「はッ、ありがとうございます」
……“奥方様”?
「ああ、ご紹介がまだでしたね。 こちらはフェールポルド辺境伯の第三夫人であられるニルファー様です」
「どうも、マティアスの妻の一人のニルファーだよ」
「は、初めましてニルファー夫人!」
「夫人ってのはむず痒いねぇ。 気軽にニルファーって呼んでおくれ」
そう言ってニルファー夫人は朗らかに笑いました。
「こんな所で立ち話ってのもなんだ、館の中にどうぞ」
ニルファー夫人の案内で私たちは謁見の間へと通されました。
そこには“玉座に座る赤毛の美丈夫”とその横に“寄り添うように立つ落ち着いた雰囲気の貴婦人”、その二人を護る様に立つ“ニルファー夫人よりも長身の鎧姿の男性”と“漆黒の外套姿の魔術師風の少女”がいました。
「旦那様、義姉様、リュヌブレーヌ宮中伯とこのお嬢さんをお連れしたよ」
「ご苦労様、ニルファー」
ニルファー夫人は横に立つ貴婦人と言葉を交わした後、貴婦人の反対側に立ちました。
「ようこそ参られた。 私はこのフェールポルド辺境伯領の領主であるマティアスだ」
「お初にお目にかかります辺境伯閣下。 前リュヌブレーヌ宮中伯 ギャスパルの娘ルーナと申します」
私と辺境伯閣下は型通りの挨拶を交わしました。
辺境伯閣下は大きく頷くと隣に立つ貴婦人の方へと視線を向けました。
「私はマティアスの妻で正室のメリザンドです。 お久しぶりですね」
「あ、あの……以前に私とお会いした事がありましたか?」
「ふふ、覚えてなくても無理はありませんよ。 貴女が三つの歳の頃ですから」
私が三つの頃にお会いした事が?
三つの頃ですと……ヴィオレットお姉様の結婚式の時でしょうか……。
「貴女の姉君の夫であるドミニクは私の弟ですのよ」
「あ! ドミニクお義兄様のお姉様ですか!」
“ドミニクお義兄様のお姉様は王国東部の諸侯に嫁いだ”という話は以前お聞きした事がありましたが、フェールポルド辺境伯領だったのですね。
「そして左右に控えている少年の方がシモン、少女の方がブランシュ。 どちらも当家で面倒を見ている子で私達の弟妹の様なものと思ってくださいな」
紹介された二人が私に無言で礼をしました。
「本当はもう一人の義妹……第二夫人もご紹介したかったのですが、今は身重なので紹介はまたの機会にさせていただきますね」
メリザンド夫人のお話が終わるのを待って、私はお父様から託された書状を取り出しました。
「こちらが父から辺境伯閣下への書状となります」
私が差し出した書状をブランシュと呼ばれた少女が受け取り、そのまま辺境伯閣下の手元へと運ばれました。
辺境伯閣下は書状を開いて内容を確認するとそれを横に立つメリザンド夫人へと手渡しました。
「前宮中伯からの書状、確かに受け取らせていただいた」
「はい、お役目を果たせて安堵しております」
「うむ。 さて、と…………」
辺境伯閣下は、メリザンド夫人へと目配せしました。
それを見たメリザンド夫人は、少々困った顔をしながら小さく溜息を吐きました。
「……ええ、確かにご公務はこれで終わりですね」
「そうか、では……」
そう言うと辺境伯閣下は大きく息を吐き出しました。
「閣下?」
「いやぁ、んでつかった~!! やっぱ、おらにゃ“標準語”んでついわい!!」
「閣下ッ!?」
今まで厳粛な雰囲気を醸し出していた辺境伯閣下が突然聞きなれない言葉で話し始めました。
これには私の後ろに控えていた臣下たちも驚きの表情を隠せないでいました。
そんな私たちの様子にメリザンド夫人は呆れた表情で溜息を吐き、他の人たちは笑いを堪えていました。
「んじゃ、改めて……おらんはマティアスじゃ! ちんまい嬢ちゃん、よろしゅうな!」
「ルーナ様……」
困惑している私の耳元に後ろに控えていたジャスミンがそっと話しかけてきました。
「閣下のお話しているのは“東方弁”だと思います」
「“東方弁”……」
「こ、こんな訛りの強い“東方弁”は私も初めてですが……」
“東方弁”は王国東部の辺境あたりの方言です。
私も“東方弁”は知っていましたが、ここまでのは農村の視察の時でも聞いたことがありませんでした。
「あー……」
「ほら、御覧なさい。 皆様、唖然としているではありませんか」
「あはははははッ!! 旦那様……流石にあ、アレは無い……」
メリザンド夫人は呆れかえり、ニルファー夫人はお腹を抱えて大笑いしていました。
トピックス:テラエ王国の異種族 その三
翼人族
人間の中から稀に生まれる突然変異種族、人間とほぼ同じ外見をしており魔力を大きく使用する時にあふれ出す魔力が背中で翼の形を取る。 基本的に女性しか存在しないが、翼人族の子供が男女問わずその力の一端を継承する場合もある。
外見は殆ど人間と変わらないため、魔力の使用さえしなければ一生、翼人族だと気が付かない場合もある。 人間に比べて非常に魔力が豊富で森人族以上に魔術に長ける。
テラエ王国内では、基本的に正体を隠して生活しているが、教皇庁の影響が強い地域以外だとあまり気にされてない。
別の言語では“ヴァルキリー”という呼称で呼ばれる。
人魚族
海の中を住処とする半人半魚の種族、体格的には人間とさほど変わらない、人間の上半身に魚の下半身を持つ。 人間との混血は可能。
渇きに弱く、水の外では半日程しか生きられない。 人化して陸で生きる方法もあるが、人魚族王家の秘伝であり王の許可無く使用できない。
テラエ王国と長年戦争をしていたアルビオン王国の同盟種族。 主に人間と協力して漁業を営んでいるが、戦時になると船団の補助や港の防衛などに動員される。
別の言語では“マーメイド”又は“マーマン”と呼ばれる。
不死者
どの種族からも極々稀に生まれる突然変異、厳密には種族ではない。
見た目は生まれの種族と変わらないが、一定の年齢から外見の老化が止まり自然死する事が無くなる。
ただし、精神の成長、劣化は止まる事が無いため、長い時を生きていると精神に異常を抱えることもある。
別の言語では“ノスフェラトゥ”と呼ばれる。




