エンネア視点 あたしと坊やと百舌鳥狩り
あたしはエンネア、元櫟傭兵団の一員で今は単独の傭兵を生業にしている。
現在は以前世話になった、ルドルフ隊長に従士として雇われて団長の主君である“姫様”の護衛をしている。
最初は姫様の護衛なんて退屈な仕事だと思っていたが、思った以上に忙しかった。
旅先で敵襲を受けた、それもアルビオンとの戦争で名を馳せた“二つ名持ち”だ。
もしかして……お偉いさんってのは、こうも頻繁に命を狙われるものなんだろうか?
まあ、それは兎も角として……今のあたしは“最低限の装備”だけを身に着けて断崖絶壁の上に広がる草原を駆けていた。
船から無理やり絶壁に取りついてそのままよじ登って来たからしょうがないけど、布製の鎧下に革手袋と革のブーツ、それに愛用の弓に矢筒と短剣一本だけを身に着けていた。
武器も防具も最小限という有様だった。
これで“騎士見習いの坊や”を援護しつつ、“二つ名持ち”を相手取らないとならないなんて……。
坊やが無謀な事をやって“既に討ち取られていた”なんて状況になっていたら目も当てられない。
“攻城兵器”で崖上から狙撃、なんて無茶な事をやった奴なんてあたしの知る中じゃ一人しかいない。
“百舌鳥”のレンケ……アルビオンとの戦争で民兵上がりでありながら弩弓による狙撃で名を馳せた男だ。
“百舌鳥”の二つ名は、奴が参戦した戦場には“弩弓による射殺死体が多数転がっている”からつけられたのだと聞いた。
坊やは大丈夫だろうか……坊やの安否が気になったあたしは、駆ける速度を上げて草原を飛ぶ様に駆け抜けた。
そして、目的地だと思わる場所の近くまで来たところで上空から甲高い鳴き声が聞こえて来た。
あたしは足を止めると、近くにあった茂みの影に転がり込んだ。
坊やの鷲馬……?
坊やは……乗ってない様だけど……
そうやって周囲を警戒していたあたしの耳に“武器が風を切る音”と“坊やと爺さんの怒号”が聞こえた。
いた、坊やだ。
どうやらまだ“百舌鳥”と交戦中の様だった。
あたしは弓に矢を番えると、茂みからそっと顔を覗かせた。
坊やは短槍二本を手に“百舌鳥”に対して善戦していた。
一方の“百舌鳥”は普段使っていたはずの大型の弩弓ではなく“連射式弩弓”を手に防戦に回っていた。
坊やが優勢? 坊やが思ったよりやり手なのか、それとも“百舌鳥”が誘っているのか……。
……このままじゃあ埒が明かん。
あたしは意を決すると、音を立てない様に慎重に弓を引き絞った。
「坊やッ!!」
あたしは“百舌鳥”が坊やから距離を取ったタイミングを見計らって茂みから飛び出し、それと同時に“百舌鳥”目がけて矢を放った。
「エンネアさん!?」
「チッ……」
あたしの登場に坊やは慌ててあたしの方を見て、“百舌鳥”は舌打ちしながら矢を回避して坊やから更に距離を取った。
坊やから距離を取った“百舌鳥”を睨みながらあたしは新しい矢を番えながら、坊やの近くまで移動した。
「エンネアさん、どうして止めたの? 順調に追い詰めてたのに……」
「あれは“二つ名持ち”、相当な手練れだ。 坊や、“呑まれてた”よ?」
あたしの“呑まれてた”発言に坊やが悔しそうに顔を歪める。
「そんな顔をしない。 坊やの歳であの“百舌鳥”とあれだけやり合えてたんだ、寧ろ誇らしいぐらいだ」
「むぅ……」
「“百舌鳥”はそれだけ老獪だって事。 あたしでも一人だと勝ち筋が見えない相手だ、“一人だと”ね」
あたしの言葉に坊やは不機嫌さを消して不敵な笑みを浮かべた。
「あたしが援護する、坊やは好きにやりな」
「その“坊や”っての止めてほしいんだけど」
「この戦いに無事に生き残ったら、考えてやるッ!」
あたしはその言葉と共に番えていた矢を討ち放った。
矢が放たれたと同時に坊やも短槍二本を手に駆け出した。
「小僧だけでも厄介なのに“銀矢”の小娘もとはなッ! この老体に無理をさせてくれるッ!!」
“百舌鳥”は悪態付きながらあたしの放った矢を軽々と躱すと、爺さんとは思えない機敏さであたしに向かって駆け出した。
あたしに向かって来た?
あたしは矢筒から新しい矢を引き抜くと、“百舌鳥”と一定の距離を保つ為にその場から駆け出した。
奇しくも坊やが“百舌鳥”を追い、あたしが“百舌鳥”に追われる状態となっていた。
一見、“百舌鳥”があたしと坊やに挟み撃ちされてる様に見えるが、実際はあたしと坊やの連携が阻害されている形だ。
あたしが矢を外せば後ろの坊やに当たるかもしれないし、何より自分の足で駆けながらの射撃なんてまともに狙える訳がない。
あたしの足が止まるのを待っているんだろう……何を仕込んでいる?
迷っている暇は無いか……!
あたしは弓を引き絞ると振り向きながら横に飛び、背中に感じていた気配だけを頼りに矢を放った。
振り向いたあたしが見たものは、狙い違わずに“百舌鳥”の胸に突き刺さるあたしの放った矢と、あたしに狙いを定めた“連射式弩弓”の姿だった。
「相打ち狙いッ!?」
撃たれるッ!? と、あたしが身構えた時……
“甲高い鳴き声”と共に“百舌鳥”の手から弩弓が離れていた。
「……え?」
「間に合ったッ! エステル、お手柄だよ!!」
どうやら坊やの鷲馬が“百舌鳥”の手から弩弓を弾き飛ばしてくれた様だった。
「エンネアさん、大丈夫?」
「なんとか……」
どうやら助かった様だ、あたしは坊やが駆け寄ってくる姿を見て安堵の息を零した。
ああ、終わった……。
“百舌鳥”、想像以上に手強い相手だった……終わってみればこんなもんか…………。
そう思って気の抜けてたあたしの視界の隅で“何か”が動いた気がした。
「坊やッ!!!」
あたしが叫ぶのと同時に“坊やの背中”から鈍い音がした。
「ぐッ!?」
坊やがうめき声を上げながら膝を折った。
坊やの遥か後方で、胸に矢を突き立てたままの“百舌鳥”が上体を起こして片腕を坊やに向かって突き出していた。
“百舌鳥”の腕に装備していた籠手に小さな矢を射出する“暗器”が仕込まれていた様だ。
「届かねぇか…………小僧、お前の勝ちだ……」
「……え?」
あたしが唖然とする中、“百舌鳥”は振り絞る様に言葉を発した
「騎士トリスタン、見事だ。 この戦い、我が息子への土産話としよう!」
それだけ言い切ると“百舌鳥”は血反吐を吐いて事切れた……。




