猛虎襲撃
ソワレフォレ伯領で私たちは数日の間滞在し、その間に手厚い歓待を受けました。
数日後、何事も無く使者としての使命をを終え次の目的地であるモンターニュフォール公領へと私たちは旅立つ事になりました。
私たちはヴィオレットお姉様やドミニクお義兄様に見送られて出発しました。
最初の目的地であったソワレフォレ伯領までは領地が近い事もあって三日ほどで辿り着きましたが、次の目的地であるモンターニュフォール公領までは十日ほど街道を南下する必要がありました。
そして、それは街道を南下し始めて四日ほどたった時の事でした。
「ん……? ルーナ様、街道のど真ん中で荷馬車が立ち往生してるみたいですよ」
私の乗る馬車の御者を務めていたトリスタンが声を上げました。
「何かあったのでしょうか?」
「馬車が故障したか、荷馬に何かあったのかもしれません。 私が様子を伺ってきます、ルーナ様はこの場でお待ちください」
「わかりました。 シャルリーヌ、頼みます」
私たちは馬車をその場に留めると、様子を伺う為にシャルリーヌを単騎で荷馬車の方に向かわせました。
「トリスタン、荷馬車の様子はどうですか?」
「……三人ぐらいかな? ケガをしてるとかそんな感じはなさそう。 なんか、荷馬車の車輪が“ぬかるみ”にハマったみたいですね」
「まぁ、それは災難ですね……」
「あ、シャル姉が荷馬車の人に話しかけてますね」
シャルリーヌは荷馬車に乗っていたであろう人と少し話をすると、すぐに私たちの所へと戻ってきました。
「シャルリーヌ、どうでした?」
「はい、荷馬車の三人は行商人で突然車輪がはまってしまったみたいです。 抜け出そうにも荷物を載せたままじゃ三人では出せなかったそうで荷物を降ろそうとしている所でした」
「私たちでお手伝いできないでしょうか?」
「そうですね……荷下ろしを待っているよりも手を貸した方が早いでしょうか。 幸い、今であれば男手もありますし」
「では、そうしましょう」
私はレオナールとルドルフ、従者の男性二人にお願いして荷馬車の手助けに向かってもらいました。
更にそれを追いかける形で私たちの馬車も立ち往生している荷馬車の近くへ移動させました。
「…………おかしい」
従者の馬車の屋根に立っていたリンネアがポツリと呟きました。
「おかしいって?」
「だって、今は“乾季”だから。 街道にぬかるみなんて、まず出来ない」
「確かに……ソワレフォレ伯領を出てから一度も雨は降ってなかった……」
「それに……」
リンネアが空へと視線を巡らせました。
「鳥の気配が……獣の気配もあまり感じない」
「それは、どういう……」
トリスタンがどういう事かと聞こうとしたとき、トリスタンの隣に伏せていた鷲馬が甲高い鳴き声を上げました。
「エステルッ!? そんな怯えた声を出してどうした?」
「な、何が起こっているのですか?」
「この気配はまるで……“猛獣の狩場”の様な……」
これまで空を見上げていたリンネアが、慌てた様子で周囲を見渡しました。
その瞬間、リンネアは眼を見開いて叫びました。
「すでに囲まれてるッ! 敵襲ッ!! その荷馬車は罠だッ!!!」
リンネアの叫びに皆が即座に行動しました。
騎士たちは各々の武器を手に取りました。
「お前らも下がれッ!!」
レオナールがそう言うと、従者の二人を庇う様に前へ出ました。
従者の二人もそれに従い、馬車の影へと駆けこんできます。
「行商人の皆様もこちらにッ!」
「姫様、それはダメ」
行商人たちも馬車の近くに呼ぼうとした時、馬車の上の方からリンネアの制止の声が入りました。
リンネアは手に持つ弓に矢を番えると、行商人たちへと狙いを定めました。
「リンネア、何をッ!?」
「姫様、あたしは“罠”って言ったよ」
「ッ!? レオナールッ!!!」
私はリンネアの言葉にハッとして行商人たちに視線を向けました。
そこには“短剣を振り上げてレオナールに襲い掛かる”三人の行商人が見えました。
咄嗟に迎え撃とうとレオナールが剣を振り上げます。
「まだ来る。 姫様は顔を引っ込めて」
「ルーナ様、矢が飛んでくるかもしれません! 身を低くしてください!」
私は直衛をしているヘンリエットに庇われる形で馬車の中で身を低くしました。
「ヘンリエット、レオナールは?」
「レオ君は大丈夫、それより後方からも騎馬の集団が迫ってきています!」
「……“罠”って、そういう事ですか!」
荷馬車が街道の真ん中で立ち往生している事、自体が罠だったようです。
「レオとリンネアはそのままその三人の相手をッ! ルドルフは私と後方の前衛、ウィルバードは騎馬に騎乗したまま遊撃ッ! ヘンリとトリスはルーナ様の馬車の直衛ッ!!」
「「「了解ッ!」」」
戦場と化した街道にシャルリーヌの指示が飛び、騎士たちがそれに従って周囲に散開しました。
「後方から迫る騎馬の数は……六、いや七騎ッ! 迫ってくる騎馬ですが、速度の割に腕前が稚拙な様です」
「腕前が稚拙? ルドルフ、どういう事か分かりますか?」
「馬は単なる移動手段って事か。 シャルリーヌ卿、ウィルバードに私から指示を出してもよろしいか?」
「……何か考えがあるのですね。 わかりました、許可します」
護衛騎士を統括しているシャルリーヌの許可を得たルドルフは、少し離れて待機しているウィルバードに“無言”で合図を出しました。
それを心得ているのか、ウィルバードも“無言”で槍を掲げ騎馬の手綱を握りしめました。
「騎士ルドルフが臣下、“紅駒”のウィルバード参るッ!!!」
ウィルバードは堂々たる名乗りを上げると、騎馬の集団に向かって馬を駆けさせたのです。
「全騎、展開ッ!! “不落”と隣の女騎士の足止めをしろッ!!!」
ウィルバードの突撃に反応して、騎馬の集団から怒号が上がりました。
それに呼応して騎馬の集団が左右に割れて、一番後方の一騎のみがウィルバードの正面に残りました。
不敵な笑みを浮かべ、二本の戦斧を持った“猛獣”の様な戦士がそこにはいました。
「先ずはてめぇか、ウィルバードッ!!」
「両手に戦斧……ザカリアスかッ!!!」
「何年か会わない間に“よちよち歩きの駒”が立派になったもんだなぁッ!!!」
「人の命を何とも思わない“獣”が、とうとう“猛獣”にまで落ちたかッ!!!」
「ぬかせッ! “不落”と殺りあう前の前哨戦だッ!! てめぇからぶっ殺してやるよッ!!!」
“猛獣”の様な戦士はそう言い放つと、両手の斧を振り上げて馬上からウィルバードへと飛びかかったのです。
トピックス:ルーナとその臣下
ルーナ 十二歳(もうすぐ十三歳) 女性
白金色の髪に瑠璃色の瞳、同年代と比べても華奢な体躯をした少女。
王国東部諸侯リュヌブレーヌ宮中伯の妹で前宮中伯の娘。
両親とは祖父母と孫ぐらい年齢が離れている為、大切に育てられてきた。
リーズ 十八歳 女性
黒い髪に琥珀色の瞳、冷たい無機質な相貌以外はどこにでもいそうな容姿、体躯をしている。
元は犯罪者に囲われていた身元不明者で、脱走して行き倒れている所をルーナに拾われて宮中伯家に仕える事になった。
ルーナに対して絶対の忠誠を誓っており、ルーナの側にいる為に努力して専属の侍従になった。
シャルリーヌ 十七歳 女性
黒い髪に青い瞳、女性としては長身で端正な顔立ちをしている。
宮中伯家の家臣であるゲルベラ子爵の嫡子でルーナが物心ついた頃よりの幼馴染、ルーナを実の妹の様に思っている。
幼馴染の中では最年長な為、リーダー的なポジション、ルーナ臣下の中では護衛騎士の統括役を担っている。
ゲルベラ子爵家の家宝である斧槍を愛用している。
レオナール 十五歳 男性
茶色の髪に青い瞳、長身で立派な体躯をしている。
宮中伯家の家臣であるリオンピエ子爵家の次男でルーナが物心ついた頃よりの幼馴染、シャルリーヌとは従姉弟同士の間柄。
血気盛んで勇猛な新米騎士で、歳に似合わず宮中伯家家中では屈指の猛者。
主君であるルーナに幼い頃から想いを抱いている。
ヘンリエット 十六歳 女性 片親が森人族の混血児
金色の髪に瑠璃色の瞳、華奢ではあるが女性としては長身で温和な顔立ちをしている。
宮中伯家の家臣であるウィエ男爵家の長女でルーナが物心ついた頃からの幼馴染、面倒見のいい女性でルーナを含め年少者を弟妹の様に扱う。
敬虔な十星教会信者で他領の神学校への留学経験もあり、神聖術の心得もある。
騎士でありながら剣より弓の方が得意で、神聖術で作り出した光の矢を弓で撃ち出して戦う。
トリスタン 十四歳 男性
灰色の髪に深紅の瞳、年相応の体躯だが中性的な顔立ちをしている。
宮中伯家の家臣であるカランコエ男爵家の三男でルーナが物心ついた頃からの幼馴染、ルーナに対しては忠誠より友情を感じている。
実家が領内一の牧場を所有している事もあり馬を始めとした動物が大好き。
相棒の鷲馬のエステルは雛の頃から面倒を見ていて、ルーナの元に出仕している時も同行させている。
大人顔負けの騎乗技術を持っており、将来はエステルを乗騎として飛翔騎士を目指している。
ジャスミン 十五歳 女性
黒い髪に紫色の瞳、年相応の体躯をしている。
宮中伯家の家臣であるピエリス子爵家の七女、ルーナの遊び相手に推挙される話もあったが家の方針で辞退している。
非常に優れた才能を有していたが、優秀な兄姉を見て育った為か気弱で自信が無く、父親の計らいで数年間他領の神学校に留学させられていた。
留学先でヘンリエットと一緒になり友人となっている。
ルドルフ 二十七歳 男性
黒い髪に青紫色の瞳、長身の偉丈夫で左頬に大きな刀傷がある。
王国西方諸侯カルムランド伯の陪臣であるクラテール男爵の次男、成人前に領地を失っていた為騎士叙勲を受けないまま一兵卒として王国軍に志願して百年戦争に身を投じた。
百年戦争終結後は、野盗化した脱走兵を狩る為に傭兵として戦ってきた、ウィルバードとエンネアはその時の部下。
ウィルバード 二十四歳 男性
赤い髪に藍色の瞳、ルドルフより長身だがやや細身な体躯をしている。
王国西方出身でクラテール男爵領にほど近い村の出身でその村の村長の次男。
クラテール男爵領が陥落したすぐ後に村を焼き出されてまだ子馬だった愛馬と共に落ち延びて、後に王国軍に志願する。
平民出身ながら卓越した騎馬の腕を見せ、“紅駒”の二つ名を名付けられた。
戦後はルドルフ指揮下で野盗化した脱走兵の討伐をしていた。
彼の愛馬は燃える様な鬣を持つ鹿毛の名馬で名を“クラージュ”という。
リンネア 二十一歳 女性 先祖返りで森人族の特徴が出ている
銀色の髪に空色の瞳、背の高さは年相応だが華奢な体躯をしている。
王国西部で活動していた義賊にして傭兵団の櫟傭兵団の元構成員、団長の養子の一人。
優れた射手であり野伏で王国軍に雇われていた時は斥候や遊撃で活躍していた。
百年戦争最末期の戦いで櫟傭兵団は運悪く敵兵との遭遇戦で壊滅、リンネアは一人生き延びた。
戦後、身の置き場を求めて傭兵として脱走兵狩りに参加、ルドルフの部下となる。




