紅の騎兵と銀の野伏
私専属の官吏兼紋章官であるジャスミンを臣下へと迎えて数日が経ちました。
私の私室を家臣団の仮の執務室として、旅立つ準備を進めています。
騎士たちが護衛の際の配置や役割を話し合う一方で、ジャスミンが旅に必要なものを揃える際の予算を計算していました。
「リーズ、貴女には私たちの身の回りの世話をする侍従たちを纏めて貰おうと考えていますけど、貴女の目線ではどれぐらい人員が必要ですか?」
「ルーナ様の身の回りのお世話ならば、今まで通り私一人でも賄う事は出来ます。 野営をする事を前提にした場合、相応に人数が必要になりますね。 四人ぐらいでしょうか……力仕事もありますし男手も欲しい所です」
「その人数となると馬車ももう一台必要でしょうね」
「そうなると、護衛の数ももう少し欲しい所ですね……」
「侍従の増員に護衛の増員、それに馬車ですか……」
私の呟きを皆が聞いていたのでしょう、皆の視線が一斉に私に向きました。
皆、一様に難しい顔をしており、ジャスミンに至っては若干涙目になっていました。
「る、ルーナ様……大変、言いにくい事なのですが…………よ、予算が足りません」
「へ? ですが、お父様から賜った予算が……」
「そ、それが……ルドルフ卿と私に対する俸禄が、思ったよりも高く付きました」
私はジャスミンの言葉を聞いて一瞬、何を言っているか分かりませんでした。
「えっと……どういう事でしょう?」
「まず……ルドルフ卿は臣下となる前は騎士では無かったとはいえ、相応の実力と名声を得ています。 そこに付加価値が付くので、新人の騎士と同じ俸禄にする訳にはいきません」
「なるほど、理解できます」
「そして、私ですが……申し訳ないのですが、“実質二人分の俸禄”をいただいてる事になります。 官吏と紋章官を兼任してますので……」
な、なんて事でしょう!
より良き人材をと、皆で話し合い新しく迎えた人材が思った以上に高く付いてしまっていたなんて……。
「ジャスミン嬢、私は気にしないので俸禄を下げて貰っても良いのだが?」
「か、家臣団としてやっていく以上、そういう前例は避けたいです……。 外から見たら“実力や経歴を正しく評価してない”様に思われてしまいますし……」
「ぐ……それは、避けた方が良いな……。 軽率な発言だった……」
「どうやら“こういう事態”も踏まえた上の試練であった様ですね……」
限られた予算で物事を実行する事の難しさを痛感しました……。
でも、ジャスミンがいなければ今の段階でも気がついてなかった可能性もある事を考えれば、これでもましな状況と言えるでしょう。
「侍従を四人と馬車は何とか手配できます。 問題は護衛の増員ですね。 流石に騎士を新しく召し抱えるのは無理があります」
「僕みたいな見習い騎士を取り立てるって事は出来ないの?」
「お前みたいに“手足の如く馬を操り”、“鷲馬を連れてる”見習いが、早々居てたまるか!」
「あー、そりゃそっかー」
『いい案だと思ったんだけどなぁ』とトリスタンが溜息を吐きました。
「いっそ、傭兵でも雇った方が早いかもなぁ」
「それはそれで、“信頼”面で不安が残ると思うけど?」
「まあ、そうなるよな……」
「ああ、そうか。 その手があったな」
煮詰まった話し合いの最中、唐突にルドルフが声を上げました。
「どうしました、ルドルフ?」
「ルーナ様、傭兵を私の“従士”として雇うのはどうでしょう?」
従士とは騎士に付き従う従者の一種で、戦場において“戦闘の補佐”をする者の事です。
下級貴族出身の騎士が戦場に赴く時に、領民から選抜した数人の従士を従える事もあるそうです。
「西部で共に戦っていた連中の内の何人かが現在、領都に滞在してます。 その内の何人かを見繕って来ましょう」
「ルドルフを疑う訳ではないのですが、その方たちは大丈夫なのでしょうか? 他領への使者の護衛を務める訳ですし……」
「無論、その辺りも考慮して人選いたします。 お許しいただけますか?」
「わかりました、一先ず会ってみましょう」
私たちはルドルフが従士にすると言う者たちに会ってみる事にしました。
数日後、城に併設されている鍛錬場の一角で従士たちと顔合わせする事になりました。
そこにはルドルフと共に“二人の傭兵”がいました。
一人は、長身のルドルフより更に長身で細身の体格をした、槍を持って傍らに軍馬を従えた赤毛の男性。
もう一人は、少し小柄な体格で少し耳の尖った弓を持った銀髪の女性で、おそらく森人族の血が入っているのでしょう。
私たちが近づいて来ている事に気がついたのか、赤毛の男性がキビキビした動きで素早く跪き、それに習う様に銀髪の女性が音も無く跪きました。
「ルドルフ、その方たちが貴方の従士ですか?」
「は、紹介いたします。 赤毛の者が名を“ウィルバード”、銀髪の者が名を“リンネア”と申します。 どちらも西方で戦っていた頃の元部下です」
ルドルフの紹介を受けまず、“ウィルバード”が右手を胸に宛てて一礼しました。
「ご紹介に与りました、ウィルバードでございます。 この度、ルドルフ卿のお引き立てにより御身に拝する機会を得ました」
ウィルバードの自己紹介が終わるのを待って、“リンネア”が同じ様に一礼しました。
「元櫟傭兵団団員、リンネア。 この身の置き場を与えてくれた隊長と、隊長の主君に感謝と忠誠を」
傭兵と聞いていたので、私はもっと粗野な感じの人物が来ると思っていました。
ですが、二人とも驚くぐらいに見事な礼を見せてくれました。
「私がルドルフの主である、先代リュヌブレーヌ宮中伯ギャスパルの娘、ルーナです。 あなた方は、私の様な子供であっても仕えてくれますか?」
「ルドルフ卿を受け入れていただいた程の度量をお持ちの方であれば申し分ありません」
「右に同じく」
「わかりました、あなた方の忠誠をありがたく受けます。 ウィルバード、リンネア、あなた方の働きを期待します」
「「ははッ」」
トピックス:役職の詳細
騎士
王族や領主に仕える武人、戦争時は兵士を率いる司令官の役割も有する。
多くは爵位を持つ貴族の子弟であり、稀に戦場で武功を上げた兵士や傭兵が“騎士爵”の爵位と共に騎士の地位を授かる事がある。
その中で王族や領主ではなく“個人”に忠誠を誓う騎士は“護衛騎士”とされ、主の側に侍る事になる。
官吏
主に書類仕事や物資管理などを担当するもので文官とも呼ばれるが、テラエ王国では“戦場への補給線を維持する”役目を重視している為に官吏と呼ばれている。
平時では領内の内政を担当し、戦時には自軍の補給を担当する。
ある程度の学が無ければなれない役職の為、知識層である貴族か、地元の有力者の子弟や商人の子弟がなる事が多い。
紋章官
各地の王族や諸侯の家名と紋章を記録する役職で、貴族同士の会談では秘書の役目もこなす。
その役柄から高い記憶力を要求される為、優秀な紋章官は引く手あまた。
戦争時の参戦する諸侯の確認や、闘技大会の時の登録と武器の検閲も行う。
侍従
執事や侍女などの総称で、王族や領主に仕えて身の回りの世話をするもの。
基本的には領内の平民を登用する役職だが、王族や公爵に仕える爵位持ちの侍従も存在する。
特に傍に仕える侍従は主のプライベートに触れる機会が多い為、特に信頼できるものが用いられる。
長く続いている名家では、代々侍従を務める一族を丸ごと召し抱えている事もある。




