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第8話 赤髪の辺境伯様は一騎討ちをするようです

「やっと来たか、待ちかねたぞ」

 

 戦場に乱入してきた、毒虫めいた外見の青緑のストライカー。この機体こそ、敵将の特機(ゼニス)に違いあるまい。そう直感したアケカは、共通回線でそう語りかけた。青緑のその機体は、一目で特殊装備とわかる箱状の物体を背中に背負っている。一般量産型などではないのは明らかだった。

 特機(ゼニス)への搭乗を許されるのは、類まれなる戦果を挙げたエースパイロットか特注機を自弁できる高位貴族のみ。動きから見て、この敵機は後者の方だろうとアケカはあたりを付けていた。


「ふん。この声、何かの記録映像で聞いたことがある。機体が《安綱(やすつな)》ではないから、別人かと思っていたが……やはり貴様はアケカ・フォン・クスノキで間違いないようだな」


「いかにも。そういう貴様は何者だ?」


「ベルケ伯爵の三女にして、次期当主筆頭! ファウナ・ベルケだ!」


「知らぬな。家名も、貴様自身も。記憶するに値しない下郎と見える」


 ことさらに馬鹿にする口調でアケカは吐き捨てた。むろん、挑発である。もっとも、ベルケなどという名を知らないというのは本当のことだったが。


「……貴様ッ!」


 案の定、ベルケ少将は爆発した。手に持った細長いライフルを《天羽々斬(アメノハバキリ)》に向け、吐き捨てる。


「新型に乗り換えて、調子に乗っているようだな! だが、新たなる機体を得たのは貴様だけではないッ! 貴様を倒し、その脳にベルケの名を刻みつけてやる! 私と一騎討ちをしろ、クスノキ!」


「応とも。こちらは最初からその気だ」


 ヴルド人にとって、一騎討ちは神聖不可侵のものだ。よほど格に差がある場合を除けば、挑まれたからには受けねばならない。しかし、アケカはもとよりこの状況を狙って暴れまわっていた。雑兵を蹴散らしていれば、ベルケが出てくるだろうと踏んでいたのだ。

 自ら前線に出て汗と血を流さぬ者に、ヴルド人の兵士は従わない。ヴルド人の将は、指揮官ではなく象徴といった方が正しいのだ。艦隊司令官であるベルケはもちろん、アケカですらそれは同じ。部下を従わせようと思えば、立場にふさわしい武功を挙げ続ける必要があった。それがヴルド人の社会なのだ。

 逆に言えば、相手の象徴……つまりは指揮官を倒してしまえばたいていの場合、戦闘は終結する。指揮官が負ければ兵士は士気を喪失するからだ。いちいち雑兵をぷちぷち潰すよりも、敵将を叩いた方が手っ取り早い。それがアケカの戦闘哲学だった。


「コトハ、ユキ。貴様らは対艦部隊の援護に行け。ここは身共だけで十分だ」


「承知!」


 アケカの命令を受け、二機の《甲鉄乙式》は戦場から急速に離脱していった。一騎討ちをするのであれば、援護などは最初から期待できない。手持無沙汰にさせておくくらいならば、味方の援護に振り向けた方がマシだろう。


「余裕ぶりおって……ほえ面を書かせてやるッ! ファウナ・ベルケ! 乗機アレニエ! いざ尋常に勝負ッ!」


「名はアケカ・フォン・クスノキ、乗機は《天羽々斬(アメノハバキリ)》である。かかってくるがいい」


 ヴルド人の伝統である一騎討ち前の名乗りを終えると同時に、ベルケ少将の《アレニエ》はスラスターを焚いた。もっとも、一直線に《天羽々斬(アメノハバキリ)》へと突っ込んでくるようなことはしない。複雑な機動を描いて虚空を飛翔しつつ、その細長いライフルを撃ち込んできた。


「格闘型ではないようだな。まあ、外観から見て当然か……」


 さりとて、射撃特化型にも見えないのが《アレニエ》という機体だった。とくに、背中に背負っている箱が謎だ。帝国製の機体であれば、だいたいの攻撃パターンは承知しているのだが……輸入品となると、流石にわからない。


「ゼンザイ殿、敵機の画像を送る。この機体の製造者に覚えはないか?」


 回避運動をとりつつ、アケカはコンソールを操作した。善哉は、あきらかにただの運送屋の社長ではない。もしかしたら、《アレニエ》を供与した組織についても知っているのではないかと考えたのだ。


「ほいほい、受信しましたよっと……うげっ、コイツは……」


 気軽な声で応じた善哉はしかし、即座に汚物でも見てしまったような声を出した。


「知っているのか、ゼンザイ殿」


 まったく覚えのない機体であれば、こんな反応はしないだろう。アケカはニヤリと笑ってそう返した。


「ええ、ええ、存じておりますとも。この馬鹿みたいに悪趣味な複眼、アテナ・インダストリっつー地球のクソ企業の機体で間違いありません」


「ひどい言いようであるな。そのアテナ・インダストリとやら……もしや、ゼンザイ殿が先ほど話していた、あの事件の?」


「……勘のいいことで。ええ、シリウス事件の原因を作ったボンクラのケツモチが、このアテナ・インダストリですよ」


 ひどい偶然もあるものだ。アケカは思わず苦笑いをした。もちろん、その間も敵の射撃は続いている。とはいえ、その攻撃には弾幕と呼べるほどの連射性も狙撃と呼べるほどの精密さもなかった。ただただ緩慢に撃っているだけだ。


「無様な戦いぶりだな。……安心せよ、ゼンザイ殿。あのような機体は身共がすぐさま鉄くずに変えてくれようぞ」


 そう言うなり、アケカは一気にスロットルを全開にした。緩慢な射撃戦になど付き合う気はない。すぐにでもベルケを片付け、艦隊に攻撃を仕掛けている部下らを援護しなくてはならない。

 《天羽々斬(アメノハバキリ)》はメガライフルを撃ちつつ一直線に《アレニエ》へと飛んだ。しかし、ベルケは肩に装着したバック・スラスターを噴きつつ後退を始める。どうやら、距離を詰めさせる気などないようだった。


「雄々しい機体だな、ベルケ!」


 さっさと戦いを終わらせたアケカとしては、鬱陶しいことこの上ない。彼女は忌々しげに吐き捨て、それからはっとなった。


「いや、失礼したゼンザイ殿。貴殿は決して雄々しくはない。むしろ、女々しい方だと思うぞ」


「なんだかむしろ罵倒されてる気分になったんですがねぇ! まあ、どうだっていいです、好きにおっしゃってくださいや!」


 ヴルド人の女々しいは、地球人で言うところの雄々しいと同じ意味を持つ。男女のジェンダー観がまったく逆になっているのだった。善哉は苦笑しつつ、そう返した。

 それを聞いてほっとした様子のアケカは、ため息を一つついてからベルケの追走に専念した。《アレニエ》の後退速度は恐ろしいほど早く、《天羽々斬(アメノハバキリ)》の大推力をもってしてもなかなか距離を詰められない。

おまけに、ベルケは近場の岩塊をうまく利用し、たびたび姿をくらませた。そして、また別のところからパッと現れて射撃を続行するのだ。厄介極まりなかった。


「こ、この……!」


 さすがのアケカもこれには立腹した。岩塊を蹴り、自らも隕石の海へと姿を隠す。


「チッ!」


 一瞬で《天羽々斬(アメノハバキリ)》を失探したベルケ少将は、慌てて周囲を見回す。しかし、《天羽々斬(アメノハバキリ)》はなかなか見つからない。


「クスノキ辺境伯様はかくれんぼがお得意ですか。何とも雄々しいことですな」


「貴様に言われたくはないわーッ!」


 そう叫びながら、アケカは《アレニエ》のすぐそばの岩塊から飛び出した。もはや、白兵戦の距離だ。彼女は太刀を抜き、《アレニエ》へと襲い掛かる。しかし……。


「クク、そう来ると思っていたさ!」


 ベルケがそう叫ぶと同時に、いきなり《天羽々斬(アメノハバキリ)》のコックピットに警告音が鳴り響いた。


『各関節部に過負荷がかかっています。リミッター、作動』


 電子音声が無慈悲に告げた。アケカは慌てて操縦桿をガチャガチャと弄ったが、《天羽々斬(アメノハバキリ)》はマトモに反応しない。いや、動きはするのだ。しかし、太刀を振りぬくことも出来なければ、足を使って方向転換をすることも出来なくなっていた。まるで、見えない網に絡めとられてしまったかのようだ。


「なに……ッ⁉」


 いや、実際に《天羽々斬(アメノハバキリ)》は網に絡めとられていた。よく見れば、その朱色の装甲には無数の極細ワイヤーが絡みついている。しかもそのワイヤーは自らうごめき、締め付けを強めていった。鳴り響く警告音がさらに激しくなる。


「なんだ、これはいったい⁉」


「こうなってしまえば、《鬼神》も形無しだな」


 ベルケ少将は嗜虐的な笑みを浮かべた。いつのまにか、《アレニエ》の背負っていた箱のカバーが外れている。そこには、糸車めいた形状の機械が治められていた。


「クスノキ様! どうしたんです!」


「自ら動く妙な糸が、機体に絡みついて……ええい、外れん!」


 善哉の声に、アケカは荒々しく応じる。いくらもがいても、謎のワイヤーは外れなかった。気づけば、スラスターの噴射ノズルまでロックされている。噴射自体はできるが、ノズルが動かないことには真っすぐにしか加速できない。


「自分で動く、糸……」


 ぼそりと呟き、善哉は一瞬考え込む。


「ふはは、これで終わりだッ!」


 哄笑を上げつつ、ベルケはその細長いライフルを《天羽々斬(アメノハバキリ)》へと向けた。蜘蛛の糸によって身動きを封じられた状況では、その攻撃を回避することなどとてもできない。アケカの額に汗が垂れた。


「そいつはインテリジェント・ワイヤーだッ! 熱には強いが冷気には弱いッ! 冷却剤を噴射しろ!」


「ッ‼ 聞こえたな、《天羽々斬(アメノハバキリ)》!」


『了解。冷却剤、バルブ解放します』


 《天羽々斬(アメノハバキリ)》の装甲の継ぎ目から、真っ白な煙が噴き出した。それを浴びたワイヤーは一瞬で凍り付き、ボロボロと崩れ去っていく。すべての糸が切れたわけではないが、拘束は十分に弱っていた。


「やらせん!」


 アケカは叩きつけるようにして操縦桿を押し上げた。《天羽々斬(アメノハバキリ)》が身をひるがえし、肉薄するビームを紙一重で回避した。


「何ッ⁉」


 驚愕するベルケ。その言葉にかぶせるようにして、アケカが叫んだ。


「やってくれたな、下郎ッ!」


 お返しとばかりに放たれたメガライフルのビームが、《アレニエ》の腹部装甲を貫く。たいていのストライカーは、ここにエンジンが入っている。動力を失った《アレニエ》は、複眼を数度明滅させたあと完全に沈黙した……。



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