第7話 赤髪の辺境伯様は無双するようです(2)
「敵前衛を排除した。手はず通り、イカルガ小隊とライチョウ小隊は対艦攻撃の準備をせよ。身共は引き続き陽動攻撃を仕掛ける」
見事な手管で帝国ストライカー隊の先鋒を瞬殺したアケカは、無線に向けてそう吹き込んだ。今倒した敵が“鳴子”であることは、もちろん承知の上だ。戦端を開いてしまった以上、アケカのもとにはすぐに新手がやってくることだろう。
しかし、それはあくまでアケカの作戦のうちだった。敵の視線を自分に釘付けにし、その隙に艦隊を叩こうというのである。雑兵の乗るストライカーなど所詮は補助戦力だ。艦隊を撃破ないし撃退しないことには、危機を脱することはできない。
「さて……仕掛けは終わったが。あとは、どの程度の魚が引っかかるかだな。できれば大物を釣りたいところだが」
「敵将はファウナ・ベルケ少将です。激情家、かつ虚栄心の強い輩という話ですから……おそらく本人が出てくるのではないかと」
ライフルを構え、油断なく周囲を監視しているユキがそう言った。頭脳明晰な彼女は、敵軍の主要人物のデータも頭の中に入っている。この手の分析ならばお手の物だ。
「なるほど、餌と見れば食いつかずにはいられない手合いか」
皮肉気に笑いつつ、アケカは肩をすくめる。
「所詮は道化です。恐れるに足る輩ではありません」
アケカを守るもう一人、コトハが強気な声でそう言った。確かに、風評だけ聞けばベルケは決して大した人物ではないようだった。
「どうかな。道化うんぬんと言うのなら、私も大概なのだけれど」
マイクのスイッチを切りつつ、アケカはボソリと呟いた。その顔には、明らかな自嘲の色がある。しかし彼女は即座にそれを打ち消し、もとの自信過剰な王侯貴族の仮面をかぶりなおした。
「油断はするな。我々は前のいくさにも破れているのだ。敵を甘く見て更なる敗北を被るようでは、道化のそしりを受けるは我らの方ぞ」
「はっ、申し訳ありません!」
慌てた様子で、コトハは謝罪の言葉を口にした。素直な奴ではあるのだが、とアケカは密かにため息をつく。しかし、調子に乗りやすいのが難点だ。
「あー、あー、モシモシ。こちら《いなば丸》の善哉。聞こえますか?」
そこで突然、通信が入った。アケカが戦場では聞きたくないと言った、男の声だ。アケカは血相を変え、ヘッドセットのスピーカーを抑える。
「《いなば丸》、何をしている! 今は電波封鎖中だぞ! 逆探知を受けて貴船の居場所が露呈してみろ。作戦が根底からめちゃくちゃになってしまうぞ!」
コトハが非難の声を上げる。実際、彼女の言うことはもっともだった。下手に電波を出せば逆探知を受けてしまうというのは、遥か昔からの戦場の常識だった。隠密作戦の真っ最中に通信を飛ばすなど、論外である。
アケカらが先ほどから使っている部隊内無線は、指向性の高いレーザー通信だ。これならば、傍受や逆探知のリスクはほぼ皆無だった。
しかし、指向性の高さは短所でもある。レーザー送受信器同士の間に紙一枚ほどの障害物があるだけで、通信が阻害されてしまうのだ。暗礁の中に隠れている《いなば丸》がアケカらに通信を飛ばすためには、電波などを利用するほかない。
「問題ない、レーザー通信だ。逆探知も傍受も困難さ」
ところが、善哉は余裕の声でそう答えた。アケカは「うん?」と上げ、通信ステータスを確認してみる。確かに、《いなば丸》との間に結ばれている通信はレーザー式で間違いなかった。
「面白い。ゼンザイ殿、いったいどのような手妻を使ったのだ」
ニヤリと笑い、アケカが聞く。今までの作り笑いとは明らかに異なる、本心から面白がっている表情だった。
「簡単なことです。そちらの部隊が展開しているうちに、こちらで自航式のレーザー中継端末を散布しておいたんですよ」
得意満面の様子で、善哉はそう語る。レーザーといっても所詮は光だから、反射率の高い鏡面があれば中継は容易なのだ。彼は事前に暗礁宙域内にこの中継端末を敷設し、障害物があってもレーザー通信を使えるようにしておいたのだ。
「そして、ばら撒いておいたのは中継端末だけではありません。小型の偵察用センサー・ボールも撒いておきました。安物ですが、敵の大まかな数や位置くらいはわかりますよ」
「ほう?」
嬉しそうに頷いたアケカは、AIに指示をだして《いなば丸》とのデータリンクを接続した。すると、これまで障害物まみれで役立たずと化していたレーダー画面に敵と思わしき光点が出現する。
「すばらしい働きぶりだ、褒めて遣わす」
これで、アケカらは敵の位置を一方的に把握できるようになった。これは、圧倒的なアドバンテージだ。
「しかし、レーザー中継端末だの、偵察ボールだの、よくもまあそんなものを持っていましたね……」
すこしばかり呆れた様子で、ユキがツッコミを入れた。たしかに、民間人たる彼らがこのような機材を大量に持っているというのはいささか不自然だった。
「藤波……うちの副長がね、紛争地ならこういう機材も高く売れるだろうって、前の寄港地で大量に仕入れてたんですよ。……おれに内緒でね」
ため息を吐きつつ善哉は答える。あいつは独断専行ばかりで困るよ、と言わんばかりの態度だ。
「商売がうまいな。いいだろう、在庫すべてを相場の五割増しで引き取ってやる」
この難局を乗り越える助けになるのであれば、その程度の出費など何も惜しくない。アケカは二つ返事で購入を許諾した。
「上様、敵の一団が接近しております。数は九……いや、十二。大きさからみて、ストライカーでしょう。敵の本隊かと思われます」
コトハが緊迫した声で報告する。さっそく、センサー・ボールが役に立った形だ。
「やはり、敵は全力で身共を狩りに来たな。イカルガ小隊、ライチョウ小隊に暗号通信で攻撃開始を伝達せよ」
「はっ!」
ここまでは、予定調和の展開だ。アケカという極上の餌を敵の鼻先にぶらさげることで、本隊を引きずり出す。そして、手薄になった敵艦隊を別動隊で叩くという寸法である。
「三機で相手をするにはちぃとキツい数ですね。こちらでジャミングをかけましょうか。敵の目を潰してヒット&アウェイ、悪くはない作戦と思いますがね」
さすがに少しばかり心配そうな声で、善哉が聞いてくる。一般量産機の何倍ものコストをかけて建造されるのが特機という兵器だが、そうは言っても所詮は一機のストライカーに過ぎない。袋叩きにされると、流石に分が悪いだろう。
「いいや、必要ない。せっかく、索敵の面で敵に優位を取ったのだ。それを自分から潰してしまうのは勿体なかろう」
だが、アケカは自信に満ち溢れた声で善哉の提案を蹴った。
「雑兵が十や二十出てきたところで身共は止められぬ。……コトハ、ユキノ、援護は任せた。身共はこれより敵部隊に突撃を仕掛ける!」
「ハッ!」
部下二名の頼もしい返答に背を押されるようにして、アケカは機体のスロットルを全開にした。第六小隊との交戦で、この《天羽々斬》の操縦特性はおおむね掴めた。これならば、思う存分振り回しても大丈夫だろう。
巨大な青い噴射炎を背負いながら、《天羽々斬》は暗礁宙域を猛進する。その行く手には大小の岩塊が立ちふさがっているが、彼女はそれをするりと回避したり、時には蹴り飛ばすなどしてスムーズに進んでいった。凄まじい進行速度だ。
お供であるコトハとユキは、流石にこれには追従できない。なにしろ彼女らの乗る機体は一般機の《甲鉄乙式》だし、そもそも暗礁宙域でフルスロットル加速が出来るような人間はアケカのような化け物じみた技量の持ち主だけだ。“たんなる精鋭”に過ぎないこの二人に、そこまでを求めるのは無茶がある。
単独で突出する形になった《天羽々斬》ではあるが、もちろんアケカはその程度のことなど承知の内である。彼女はレーダー画面をちらりと確認し、敵の一団の横腹を突くような形で機動する。直径十キロを超える巨大な岩塊の地表スレスレをかすめるように飛び、その裏手に飛び出した。
「見つけた」
その先に居たのは、ベルケ艦隊のストライカー部隊であった。多数の《ジェッタⅡ》が雁行隊形を作り、進軍している。彼女は肉食獣めいた獰猛な笑みを浮かべ、操縦桿のトリガーを引いた。メガブラスターライフルが極太の光条を吐き出す。
「敵機接近! 散開! 散開!」
《天羽々斬》が突進してきたことに気付いた《ジェッタⅡ》隊が、パッと散開する。腐っても精鋭、良い反応だった。だが、アケカは敵機が回避運動を取ることも織り込み済みで照準を付けていた。虚空を切り裂く光の矢が、一機の《ジェッタⅡ》を捉える。
一〇五ミリというちょっとした大砲なみの口径をもつメガブラスターライフルの直撃を受け、《ジェッタⅡ》の腹部装甲に文字通りの大穴が開いた。一瞬の沈黙の後、真紅の人型は跡形もなく爆発四散する。
「艦砲射撃なみのライフル、それにこのスピード……特機が来たぞ!」
「朱色の特機と言えば《鬼神》の《安綱》でしょうが! なんでデータベースに照合をかけても一致する機体がないの!」
口々にあれこれ言いつつも、帝国兵らは迅速に反撃を開始した。盾を構えた機体がショートマシンガンを撃ち散しながら前に出る。そしてそれを、長砲身や標準砲身のブラスターライフルを装備した機体が支援するという形だ。これが、帝国軍ストライカー隊の対ストライカー戦術の基本フォーメーションだった。
「その程度の薄い盾では、な」
通常の敵機が相手であれば有効に機能する戦術であったが、しかし《天羽々斬》は普通の機体ではなかった。再びメガブラスターライフルが火を噴き、シールドごと《ジェッタⅡ》を撃ち抜いた。漆黒の宇宙にまた一つ火球が出現する。
「くっそ、これじゃあ盾が単なるデッドウェイトじゃないか!」
あっけなくやられた僚機を見て、他のシールド装備機が盾を投げ捨てた。敵の攻撃を防げない盾など、持っていても無駄だ。素晴らしい思い切りの良さである。
「弾幕だッ! 弾幕を張れッ!」
《ジェッタⅡ》隊はすばやく密集隊形を組み、手に持った火器を遮二無二に撃ち始めた。光の瀑布めいた奔流が《天羽々斬》へと降り注ぐ。アケカはこれを華麗な機動で回避し、避けきれないものは肩のショートシールドではじき返す。このシールドは機体の全体をカバーするような大きなものではないが、取り回しが良いためうまく使えば広い範囲を防護できるのだった。
「流石に手強い。こうでなくては」
とはいえ、防御に徹しているだけではじり貧だ。アケカはさっと機体を反転させ、スラスターを焚いて手近な岩塊の影へと飛び込んだ。それを追って掃射されたビームやマシンガンの砲弾が、岩肌に当たってもうもうたる粉塵を噴き上げる。
「追うなよッ! 間違いない、ありゃあ《鬼神》だ。まともにやって私らが敵う相手じゃない」
《ジェッタⅡ》隊の指揮官は、自分に言い聞かせるようにそう言った。《鬼神》というのは、アケカに付けられた二つ名だった。
「特機には特機をぶつけるのが常道だ。ベルケ様がやってくるまで、私らは……」
小隊長がそう指示しようとした矢先だった。アケカが隠れた岩塊とは真逆の方向にある岩石群から、二本のビームが飛んできた。それはほぼ同時に二機の《ジェッタⅡ》を貫き、爆散させる。
「新手か、クソッ! 特機の方は陽動だったか……!」
隊長が悔しげに呻く。砲撃の来た方向をセンサーで集中走査してみれば、そこに居たのは二機の《甲鉄乙式》だった。両機は長大なライフルを構え、《ジェッタⅡ》隊に狙いを定めている。
「こいつは……マズい!」
密集隊形のままでは、僚機とぶつかってしまうため回避運動ができない。さりとて密集隊形を解除すれば、《天羽々斬》を抑え込むだけの弾幕を形成するのは困難だ。この状況にどう対処すべきか、隊長は一瞬迷った。
「そこだッ!」
そして、その隙を逃すアケカではなかった。彼女はスラスターを全開にして岩塊から飛び出ると、一気に《ジェッタⅡ》隊との距離を詰める。その手には、メガブラスターライフルではなく長巻……刀身も長ければ柄も長い特殊なカタナが握られている。
「ウッ⁉ げ、迎撃!」
《ジェッタⅡ》隊は慌てて再び弾幕を張った。しかし、アケカは一切の怯みも見せずただただ直進する。数発のビームや砲弾が直撃したが、それらは《天羽々斬》の分厚い装甲がすべてはじき返してしまった。
「数ばかりの雑兵なぞ!」
あっというまに、両者の距離は縮まった。長大な刀身が振るわれると、一機の《ジェッタⅡ》がマトモに抵抗もできず一刀両断されてしまった。
「次!」
切り捨てた敵機を顧みもせず、アケカは新たな《ジェッタⅡ》に狙いを定めた。ロングブラスターライフル装備の機体だ。この手の武装は射程と威力に優れるが、取り回しは悪い。懐に入られた以上こんなものを持っていても無駄だと判断した《ジェッタⅡ》のパイロットは、肩にマウントされていた円筒状のグリップを引き抜き構えた。すると、その先端からビームの刃が現れる。フォトンセイバーだ。
「この身共と剣術勝負がしたいと申すか! 天晴!」
ほとんどヤケクソ気味にそう叫んだアケカは、長巻を振りかぶり《ジェッタⅡ》へと斬りかかる。
「ウオオッ! 畜生、やってやる!」
グリップを両手で握り、《ジェッタⅡ》はフルスロットルで突進した。両機は一瞬で交差し、次の瞬間《ジェッタⅡ》が爆発四散する。
「馬鹿野郎、特機に格闘戦を挑む奴があるか!」
罵声をとばしつつ、隊長機はブラスターライフルを《天羽々斬》へと向けた。味方が密集している中で射撃武器を使うのはやや危険だが、四の五の言っていられる状況ではない。
「牽制しつつ距離を取れ! 白兵で勝てる相手では……」
しかし、隊長がトリガーを引くよりも早く、アケカは機体の左腕を彼女の方へと向けていた。そこに取りつけられているのは、箱型のケースに収められている機関砲だ。アケカの白魚のような指がトリガーを弾くのと同時に、機関砲は猛烈な勢いで砲弾を発射し始める。
「ウワーッ⁉」
シャワーのように降り注いだ二〇ミリの特殊重徹甲弾が隊長機の装甲を打ち据える。小口径弾だけに一掃射で敵機を撃破するのは難しいが、姿勢を崩し一瞬行動不能にする程度の効果はあった。
「コトハ!」
「承知!」
遠くから放たれた光の矢が、隊長機を貫いた。コックピットを撃ち抜かれ、隊長は一瞬にして遺体も残さず蒸発する。コトハからの援護射撃だ。
「見事!」
会心の笑みを浮かべるアケカ。隊長を仕留めれば、あとの敵は烏合の衆だ。殲滅はそう難しいことではない……。
「注意! ストライカー一個小隊がそちらの宙域に猛スピードで接近している!」
しかし、そんな彼女の耳朶を善哉の緊迫した声が叩いた。一瞬にして表情を引き締め、レーダー画面を一瞥する。
「このスピード……一般機ではないな」
一瞬で状況判断を終えたアケカが、腕部機関砲を撃ち散しながら《ジェッタⅡ》隊から距離を取った。次の瞬間、遥か遠くから飛来した黄色い光条が《天羽々斬》と《ジェッタⅡ》隊の間を通り過ぎていった。
「退け、退け! ここはこの私が引き受けた! そろそろ敵の対艦攻撃が始まる頃合いだッ! 貴様らは艦隊の直掩に戻れッ!」
アケカはビームの来た方向に目をやった。そこに居たのは、毒々しい青緑色のストライカーだ。形状から見て《ジェッタⅡ》ではない。よく見れば、メイン・カメラも《ジェッタⅡ》の三眼式ではなく、虫のそれを思わせる複眼式だった。
帝国系の機体ではないな。アケカは内心そう呟いた。メイン・カメラの方式は、機体の出自を推理する上ではもっともわかりやすい部分だ。おそらく、この機体は正統帝国が自前で設計したものではなく、《天羽々斬》と同じようにどこかから輸入したシロモノだろう。
「やっと来たか、待ちかねたぞ」
十中八九、この機体は特機だ。つまり、搭乗者は指揮官である可能性が高い。指揮官一人を打ち取った際の効果は、百の雑兵を薙ぎ払うに勝るというのがアケカの持論だった。彼女は獰猛な笑みを浮かべ、毒々しい色合いのその期待をにらみつけた。