第6話 赤髪の辺境伯様は無双するようです(1)
帝国艦隊に追われる《いなば丸》とアケカ隊は、大量の石くれの浮かぶ暗礁宙域へと逃げ込んだ。この宙域はかつて岩石惑星が浮かんでいた場所なのだが、その惑星は近隣の巨大ガス惑星の重力の影響を受け無惨にも砕け散ってしまった。そうして発生した大量の石くれは一度は分散していたのだが、自己の重力により今や再集結しつつある。何億年もの時間をかけて進行する、壮大極まりない天体ショーだ。
とはいえ、もちろんそんな事情は善哉やアケカには関係のない話である。肝心なのは、この宙域には大量の岩塊が凄まじい密度で密集しているという点だった。この大量のデブリがセンサーを阻害し、天然の煙幕として機能する。身を潜める場所として、これ以上ないくらいの環境であった。
「ええい、案の定か。無駄な抵抗をしおって」
《いなば丸》を失探したという報告を聞き、正統帝国軍第一〇四任務艦隊……通称ベルケ艦隊の司令官ファウナ・ベルケ少将はほぞをかんだ。センサーの働かない暗礁宙域では、ゲリラ戦を受けるリスクが極めて高い。相手が寡兵とはいえ、油断できるものではなかった。
腕組みをしたベルケ少将は、司令官席から旗艦のブリッジを睥睨した。船長以下のクルーら(もちろん、乗員は女性ばかりだ。ヴルド人の軍隊に男性軍人はまずいない)は、冷や汗を浮かべながら自分の仕事に専念している。ベルケ少将は癇癪持ちで有名なのだ。余計なことをして自分に雷が落ちてはたまらない。
「敵のあぶり出しに時間をかけすぎますと、同盟軍の更なる援軍がやってくる可能性もあります。いかがいたしましょう、提督」
ところが、空気の読めない幕僚がそんな提言をした。新任の、まだベルケ少将のやり口をよくわかっていない参謀だった。ブリッジ・クルーの誰かが、密かにため息を漏らす。
「馬鹿め‼ それを考えるのが貴様らの仕事だろうか‼」
案の定ベルケ少将は激怒し、指揮官席から立ち上がって愚かな幕僚に掴みかかった。
「言っておくがな、引くという選択肢はないぞ。陽動作戦までして、やっとのことで同盟領の奥深くまで侵攻してきたのだ。手ぶらでは帰れん」
それに、とベルケ少将は心の中で付け加えた。《いなば丸》の救援には、同盟盟主アケカ・フォン・クスノキが郎党を率いて自ら出撃したとの噂がある。金星を上げる好機だ。
「そも、追い詰められているのは敵の方だ。同盟軍は先の第二次ニクスベルク会戦で大損害を被り、戦力回復のために東奔西走しているらしいではないか。連中にトドメを刺すためにも、新型ストライカーの受領は絶対に食い止めねばならん」
現在、同盟の主力部隊には帝国軍本隊が陽動を仕掛けている。同盟軍には、他の戦線へ戦力を抽出する余裕などないのだ。だからこそ、たかだかいち運送会社の出迎えに盟主自らが出向かねばならないような事態にもなっている。
帝国軍の狙いは、同盟の新型ストライカー受領を妨害することにあった。ベルケ少将の言う通り、戦況は既に帝国優位に傾きつつある。反抗の機会など一切与えず、そのまま押しつぶしてしまおう。それが正統帝国の作戦方針であった。
そういうわけだから、《いなば丸》の拿捕ないし撃沈は最初から帝国軍の最優先事項の一つだった。彼らは同盟領に入った時点からすでに監視をうけていたのだ。本来であればそのまま哨戒巡洋艦が《いなば丸》を拿捕する予定だったのだが……。
あり得ないことに《ヒクソス》は民間貨物船ごときの拿捕に失敗してしまった。そのため、本来であれば同盟側の増援を防ぐために後方から戦況を見守っていたベルケ少将が前線に出張ることとなったのだ。ここで《いなば丸》を仕損じるような事態になれば、帝国軍内でのベルケ少将の立場はたいへんに危ういものになってしまうだろう。
「まったく、役立たずのうすのろめ。次に余計なことを言ったらその口を縫い合わすぞ」
ベルケ少将は幕僚の襟から手を離し、彼女をドンと突き飛ばした。
「わが軍はこれより敵貨物船の捜索に入る‼ 艦載機を全機出撃させ、可及的速やかに《いなば丸》とやらを撃沈せよ!」
のろのろしていれば、同盟軍側の援軍がやってくるかもしれない。そうなると、もう予備戦力のないベルケ艦隊は一転して窮地に立たされることになるだろう。ベルケ少将は少しばかり焦っていた。
准将の指示に従い、艦隊の全艦が発艦作業を始める。ベルケ艦隊の主力を成す二隻の《メガロ級中型偵察巡洋艦》は、舷側に設置された二基の電磁カタパルトから次々とストライカーを射出していった。そのそばを固める護衛駆逐艦も、露天駐機されていたストライカーが甲板を蹴って真空の大海へと躍り出る。三眼式のメイン・カメラと揃いの赤い塗装が特徴的なその機体の名は、《ジェッタⅡ》。押しも押されぬ帝国軍の主力量産期であった。
《メガロ級》の運用可能なストライカーは、一隻当たり六機。これに加え、駆逐艦には二機のストライカーが乗せられていた。合計の機数はなんと二十機、かなりの大戦力だった。
対する同盟軍の戦力は、軽武装の民間貨物船が一隻とストライカーが九機のみ。まともにぶつかり合えば、鎧袖一触で勝負が決まるほどの戦力差である。しかし、ベルケは決して慢心する様子はなかった。
「もし、クスノキの《安綱》と遭遇したら、交戦は避けて即座に撤退しろ。あれは中身も機体も特別製だ。雑兵ではあいてにならん」
同盟軍の最高司令官アケカ・フォン・クスノキは、積極的に陣頭指揮を取る人物として有名だった。彼女の操る特機《安綱》は強力無比であり、アケカ自身の技量もあって鬼神のような活躍を見せている。おどろくことに、同盟軍のストライカー・パイロット中で最高のキルスコアを挙げているのは、御大将たるアケカ自身なのだ。容易に倒せる相手ではないことは、ベルケ少将も承知していた。
「クスノキを落とすのはこの私に任せろ。特機に対抗できるのは特機だけだ」
胸を張りながら、ベルケはそんなことを言う。なんと、彼女は自分自身がアケカに一騎討ちを仕掛ける気だった。善哉が聞けば耳を疑うであろう発言であるが、幕僚陣の中に疑問を挟む者は誰一人としていなかった。ヴルド人の軍隊には、本能レベルで指揮官先頭の伝統がしみついている。大将同士の(ベルケは少将だが)一騎討ちは、合戦の華とすらよばれているのだった。ようするに、中世期の価値観のまま宇宙に飛び出した種族がヴルド人なのだ。
「では、例の機体の準備をしておかねばなりませんね」
副官の言葉に、ベルケ少将は頷いた。アケカの武名は周辺諸国にとどろいている一方、ベルケの技量は“それなり”の域を出るものではない。それでも彼女が自信満々なのは、それなりの理由があってのことだった。
「むろんだ。地球製の新型が自分たちだけの専売特許ではないことを、同盟軍のやつばらに教え込んでやる」
ニヤリと笑いつつ、ベルケ少将は司令官席にどっかりと腰を下ろした。
ベルケの思惑はさておき、部隊の配置はごくスムーズに進んだ。もともとこの艦隊はそれなりの精鋭であり、人員の練度は高い。大小の岩塊が密集する暗礁宙域でも艦隊は整然とした隊列を維持しているし、その周囲を固めるストライカー部隊の動きも機敏だった。
その様子を見たベルケ少将は、満足げに頷く。数においても練度においても、勝っているのは帝国軍側だ。怖いのは、クスノキの駆る特機のみ。逆に言えば、クスノキさえ落としてしまえばあとは七面鳥打ちと同じこと。足が遅く自力では逃げられない《いなば丸》の始末など、片手間でもこなせる程度の仕事に違いない。
「第五、第六小隊は敵の捜索に当たれ。残りのストライカー部隊は艦隊の直掩だ」
司令官席のアームレストを指先で叩きつつ、ベルケ少将はそう命じた。先ほど詰め寄られていた例の新任幕僚が、驚いたような顔で彼女の方を見る。
「提督、このような見通しの効かない場所で戦力を分散させるのは悪手です。各個撃破のリスクが高すぎます」
「やかましいと言っただろうが! そも、各個撃破の危険性など先刻承知よ! この私が戦術の基礎教本にも書いてある程度の内容を理解しておらんとでも思ったか!」
案の定、ベルケはふたたび爆発した。こいつも懲りないな、周囲の者たちはそういう目つきで新任幕僚をチラリと見る。
「戦力の集中配置というのはなぁ、ただただ部隊をダンゴにして運用すれば良いというものではないのだ。この私が直々に手本をみせてやるから、貴様はそこで指をくわえて見ていろっ!」
言い方は乱暴であったが、確かにベルケ少将は戦力を分散させる危険性を理解していた。実のところ、彼女が捜索に出すように命じた第五、第六小隊は護衛駆逐艦から発艦してきた予備的な部隊なのだ。敵に撃破されたところで、それほど惜しくはない。
一方、巡洋艦の艦載機で編成された第二から第四までの小隊は艦隊の直掩にあてている。質的にはこちらのほうが主力であり、しかもいざという時には互いに連携しあえるように配置されていた。本命はあくまでこの四個小隊の方だ。
つまり、第五、六小隊の本当の任務は捜索などではないのだ。あくまで、敵の攻撃をあぶりだすための囮である。同盟軍が餌に食いつき攻撃を仕掛けてくれば、即座に本命を投入し一気に袋叩きにする。これがベルケ少将の作戦だった。
「敵は精鋭だ、数が少ないとはいえ油断するな。どこから仕掛けてくるのかわからんぞ」
とはいえ、そんな裏の事情は現場の人間もうすうす勘付いていた。上の言うことをなんでもかんでも真に受けていたら、強烈な縦割り社会であるヴルド人の軍隊では長生きできない。自分たちが“寄せ餌”であることを理解している第五、第六両小隊は、四方八方を警戒しながら慎重に暗礁宙域の中を進んでいく。
ストライカーの小隊は、基本的に三機編成だ。前衛役の機体が先行して露払いをし、後衛が後ろを警戒する。そして、小隊長機は目を皿のようにして四方八方に注意を向ける。とはいえ、ここは前後左右にくわえて上下までもを石ころに囲まれた暗礁宙域だ。僅か三人の目では、カバーしきれない範囲の方が多い。
そういう訳で、捜索任務はおっかなびっくりに進めるほかなかった。無線からは再々に催促が飛んでくるが、焦って動き回れば奇襲を受けるリスクが圧倒的に増えてしまう。
「クソッ、こんな場所に投入するならせめて二個小隊体制でやらせてくれよ……」
それから三十分後。岩塊の密集地帯を飛ぶ第六小隊の隊長は、冷や汗をかきながらそう言った。敵にアケカが居るかもしれない、という情報は現場には降りてきていない。しかし、国運をかけた新型機の受領任務に雑兵部隊などを投入する道理はない。敵が相当に手強い相手であることは、小隊長も察しがついていた。
「上が無茶ぶりしてくるなんて、いつものことじゃあないですか」
そう答えるのは、後衛機に乗った古参下士官だった。十年以上軍で飯を食べてきた彼女にとっては、この程度の理不尽などは日常茶飯事だ。
「つっても、小間使いみたいな仕事ばかりやらされるんじゃやる気もでないッスね。この任務で手柄を挙げて、もっといい船に配置してもらえるんじゃないッスか」
先行している前衛機からも、そんな通信が入った。こちらのパイロットは、半年前に軍に入ったばかりの新兵だった。それができれば苦労はないよと、小隊長はため息を吐く。
「ま、確かにそうかもな。せいぜい頑張って、任務をこなすとするかね……」
そう言って小隊長が肩をすくめた瞬間だった。彼女らの頭上にある小さな岩塊の近くで、ピンクの光が瞬いた。次の瞬間、後衛機が爆発四散する。ビームによる攻撃を受けたのだ。
「……ッチ! こちら第六小隊! 敵からの攻撃を受けた!」
一瞬にして状況を察した小隊長は、無線に向けてそう怒鳴りつけた。そして、機体をターンさせてビームが飛んできた方に体を向け、左腕に装備されている大型のシールドを構えて防御を固める。
「新人、お前は後ろを警戒しろ! 今のは陽動かもしれない!」
「は、はいっ!」
突然の同僚の死に一瞬呆けていた新兵だったが、小隊長の声にハッとなって操縦桿を押し込んだ。構えたショートマシンガンの砲口を四方八方に向けつつ、小隊長機の真後ろにつく。背中合わせの姿勢だった。
「ストライカーのライフルにしちゃあ太いビームだったな。キャノンなりメガライフルなりを装備した機体が敵にいるかもしれん。遠距離攻撃に注意を……」
小隊長が言葉を終えるより早く、彼女らの近場にあった岩塊の後ろから朱色の影が飛び出してきた。それは猛烈な噴射縁を背負いながら、あり得ないスピードで二機の《ジェッタⅡ》へと肉薄する。
「ヒッ⁉」
かすれた悲鳴を上げた新兵が、反射的に操縦桿のトリガーを引いた。ショートマシンガンが火を噴き、三〇ミリの機関砲弾がすさまじい勢いで吐き出される。
ほとんどパニックめいた攻撃であったが、それでも弾幕には違いない。回避運動に入ったところを狙い撃ってやると、小隊長はライフルを構えた。
「甘いな」
だが、朱色の機体……《天羽々斬》を駆るアケカは、その程度の攻撃で怯むような人間ではなかった。彼女は回避運動など一切せず、真っすぐに弾幕の中へと突っ込んだ。数発の砲弾が《天羽々斬》に襲い掛かったが、アケカはそれを肩のシールドで巧みに防ぐ。
「なんだ、あの機体⁉ データベースにないぞ……?」
顔を引きつらせつつも、小隊長はライフルを発砲した。しかし、アケカはこれもまた肩部シールドではじき返す。そしてそのまま弾丸めいた加速を続け、新兵の《ジェッタⅡ》へと肉薄。そのまま、腰の太刀へと左手を添えた。次の瞬間、紫色のスパークが瞬くと同時に刀身が凄まじい勢いで射出された。
「ウワーッ⁉」
太刀により機体を一刀両断され、新兵は断末魔の悲鳴を上げた。それに一瞬遅れて、二つに別たれた《ジェッタⅡ》が爆発する。四散したパーツが隊長機の装甲を叩き、不気味な音を立てた。
「電磁抜刀、悪くない装備であるな」
アケカはニヤリと笑い、機体を宙返りさせた。そのままスラスターを全開にし、機体を制動する。猛烈な減速Gがアケカの身体を襲ったが、彼女は表情を崩すことすらなかった。ヴルド人の中でもとくに強靭な肉体をもつアケカにとっては、この程度のGなどどうということはないのである。
「特機! 敵は朱色の特機だ! 今すぐ援護を寄越してくれ、このままじゃ全滅だッ!」
叫び声をあげつつ、隊長はライフルを乱射した。部下二名が一瞬にしてやられてしまったのだ。《天羽々斬》が自分だけで倒せるような相手ではないことは、すでに察しがついている。
「その程度では」
憐憫めいた表情を浮かべつつ、アケカは機体をクルリと旋回させた。小隊長の放ったビームはギリギリのところで回避され、虚空へと消えていく。
「相手が雑兵ではな、試し斬りにもならんか」
軽く息を吐きつつ、アケカはトリガーを引いた。《天羽々斬》が右手に装備した大型の光粒子砲、メガブラスターライフルが極太のビームを吐き出す。その一撃は構えていたシールドごと小隊長機を貫き、あっという間に爆発四散させた。
「さて、先鋒は潰したが。敵はどう出てくるかな……」
そう呟くアケカの顔は、ひどくつまらなそうなものだった。