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第5話 赤髪の辺境伯様は新型機を受領したようです

 急速接近する新手の帝国部隊に対し、如月運送が取りえる対抗策はそう多くはなかった。なにしろ《いなば丸》は軽武装の民間船でしかなく、真正面からの艦対艦戦闘を仕掛けるのはまったくの無謀である。おまけに船足の面でも《いなば丸》は低速の部類であり、快足を持って鳴らす巡洋艦・駆逐艦が相手では遁走すらままならない。

 こうなれば、リンティア同盟軍の寄越した救援部隊を活用するほかない。善哉はそう判断したのだが、その要請を受けたリンティア同盟軍盟主アケカは突然酔狂なことを言い始めた。《いなば丸》が運搬中の新型機、《天羽々斬(アメノハバキリ)》に乗りたいと言い出したのだ。慣熟訓練もせずにいきなり新型機を実戦投入するなど、無茶の極み。しかし、自信満々のアケカに感心した善哉は、あえてその申し出を受けることにした。彼もまた、随分と酔狂な性格の持ち主だったのである。


 善哉の命令により、《いなば丸》の貨物デッキでは新型ストライカー《天羽々斬(アメノハバキリ)》の出撃準備が急ピッチで進められた。敵艦隊はこちらにむけて全力で接近中であり、猶予はそれほどない。だが、如月運送の社員の大半は元軍人だった。この手の作業はまさに昔取った杵柄であり、緊急時であっても彼ら、彼女らの手際は目を見張るほど迅速だ。

 厳重に梱包されていた装甲コンテナの一つが開封され、内部に収まっていた《天羽々斬(アメノハバキリ)》が露わになる。特機、すなわち特注品のワンオフ機であるこの機体は、なるほど王侯貴族が搭乗するにふさわしい風格を備えていた。

 まず目につくのは、頭部に取り付けられた大きなツノ飾り。農具の(すき)を意匠化したような金色のツノは、武将の兜に取りつけられていた鍬形(くわがた)のカタチをそのまま忠実に再現している。全身を覆う重厚かつ複雑な形状の装甲は落ち着いた色合いの朱色で塗られ、これまた戦国期の赤備えを思わせる雰囲気を漂わせていた。肩には大袖を思わせる装甲板までついているのだから、なんとも徹底している。

 身長十二メートルの機械仕掛けの武将、そうとしか表現できない威容だ。宇宙戦争時代の兵器としてはいささか復古調に過ぎる外観だが、その周囲で働く《いなば丸》のクルーらはそんなことなど一切気にせず無心で作業を進めていた。


「これが《天羽々斬(アメノハバキリ)》か、良いではないか。注文通りのデザインだ」


 その様子を見たアケカが、なんとも満足そうになんども頷く。そして、自分が乗ってきた方の機体をチラリと見て、それからまた《天羽々斬(アメノハバキリ)》に視線を戻した。

 どちらとも、甲冑姿の武将を思わせるデザインの機体だ。それもそのはず、《天羽々斬(アメノハバキリ)》のデザインはアケカが直々に発注したものなのだ。特機は基本的に王侯貴族の専用機として建造される特殊兵器で、ハッタリを効かせるために特異な外観を採用している場合も多い。戦国武将が派手な甲冑を愛用したのと同じ理屈が働いているのだ。

「お褒め頂きありがとうございます。しかし、肝心なのは中身です。性能の方は、注文通りどころか百二十パーセントの完成度と自負しております」

 そういって胸を張るのは、若い女性技術者だった。ほかのデッキ・クルーと違い、胸元に“カワシマ・アイアンワークス”と刺繍された作業着を着ている。彼女は如月運送の社員ではなく、この《天羽々斬(アメノハバキリ)》を建造した兵器メーカー、カワシマ・アイアンワークスからの出向者なのだ。


「タイプとしては、典型的な重装強襲機。重武装高火力の機体を高推力スラスターでカッ飛ばすテクニカルなコンセプトのもと設計されました。しかし、本機には新開発の慣性制御装置が搭載されておりまして、従来の最高速度ばかりを重視した直線番長とは一線を画す運動性が……」


「説明はいらぬ。そのようなことを百回聞くよりも、実際に一回乗ってみる方がはるかに手早いゆえな」


「は、はあ……では、こちらのパイロット用マニュアルを……」


 説明を途中でぶつ切りにされた技術者は、不満顔で小さなタブレット端末を差し出した。しかしアケカは、これもまた首を左右に振って拒否する。


「不要だ。身共は百四十字以上の文字列を見ると頭がクラクラしてくるのだ」


「ンンンンン」


 たいへんに不満そうな技術者の顔に、アケカは悪戯っぽく笑った。そしてデッキを蹴り、《天羽々斬(アメノハバキリ)》の足元へと駆け寄る。


「百聞は一見に如かず、身共の座右の銘である。カワシマ社の新型とやらの手並み、実戦で確かめさせてもらおう」


 そういうが早いか、アケカは《天羽々斬(アメノハバキリ)》の足をよじ登りはじめた。降りてきたときと同じく、乗降用のワイヤーは使わない。艦内は人工重力により一G環境に保たれているため、命綱なしのフリークライミングは大変に危険だ。周囲のクルーからは驚きと不安の声が上がる。

 だが、当の本人はまったく気にする様子などない。あっという間に《天羽々斬(アメノハバキリ)》の胸部にたどり着き、そこに据えられたコックピット・ハッチから内部へと飛び込んだ。登り始めからここまで、十秒とかかっていない。彼女にとっては、わざわざ乗降用ワイヤーなどを使うよりもこうやって人力で登ったほうがよほど手っ取り早いのだ。


「操縦インターフェースは……流石に安綱(ヤスツナ)とはいささか違うな。だが、基本は似たようなものだ」


 操縦席に腰を下ろし、コックピット内を見回しながらアケカが言った。《天羽々斬(アメノハバキリ)》のコックピットは前後左右、そして真上を大型の液晶パネルに囲まれている。しかし今はそれらのディスプレイはすべて消灯しており、光っているのはシートの前に設置されたサブモニターだけだった。

 小さく息を吐き、アケカは二本の操縦桿を左右の手で握った。そして、足元の二つのフットペダルにも足を乗せる。ツースティック・ツーペダル。ストライカーの操縦システムとしてはごく標準的な仕様だ。


「《いなば丸》の諸君。そろそろ、始動しても良いだろうか」


「いつでもいけます、マム!」


 開けっ放しのハッチの向こうから、頼もしい声が聞こえた。アケカはニヤリと笑い、コンソールのタッチパネルを操作した。


『これより機体の起動シーケンスを開始します。システムチェック開始』


 スピーカーから電子音声が流れる。妙に艶っぽい雰囲気の、少年タイプの音声だ。


「いらぬサービスを」


 苦笑するアケカ。ヴルド人は男女の人口比が極端に女性側に偏った種族だ。もちろん、軍役に就くのも女性ばかり。そのため、兵器のガイド音声なども女性受けを最優先にしたものが採用されていることが多い。


「緊急時ゆえ、チェックは最低限で良い。とにかく早く動けるようにせよ」


『了解。チェック・モードをスクランブルに切り替えます。起動手順をB‐〇一からF‐三〇まで省略』


 まったくの新兵器を略式手順で起動させるのはやや不安だったが、こうしている間にも敵は接近している。少しばかり賭けになるかな、などと思いながら、アケカは機体のAIに指示を出した。


『……システム、オールグリーン。I‐conを接続します。相転移タービンの始動開始』


 ちょっと呆れた様子のアケカをしり目に、機体の起動シーケンスは順調に進んでいった。タービンから発する高音が周囲一帯に響き始める。

 タービンといっても、もちろん蒸気タービンでもなければガスタービンでもない。ストライカーのエンジンには、相転移タービンという特殊なエンジンが採用されている。これは一種の無限機関で、亜空間と通常空間のエネルギー差を生かして羽根車を回す装置だ。

 そしてこのエンジンは単なる発電装置などではなかった。むしろその本性は超光速ドライブであり、この装置の発明こそが宇宙大航海時代の契機となったといっても過言ではない。


「ゼロポイントゲートを確立。出力、安定しました。起動シーケンス完了。これより、機体コントロールをパイロットへと移譲します。ご武運を」


 電子音声が機体の出撃準備が整ったことを告げた。アケカは視線を下へと向ける。《天羽々斬(アメノハバキリ)》の足元からは、デッキ・クルーが蜘蛛の子を散らすように退避しつつあった。これならば、一歩前に踏み出しても誰かを潰してしまうようなことはあるまい。


「《天羽々斬(アメノハバキリ)》よ、身共は戦場で男の声を聴くのは好かぬ。音声タイプを女声に変更せよ」


『承知いたしました』


 機体に搭載されている対話型AIが、即座にアケカの要望を取り入れる。電子音声が、艶っぽい少年ボイスから無味乾燥な女性ボイスへと変更された。


「ん、たすかる。……この機体の固定武装を教えてくれ」


『頭部に一二・七ミリ連装機関銃が一基、両腕部に二〇ミリ機関砲がそれぞれ一門。胸部にフォトンセイバーが二基装備されています』


「ふむ、地球系の機体には初めて乗るが……やはり旧帝国系の安綱(ヤスツナ)とはずいぶんと構成が違うな」


 サブモニターを指先でぽんぽんと叩きつつ思案するアケカ。ちなみに、安綱(ヤスツナ)とは彼女の乗ってきた武将型のストライカーのことだ。


「こちらデッキ班、武装の用意ができました。いつでもどうぞ」


 ヘッドセットからそんな声が聞こえてくる。デッキ・クルーからの無線が飛んできたのだ。


「ん、あい分かった」


 アケカは頷き、左右の操縦桿を優しく撫でた。そしてそれをぐっと掴み、《天羽々斬(アメノハバキリ)》を一歩前進させる。大型コンテナの外へ出てみると、そこではやや小型のコンテナの開封が終わったところだった。軽金属製のその箱の中には、ストライカー用の武装が大量に収められている。


「支度はこのコトハに任せを」


 そんな言葉と共に、後ろで控えていた足軽めいたストライカー、《甲鉄乙式(コウテツおつしき)》のうちの一機が寄ってきた。同盟軍の主力量産機の一機種、《甲鉄(コウテツ)》を精兵向けにアップグレードした上位機種だ。アケカはそれに当然のような顔をして頷く。


「ん、任せた」


 いささか端的にすぎる返事であったが、コトハと呼ばれた《甲鉄乙式》のパイロットはすぐさま武装コンテナに駆け寄り、迷うことなくいくつかの武装を取り出す。アケカが無言で機体の両手をあげさせると、《甲鉄乙式》は慣れた手つきで選び出した武装を《天羽々斬(アメノハバキリ)》に装備させていく。背中に長巻、腰に太刀、そして右手に大型の小銃型ビーム砲、メガブラスターライフルというセットだった。


「すげえ、兵装の装着まで人にやらせるのか」


「これがヴルド人の貴族ってやつか。いやはや、すごいな……」


 それを見ていたデッキ・クルーらが、ひそひそ声でそんなことを囁き合う。彼らがもともと所属していた地球軍では、この手の作業はパイロット本人がやるのが普通だった。人にやらせようとすれば、傲慢のそしりは避けられないだろう。


「お待たせしました、上様」


「うむ、ご苦労」


 そうこうしているうちに、いよいよ出撃準備が整った。アケカは周囲を見回し、デッキ・クルーの退避が終わっていることを確認する。すでに彼らは、スラスターの噴射炎の影響を受けない場所まで下がっていた。これならば、安全に発艦することができるだろう。


「軍人上がりばかりの運送屋、という話は本当だったみたいね。話が早くて助かるな。……でも、男がこうも多いと少しばかり困っちゃうな」


 ボソリと呟くアケカ。いつもの古めかしい言葉遣いではない、ラフな口調だった。


「何かおっしゃいましたか、上様」


「いや、なにも」


 しまった、という顔をして、アケカはヘッドセットのスイッチを弄った。独り言を部下に聞かれるのはよろしくない。主君としてふさわしい態度を取り続けるのも、なかなか楽ではないのだ。


「そろそろ出陣と行こう。《いなば丸》の諸君、迅速な仕事ぶりを感謝する。この船は我らが全力を挙げて守るゆえ、安心せよ」


 マイクのスイッチを機外スピーカーに切り替え、デッキ・クルーへの感謝を伝える。そして、アケカは傍に控える二機の《甲鉄乙式》に視線を送った。


「ものども、ゆくぞ!」


 そう言うなり、アケカはスラスターを吹かしてテイクオフした。開けっ放しになっている貨物ハッチから艦外へと飛び出す。それと同時に機体にかかっていた人工重力が消え失せ、挙動がふわりと軽くなる。続いて、《いなば丸》の周囲を繭のように覆ったエア・フィールド(これが無いとハッチ解放時に艦内の空気が吸い出されてしまう)の膜も突破した。重力、そして空気抵抗が突然に消え失せても、《天羽々斬(アメノハバキリ)》が姿勢を崩すことはない。搭載された優れたオートバランサーのおかげだった。

 ハッチから出てきたアケカらを、六機の《甲鉄乙式》が出迎える。《いなば丸》の直掩を任せていたアケカの部下たちだ。これに加え、アケカ直卒の二機と《天羽々斬(アメノハバキリ)》の合計九機が、いまのアケカの手元にある全戦力だった。

 対する敵は中型巡洋艦二隻とその護衛艦からなる部隊だ。艦隊としての規模はあまり大きくないが、それでも九機のストライカーで攻撃を仕掛けるのは少々無茶だろう。通常であれば撤退なり潜伏なりを選択するべき状況だった。


「《いなば丸》は暗礁宙域に隠れておれ。敵部隊は我々が何とかする」


 断定的な口調でアケカはそう言った。しょせんは貨物船でしかない《いなば丸》を戦列に加えるなどという選択肢はない。図体が大きく船足も遅いこの船では、敵に遭遇したとたんに撃沈されてしまう恐れもあった。


「流石にこの戦力差では、護衛の機体をそちらに回す余裕はない。王手が即座に詰みとなる盤面ぞ。敵に見つからぬよう、細心の注意を払うのだ」


「この船の砲力では支援射撃もままなりませんからね。まあ、大人しくしておきますよ」


 無線から返ってきた声は、通信オペレーターではなく善哉の声だった。これでは電子音声を変えた意味がないなと、アケカは密かに苦笑する。


「良い判断だ」


 そう応えつつ、アケカはコンソールを操作して敵の位置を確認する。どうやら、帝国艦隊は亜光速航法でこちらに急迫しているようだ。このままでは、ニ十分もしないうちに接敵してしまうだろう。


「ユキ、策はあるか」


 頭の中で一応の迎撃作戦を組み立てつつも、アケカは部下に献策を求めた。


「開けた場所で艦隊と撃ちあうのは下策です。ここは我らも暗礁宙域に潜み、奇襲を持って戦端を開くべきかと」


「ふむ……」


 やはり正面突破は駄目か。アケカは小さく唸った。彼女は結構な脳筋で、思いつく作戦は力押しのものばかりだった。だが、脳筋とはいってもいくさが力押しばかりで勝てるほど甘いものではないことは理解できている。こういう時は、部下の忠言に耳を傾けるべきだろう。


「あい分かった、その策で行こう」


 《いなば丸》をちらりと振り返ってから、アケカは大きく息を吸い込んだ。状況はあまり良くない。しかし、負けるわけにはいかなかった。


「皆の衆、あの船には少なからず男が乗っておる。男を守るために戦うは、女の本望ぞ。敵は一機たりとも逃すべからず!総員、奮励努力せよ!」


「応ッ!」


 無線から返ってきた頼もしい声に、アケカは満足そうに頷いた。


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