第4話 赤髪の辺境伯様は追放参謀にお話があるようです(2)
アケカらをブリッジに案内した善哉は、仮設のテーブルと椅子を引っ張り出してきて彼女らを紅茶でもてなした。艦内は常に人工重力で一G環境に保たれているから、設備面ではたいへんに融通が利く。
もっとも、室内の空気は暢気な茶会とは程遠い剣呑なものであった。リンティア同盟の軍人たちは、如月運送が地球軍のダミー企業なのではないかと疑っているのだ。なにしろ、たんなる運送業者が正規の戦闘部隊を単独で壊滅させてしまったわけだから、彼女らが疑念を抱くのも当然の話だった。
「えー、その……なんといいますか、確かに我々は普通の商船クルーではありません」
湯気の上がるカップを弄りながら、善哉は開口一番にそう言った。安物のカップ、安物の合成紅茶。王侯貴族に出すにはあまりにもチャチな代物だが、これしかないのだから仕方がない。
「大半のものが、地球軍の宇宙艦隊で勤務しておりました。もっとも、軍に籍を残している者は誰一人おりませんが」
「なるほど、やはりか」
予想通りというような様子で、腕組みをしたアケカが頷く。貨物船で果敢に戦闘艦に挑みかかった《いなば丸》のクルーらが、ただの一般人であるはずがないのだ。
「籍を残していない、というのは書類上の話でしょうか。貴女を含め、退役するには早すぎる年齢の方が多いようですが」
ブリッジには艦の幹部陣の大半が揃っているが、その半数は二十代と思える若者たちだった。兵ならともかく、士官が二十代で退役するのは大変に珍しい。ましてや、それが集団ともなれば、何か普通ではないことが起きていると判断せざるを得なかった。
「書類上も実務上も、きれいさっぱり地球軍とは縁を切ってますよ。……なにしろ、自分らはみな不名誉除隊を申し付けられた身ですんでね」
そう答える善哉の声はいささかささくれていた。不名誉除隊というのは、何かの重大事件を起こしたり、よほどの職務怠慢をしていた者を軍が追放するときに取る処置だ。いささかショッキングなキーワードであり、アケカとユキは揃ってピクリと頬を振るわせる。
「調べりゃわかる事なんでね、洗いざらい喋っちまいますが……一年半ほど前、地球軍でシリウス事件と呼ばれる不祥事が起きました。海賊討伐のために出撃した分艦隊が、海賊共の反撃を受け壊乱したんです」
「……」
「正規軍が海賊風情に負けたわけですから、当然ながら参謀本部はお冠。敗残兵どもに首狩りの嵐が降り注ぎました。そういう訳で、自分らは一斉に職を追われたわけですが……軍を追いだされた連中が、マトモな職に就けるはずもありません。それでもおまんまは食わねばならぬわけで、仕方なくみなで始めた会社がこの如月運送です」
「……なるほど」
そう答えるユキの額には冷や汗が浮かんでいた。凍った湖面のような印象を受ける少女だが、意外と簡単に動揺するんだな。善哉は内心そんなやくたいのない事を考えていた。
「解せんな。軽武装の貨物船で、巡洋艦を軽々と沈めて見せたのが諸君らだ。そのようなつわものが、なぜ海賊ごときに後れを取ったのだ」
そこへ、アケカからの指摘が入る。この時代、宇宙海賊は銀河全体の社会問題と化していた。しかし、とはいえ所詮海賊は海賊、装備でも練度でも正規軍に勝るほどの者はそうそういない。
「自分など、しょせんは下っ端のいち参謀に過ぎませんので。直属の乗艦たる司令官閣下が致命的な阿呆ではどうしようもありません。あの戦場で自分が出来たことと言えば、上官の不興を買うような提案をいくつか述べた程度で」
「それがなぜ不名誉除隊という話に……」
「敗戦の責任を取るものが必要だったんですよ。……ところが、本来詰め腹を切るべき分艦隊司令閣下は、軍と癒着している軍需企業の縁者でしてね」
そう語る善哉の表情には、驚くほど苦いものが浮かんでいる。
「そいつに責任を負わせるわけにはいかないってんで、後ろ盾のない自分に貧乏くじが回ってきました。まあ、自分はもともと、くだんの軍需企業派閥からは睨まれていましたからね。責任を押し付けつつ目障りな者を消す、一石二鳥の効率的な采配だ」
そこまで言って、善哉はハッとなった。自分たちの立場を説明するだけならば、こんなところまで語る必要はない。安い味のする紅茶を啜り、気を落ち着ける。
「失礼、つい愚痴が出ました。忘れてください」
「ううむ……」
彼の言葉に応えることもなく、アケカは大きな声で唸った。そしてユキの方をちらりと見ると、彼女はちいさくうなづいてみせる。
「なるほど。そのような事情であったか。余計な疑いをかけたことを、謝罪しよう。……まったく、地球軍も存外に愚かだな。貴殿らのような本物の勇士を、みすみす手放すとは」
お世辞にしても、嬉しい言葉だ。善哉の頬が緩む。
「しかし、地球では男も軍役に就くという話は本当だったのか。正直、かなり驚いている。このブリッジなど、女より男の方が多いくらいではないか」
暗くなった雰囲気を払しょくするように、アケカは朗らかな声でいった。どうやら、これで追及は収量らしい。ほっとした善哉は、彼女に微笑み返す。
「ええ、まあ。地球はそういう文化です。ヴルド人は、そうではないのですね」
「うむ。我らは十人に一人しか男児が生まれぬ種族ゆえな。男は守るべき貴重な存在よ。いくさ場に出すなど、論外だと思っておる」
外見的な違いはなくとも、文化には随分と差異があるものだ。そう思いながら、善哉は苦笑した。突然の話題転換だが、これはアケカが気を利かせてくれたのだろう。
なにしろ、先ほどの話題は古傷をえぐるような内容だった。必要な情報交換が終わったら、さっさと軽い話題に切り替えた方がよい。そう配慮してくれたのだ。外見や口調に似合わず、なかなか細やかな心遣いが出来る人のようだ。
ところが、そんな彼女の気遣いは無駄に終わった。突然、ブリッジ内に警報音が鳴り響いたのだ。緩みかけていた雰囲気が一気に緊迫し、クルーらは慌てて自分の職分へと戻る。
「超光速航法解除を感知! 反応から見て、出現したのは中型巡洋艦二隻、護衛駆逐艦四隻と推定されます」
対空監視オペレーターが張り詰めた声で報告した。善哉と藤波の表情に緊張が走る。艦隊を組んだ相手だ。これが敵ならば大事になる。《ヒクソス》をなんとか倒せたのは、この艦が単独で行動していたからだ。護衛艦がいるようでは、同じ手は絶対に通用しない。
「そのう、一つお聞きしたいんスけど……この部隊って、もちろんそちら様の友軍ッスよね」
ふざけんじゃねえよ。そう言いたげな表情になりつつ、藤波が口を開いた。だが、対するアケカはその白い肌に冷や汗を垂らしながら首を左右に振るばかりだ。
「すまぬ、敵だ」
「おお……おお……」
藤波が頭を押さえてもだえ苦しむ。善哉は無言でポケットから電子タバコを取り出し、強烈なミント味の蒸気を吸入した。お客人、それもかなりのお偉方の前だ。さすがの善哉も喫煙は遠慮していたのだが、こんな事態になれば流石にその自制心も緩む。
「参ったな……わが軍の哨戒網は何をやっておるのだ……」
本当だよ、善哉は内心で何度も頷いた。これほど敵がポンポンと出てくるような星系を、自軍の勢力圏内と呼ぶのは無理があるのではなかろうか。
「敵だってんなら、対処が必要ですが……流石にこの数となるといささか厄介ですね。戦力比が厳しすぎる」
電子タバコをふかしつつ、善哉はメイン・スクリーンに表示された敵の情報を指し示した。
「ストライカーだけならタップリ抱えていますが、ウチにゃあパイロットはおりませんからね。文字通りたんなるお荷物ですよ。まあ、パイロットが居たところで……という感じですが。何しろ我々は地球人ですので」
「白兵やストライカー戦においては、ヴルド人に対抗できる地球人なんてごく一部ッスからね。身体スペックが違いすぎるッス」
善哉の言葉に、藤波が同調した。外見上はそれほど違いのない地球人とヴルド人ではあるが、それはあくまで見た目だけだ。ヴルド人の女性は、地球人とは比べ物にならないほど強靭な肉体を持っているのだ。地球人が彼女らに対抗しようと思えば、全身を機械に置換した重サイボーグになる以外の選択肢はない。
そして、ストライカーは基本的に高機動戦を旨とする兵器だ。白兵戦と同様に、ストライカーの扱いでも地球人はヴルド人の風下に立たざるを得ない。なにしろ、地球人が血を吐くような無茶な機動をしても、ヴルド人連中はピンピンしているのだ。この差を埋めるのは容易なことではなかった。
「うむ、むろん貴殿らを矢面に立たせる気はない。客人を危険にさらすのは貴族の恥である。これ以上恥を上塗りすれば、身共は同盟盟主の座からは追われてしまうであろう」
腕組みをしながら、アケカは二人の視線を正面から受け止めた。いつのまにか、冷や汗も引っ込んでいる。
「此度のいくさは身共とその手勢に任せよ。あの程度の軍勢など、軽く叩きのめしてくれる」
「たった九機のストライカーで、あの規模の戦隊と正面からぶつかりおつもりですか」
善哉が眉を跳ね上げた。ストライカーは現代戦においては花形の兵器だが、戦闘艦を一方的に駆逐できるような優位性はない。むしろ、遮蔽物のない宇宙空間では軍艦の砲力がモノを言う場合も多かった。
「凡百の乗る九機であれば、まあ不可能であろうよ。しかし、この九機を操るのは百戦錬磨の勇士ども、そしてこの身共である。敗北など万に一つもないと知れ」
「左様で……」
信用できねぇなぁ……というのが、善哉の本音であった。しかし彼は、敵を前にして無意味に時間を浪費する愚を知っていた。あれこれ嘆く暇があったら、少しでも勝率を上げるための努力をするべきだ。それが彼の信条であった。
「では、作戦は撤退ではなく反撃ということでよろしいので? まあ、《いなば丸》の船足では巡洋艦を撒くのはムリですからね。何はともあれ、相手を足止めせねば話は始まらんのですが」
「むろんだ」
端的な口調でそう言って、アケカは頷いた。
「逃げる、戦うの二択であれば、後者を選ぶのが身共の趣味である」
「そりゃ、おれも同感ですね」
善哉がへへへと笑った。尻尾を撒いて逃げるくらいなら、相手の喉元に噛みついてから死ぬ。彼はそういう選択を好む人間だった。そうでなければ、軽武装の民間貨物船で哨戒巡洋艦に襲い掛かったりはしない。
「社長兼船長がそうおっしゃるのであれば、こっちは従うまでッスけどね……ウチは軍事会社じゃないしこの船は戦闘艦じゃないってのは忘れないでほしいッスよ……」
ボヤく藤波だが、善哉はそんな彼女を見てもニヤニヤと笑うばかり。鉄火場を前にして、すっかり気分が軍人時代に戻ってしまっているようだった。やはり、この男は単なる民間運送会社の社長などに落ち着けるような人間ではない。内心そう吐き捨てた藤波は、無言で首を左右に振った。
「策はありますか? いや、この《いなば丸》は戦列に加われるような船ではありませんがね。お邪魔にならないようにはしておきたいのですが」
「策?」
アケカはニヤリと笑った。肉食獣のそれを思わせる、たいへんに獰猛な笑みだ。
「正面から吶喊し、薙ぎ払う。ただそれだけよ」
「……」
楽しげな表情だった善哉の顔が、いきなり苦虫をダース単位でかみつぶしたようなものに変わった。アケカがどういう人間であるのか、察しがついてしまったのだ。
「そうだ、ゼンザイ(・・・・)船長」
それを見て、アケカは口角を引き上げた。そしてそんな彼に呆れたような目を向けている藤波へと視線を移し、また善哉の方へと目を戻す。
「ゼンヤです。ゼンザイは餡子の入った甘いスープです」
「知っておる。ゼンザイ、シルコは身共の大好物だ。……で、ゼンザイ船長。この船には、身共が身共のためにしつらえ、カワシマ社に発注した新型特機、天羽々斬が搭載されておる。そうだな?」
「アッハイ、乗ってます。……エッ、そんなの聞いてどうするつもりですか。まさか、今ここで寄越せとか言う気じゃありませんよね?」
「そのまさかよ」
アケカはにやにやしながら答えた。善哉の反応を楽しんでいる様子だった。
「中型巡が二隻。試し斬りにはちょうど良い相手よ。身共が新たなる剣がどれほどのものか、せっかくの機会ゆえ試してみよう」
「ならし運転もなしに、いきなり新型機で実戦に出ようって言うんですか⁉」
本物のアホを見るような目つきで、善哉はアケカを睨みつけた。彼はストライカー畑の人間ではないが、腐っても元軍人……それも士官だ。当然ながら、ストライカーに関する基本的な知識は持ち合わせている。
新型機を受領したストライカーのパイロットは、実戦任務に就く前に慣熟訓練を何十時間も行うのが普通だった。なにしろこの兵器は、操縦にブレイン・マシン・インターフェースを用いた半思考制御方式が採用されているのだ。
このシステムはうまく使いこなせば本当の意味での人機一体を実現するが、わずかな違和感でも露骨に操縦に影響するというデメリットも存在する。ならしも無しにいきなり実戦に出るような真似は、はっきり言って無謀の極みだった。
「なあに、ストライカーの操縦などというものは、どの機体でも大した違いなどないものだ。それよりも、せっかく高いカネをだして地球から機体を取り寄せたのだからな。期待通りの働きが出来るのか、早く確かめておきたいのだ」
「そんなムチャクチャな……」
何を言ってんだ、この人は。そう言いたげな様子で、善哉は藤波に目を向けた。しかし、彼女はボソリと「先輩も大概ッスよ」と言い返す。むぎぎと唸ってから、善哉は電子タバコの蒸気を肺一杯に吸い込んだ。
「あー、ハイハイ。依頼主がそうおっしゃるのなら、たんなる運送屋としては文句はつけられませんわな。しかし、やるからには勝ってくださいよ。万一のことがあったら、バケて出て末代まで祟りますからね。おれはこんなところで死にたくはないんです」
「うむ、許す。もしも身共が敗北し、この船が沈められるような事態になれば……バケようが祟ろうが好きにするが良いさ」
アケカはその豊満な胸を張り、わっはっはと哄笑を上げた。こいつは相当の大物かもしくは相当のドアホだな。善哉はそんなことを思いながら小さくため息を吐き、もう一度電子タバコを吸った。
「そこまでおっしゃるのでしたら、もはや何も言いますまい。我々の命はクスノキ様にお預けします。どうぞ存分にお暴れください」
「任せよ」
短くそう応え、アケカはドンとその豊満な胸を叩いて見せた。