第31話 追放参謀は強攻を始めるようです
「衛星砲台A、B、制圧完了しました! 現在、前衛部隊がC、Dに対して攻撃中です」
旗艦《北溟》でその報告を聞いた善哉は、少しばかり驚いて目を見開いた。予想よりも随分と味方の進撃が早い。敵が思った以上に情けない連中だったのか……いや、これはむしろアケカの奮戦あってのことだろう。槍の穂先は鋭ければ鋭いほどいい。同盟随一のトップ・エースでもあるアケカが先頭に立てば、生半可な防御線など一瞬で貫通できるという事か。
「流石はクスノキ様! それじゃあ、こっちも仕事を始めるとしますか……」
そこまで言ってから、善哉は電子タバコを口に含んだ。強烈なミント蒸気を肺腑一杯に吸い込んで脳細胞をクリアにし、それを吐き出してから再び口を開く。
「全艦進撃開始! これより敵要塞表面に強襲揚陸を敢行する!」
艦隊が一斉に前進を開始した。その陣頭に立つのは、善哉も乗艦する《北溟》を含んだ龍泉級戦艦五隻。戦艦の火力と装甲は、要塞攻略に不可欠の存在だ。被弾を恐れて後ろに引っ込んで居たら、勝てる戦も勝てなくなる。
「敵第一防衛ライン上でストライカー隊と合流する。クスノキ様に衛星砲台への攻撃をいったん中断するよう連絡してくれ」
「了解」
砲台四基の火力を一斉に浴びれば、クスノキ艦隊の誇る戦艦部隊と言えどタダでは済まない。しかし、現在稼働している砲台は二基のみで、しかもそれらもそれなりの損傷を被っていることだろう。この状態であれば、少しばかり力攻めをしても大丈夫だ。
アケカ率いるストライカー隊が開けた敵防御線の破孔にむけ、クスノキ艦隊は一斉突撃を開始した。《北溟》の五一センチ三連装砲三基九門が同時に吠え、密集隊形を取っていた《ジェッタⅡ》三機を同時に葬る。
「くそっ、艦隊まで来やがったか! 対艦部隊、早く来てくれ!」
後段に控えていた対艦装備の《ジェッタⅡ》が、慌てて火消しにやってくる。バズーカめいた対艦ガンランチャーを背負ったその姿は、地上の対戦車歩兵をそのまま身長十二メートルに拡大しただけのようにも見える。
「方位三十度、俯角十五度、敵ストライカー群アルファ接近。機数二十四距離十万」
「目標アルファ群。対空砲、射程に入り次第打ち方はじめ」
ごく冷静な口調で艦長アリガ大佐がそう命令した。《北溟》は就役したばかりの新造艦であり、その乗員は新兵と元《いなば丸》のクルーで構成された寄り合い所帯だった。そんな状態で実戦を行うのはいささか不安もあろうが、歴戦の艦長なだけありそんな気配は毛ほども見せない。
「ストライカー群アルファ、距離四万。高角砲打ちぃ方はじめ!」
砲術長金田の宣言と共に、《北溟》の甲板に並ぶ大量の高角砲が、一斉にビームを吐き出し始めた。光の奔流のような射撃だ。
さらに、それに加えて周囲の艦艇も対空射撃を始める。とくに奮戦しているのが《鴻巣級中型防空巡洋艦》で、ヤケクソのように装備した六基もの三連装一五・二センチ両用砲が、まるでマシンガンのような勢いでビームを発射し始める。
「方位百五十度、仰角二十七度、敵ストライカー群ブラボー接近。機数三十」
「お手本のような交差攻撃だ」
金田は口笛を吹き、ちらりと善哉の方を見る。
「しかし、雑草刈りは楽しくないですね。さっさとデカい標的を撃たせてくださいよ」
「あとで嫌ってくらい撃ちまくらせてやるさ」
「そいつは楽しみだ。……主砲、次より多目的榴弾を装填。信管は近接!」
再装填を終えた《北溟》の主砲が次に発射したのは、ビームではなく一般的な砲弾だった。この時代、艦砲の類はビームも質量弾も発射可能な複合砲が一般的になっている。
ビームより遥かに弾速の遅い質量弾は、弾着に大変な時間を要する。そのため、交戦距離の長くなりがちな宇宙戦では質量弾は近距離砲戦専用の弾種だった。しかし、それでもなお従来型の榴弾や徹甲弾が生産され続けているのには、それなりの理由がある。
三十秒ほどかけて飛翔した五一センチ多目的榴弾は、信管に備えられたレーダーにより敵機直前で大爆発を引き起こす。四方八方に飛び散る砲弾の破片はすべて自己鍛造弾となっており、どれほど重装甲のストライカーであっても容易に破壊可能だ。まして、《ジェッタⅡ》のような典型的な中量汎用機がその暴威に耐えきれるはずもない。わずか一斉射で、十機もの真紅の人型が粉々に粉砕された。
「アルファ群はもういい、標的をブラボー群に変更」
アリガ大佐が冷徹な声でそう告げた。最初に攻撃を受けたアルファ群は既に壊乱状態で、もはや攻撃を継続する意思は残されていないようだ。生き残った《ジェッタⅡ》は隊列を維持することすら止め、個々に遁走している。
「防空艦に少し下がるように伝えろ。前方の敵は戦艦の火力で蹴散らせるが、側面や背面に回り込まれてはたまらない」
「アイアイ、マム。……いえ、サー」
善哉の予想通り、敵の第三波以降は側面や背面から仕掛けてきた。敵の狙いは艦隊の分断にあるようだったが、集中防備が功を奏し敵を寄せ付けない。光のシャワーのような弾幕を潜り抜け対艦ガンランチャーの肉薄射撃をかけられるような優れたパイロットは、ノルトライン要塞駐留部隊にはいなかった。……ベテランを皇帝艦隊に集中配備しているがゆえの弊害である。
もっとも、艦隊にとっての脅威はストライカーだけではない。生き残った衛星砲台二基から、極太の光条が飛んでくる。初弾こそ命中を免れたものの、ビームが艦隊の側面を通過した瞬間一瞬レーダー画面が真っ白になった。よほど出力の高いビームでないと、これほどの電波障害は起きない。オレンジの光条が過ぎ去っていった方向をちらりと見つつ、オペレーターの一人が生唾を飲み込んだ。
「撃ち返せ!」
善哉は真っすぐに前を見据え、そう叫んだ。その声には一切の怯えの色がない。むしろ、闘志が燃え上がっているような雰囲気を帯びていた。
「主砲、標的変更。目標は衛星砲台C」
「射撃諸元入力完了。弾種、光粒子弾。発射準備ヨシ。標的、距離三〇万」
「主砲、打ちぃ方はじめ」
「主砲打ちぃ方はじめ!」
《北溟》の主砲が再び極太のビームを吐き出し始める。そのうちの一発が、砲台の側面を掠った。飛散粒子が鈍い鉄色の装甲をあぶり、対空機関砲数門と副砲一つを爆散させた。
「やるじゃないか、砲術!」
善哉は目を見開いて賞賛した。クルーが未熟な者、不慣れな者ばかりの状況で、いきなり第一斉射から至近弾を得られるとは思ってもみなかったからだ。短期間ではあるが、出撃直前まで熾烈な訓練を繰り返していたのが良かったのだろう。
とはいえ、所詮至近弾は至近弾。戦艦以上に強固な装甲を誇る砲台が相手では、致命傷には程遠い。応報とばかりに敵方の主砲塔が吠え、いくつもの光条がクスノキ艦隊に殺到する。
《北溟》の右舷後方で、眩い光が瞬いた。一瞬遅れて、血相を変えた監視オペレーターが絶叫じみた声で報告を上げる。
「《花筏》、爆沈しました!」
艦隊の側面を守っていた防空中型巡洋艦の一隻が、敵弾の直撃を受けたのだった。戦艦砲と同等の威力を持つビームに、中型巡の防御力で抗しきれるはずもない。艦首から艦尾までを真っすぐ光の矢に射抜かれた巡洋艦《花筏》は、文字通り爆発四散した。
「しめたっ! 防空網に穴が開いたぞ、突っ込め!」
まだ砲台からの砲撃は続いているというのに、帝国ストライカーの一団が《花筏》の抜けた穴に攻撃を仕掛けてきた。それは勇気というよりは蛮勇といった方が良い振る舞いであったが、それだけにクスノキ艦隊側は意表を突かれた。付近の防空艦は統制だった射撃ができず、敵機の肉薄を許す。
「叛乱軍に帝国魂を見せてやれ!」
六機ほどの《ジェッタⅡ》が、対艦ガンランチャーを撃ち放った。そのミサイルの行く先にあるのは、《花筏》の両翼を守っていた駆逐艦だった。
「……っち!」
善哉が舌打ちをするのとほぼ同時に、二隻の駆逐艦が火を噴いた。軽快さが身の上の艦種だけに、小型の対艦ミサイルでも容易に撃沈可能なのが駆逐艦という船である。被弾した艦は炎と煙を上げながら隊列から落後していく。
「マリンカ隊が血路を開いたぞ! 後に続け!」
拡大した穴に、更なる敵機が突っ込んでくる。慌てて周囲の艦が弾幕を張り、数機の《ジェッタⅡ》がたちどころに撃墜された。しかし、帝国兵はそれでも怯まず突撃を続ける。
「……」
アリガ大佐がちらりと善哉の方を見た。彼女が管轄しているのは、あくまで《北溟》という一隻の戦艦のみ。艦隊単位の作戦指揮は、善哉が行わねばならない。
「第二〇三駆逐隊、前進して陣の破孔を塞げ。艦隊は針路そのまま、主敵はあくまで砲台。ストライカーには構わず、対空砲の弾幕射撃で対処せよ」
ほう、と小さく声を上げるアリガ大佐。善哉の采配はなかなか大胆なものだった。現在進行形で迫る脅威を、あくまで無視しようとは。敵もたいがい恐れ知らずだが、善哉の方も同じくらい蛮勇だ。
とにもかくにも、命令が下った以上それに従って動くのが軍人だ。《北溟》を含む戦艦隊は砲台への攻撃を継続した。数発の主砲が直撃し、砲台表面で小爆発が起きる。しかしそうしている間にも帝国ストライカー隊と防空艦の激闘は続いており、状況は決して容易なものではなかった。
衛星砲台の攻略はあくまで前哨戦だ。にもかかわらずこの苦戦ぶり……本当に、大丈夫なのだろうか? 《北溟》のブリッジにそんな不安な空気が蔓延しつつあった。その時である、対空監視オペレーターの一人が、鬼気迫った声で叫ぶ。
「第三防空ライン、突破されました! 敵対艦ストライカー隊、本艦に接近!」
十機の《ジェッタⅡ》が、球形陣の防空網を突破して《北溟》へと肉薄攻撃を仕掛けてきたのだ。《北溟》クルーの緊張は一気に最高潮に達した。
「火器管制レーダーの一つや二つくらいは絶対にもぎ取ってやれ!」
《ジェッタⅡ》隊のパイロットたちは、そんなことを叫びながら対艦ガンランチャーを構えた。ストライカーの火力では、戦艦の装甲を抜くのは不可能だ。しかし、当然ながら非装甲部であればダメージを入れることが出来る。射撃管制用のセンサー類を破壊されてしまえば、砲戦の際の不利は免れないだろう。
「敵機、攻撃ラインにつきました! 射撃予想位置まであと二十秒!」
「対空砲、何をやっている! 撃ち落とせ!」
さしものアリガ大佐もこれには鋭い声を上げた。高角砲や対空機関砲が敵機に向け砲弾を吐き出すが、相手部隊のパイロットは熾烈な弾幕を抜けて艦隊旗艦まで接近できる技量を持っている連中だ。そう簡単には直撃弾は出せない。それでも何とか六機ほどを撃ち落とすことができたが、残る四機は同僚の仇を討たんと復讐に燃える瞳で《北溟》を睨みつける。
「喰らえ、デカブツ!」
帝国機特有の三眼式カメラ・アイがギラリと光り、ガンランチャーの砲口が《北溟》に向けられたその瞬間である。天頂方面から飛来したピンクの火箭が、ほとんど同時に《ジェッタⅡ》三機を射抜いた。大出力ビームの直撃により推進剤が誘爆し、空中に三つの火球が出現する。
「なっ……⁉」
予想外の場所からの攻撃に、最後に残った《ジェッタⅡ》のパイロットが困惑の声を上げる。しかし、彼女が事態を把握するよりも早く、ビームが降ってきた方向から飛来した朱色の影が彼女の命を断った。白刃がひらめき、真紅の機体が一刀両断される。
「遅くなった!」
援軍、アケカは長巻を掲げながらそう叫んだ。その後ろには、ユキとコトハの《打刀》の姿もある。最初の射撃の内の二発は、彼女らが放ったものだろう。
「ストライカー隊の救援が間に合ったか」
安どのため息を吐きつつ、善哉は主任参謀席のアームレストに取り付けられた受話器を手に取った。合流を命じていた味方ストライカー隊が、やっとのことで到着したのだ。後続として現れた《甲鉄》部隊が、艦隊周辺の帝国機に攻撃をしかけ始める。
「クスノキ様、手づからの御救援感謝いたします。助かりました」
味方の対空砲弾幕は四方八方に向けて放たれていた。味方機であっても、無遠慮に艦隊に接近すれば誤射を受ける可能性は十分にある。その危険を押してまでアケカ自ら救援の先陣を切ったのだから、さしものひねくれ者の善哉も間隙をしていた。
「将として当然のことをしたまで。むしろ、到着が遅れて申し訳ない」
しかし、アケカはあくまでストイックだった。恩着せがましさとは無縁の態度で言葉を続ける。
「とにもかくにも、我らが来たからにはこれ以上の敵機の跳梁は許さん。戦艦隊は安心して砲台攻略を続けよ」
その言葉を裏付けるように、周辺の帝国機は急速に駆逐されつつあった。レーダー画面からどんどん消えていく敵機の光点を見て、《北溟》のブリッジにクスノキ家バンザイの声が満ちた。
「なるほど、これが指揮官先頭の効果か……」
口元に苦笑を浮かべつつ、善哉は電子タバコを一服した。確かにこれは効果が抜群だ。善哉自身、心の中では熱狂するヴルド人クルーらに同調してしまっているのだ。人心掌握術としては、なるほどかなり有効かもしれない。むろん、彼にはまねできないやり方ではあるが……。





