第30話 辺境伯様は衛星砲台を潰すようです
「アンドウ分艦隊より打電。“ワレ陽動ニ成功セリ”!」
通信オペレーターからもたらされたその報告に、善哉はグッと拳を握り締めた。そして、司令官席に座るアケカに視線を送る。
「流石はアンドウ、仕事が早い。……全艦全速前進! 雅陵星系に突入するぞ!」
時機を見計らうために一時停止していたクスノキ艦隊旗艦《北溟》のロケットエンジンが、再びうなりを上げ始める。近隣に停泊していた各艦も、もちろんそれに続いた。
未開宙域の通過という無謀の代償として、クスノキ艦隊は少なからぬ被害を受けていた。武装やレーダーの一部が使用不能になっている艦は珍しくないし、数隻の駆逐艦などはデブリの直撃を受けて爆発四散している。戦う前から満身創痍の状態だ。
しかしそれでも、クスノキ艦隊はいまだに戦闘力を残している。つまり、善哉は賭けに勝ったのだ。沈没した艦の乗員に報いるためにも、ここまで来て失敗するわけにはいかない。善哉は強い意志の籠った目つきで、艦橋のメイン・スクリーンに表示される漆黒の宇宙空間を睨みつけた。
「さて、それでは身共もいくさ支度と行こうか」
司令官席から立ち上がったアケカが悠々とした声で言う。愛機《天羽々斬》の出撃準備をしておこう、ということだ。戦場において、彼女は自分の居場所は旗艦の指揮官席ではなくストライカーのコックピットだと考えているのだ。
ヴルド人特有のこの文化に最初は面食らっていた善哉だが、今ではすっかり馴染んでいる。彼は上司に微笑みかけ、「ご武運を」とだけ短く返した。それを聞いたアケカは、満面の笑みで頷く。
「ありがとう、貴殿にそう言ってもらえると百人力だ」
クスノキ艦隊が雅陵星系に突入したのは、それから十分後のことだった。突入ポイントは最初から見定めてあったので、もちろんしっかりノルトライン要塞の後背を突く位置を取っている。「敵B集団が方位一八〇に出現しました!」との報告を聞き、ヘルツォーク上級大将は顔色を変えた。
「まさか、迂回部隊の方が本命なのか……⁉ いや、そんなはずは」
「自分の懸念が当たりましたな」
答えるアイマン中将の声には著しい毒が含まれている。だから言ったのに、と言わんばかりの態度だ。
「いや、わからん。囮部隊でこちらの後背を脅かしたフリをして、前線の圧力を減らそうとしているのやも」
見苦しく持論にしがみつくヘルツォークだったが、そこへ通信入電を知らせるブザーが鳴り響く。
「正面に展開中の偵察機より報告。A集団の戦艦部隊との接触に成功。集中走査をしたところ、全艦がデコイであると判明したそうです!」
「……」
ヘルツォーク上級大将は絶句した。こうなるともう、B集団の方が主力で確定だ。彼女は賭けに敗れてしまったのである。
「致し方ありません。温存していたストライカー部隊で対応して時間を稼ぎつつ、A集団の殲滅を急ぎましょう。詐術をそれらしくみせるため、敵は補助戦力を分散しています。各個撃破を狙えば、まだ勝利の目はあります」
このような状況に備え、アイマン中将は要塞防衛隊所属のストライカーを温存していた。とりあえずこれで火消しを図りつつ、失点を取り返す。これが彼女の用意していた次善の策だった。
ヘルツォークが失敗して詰め腹を切らされるだけならば自業自得だが、実際に戦場に出ているのはアイマンの部下なのである。彼女の自滅に巻き込まれてはたまらない。
「……致し方あるまい。それで行こう」
もはや、ヘルツォークにはそう答える以外の選択肢は残されていなかった。
「ストライカー隊出撃、急げ! 敵の鼻っ柱を叩き折ってやるんだ!」
要塞の地表に設置されているいくつもの擬装ハッチが、次々と解放されていく。そこから飛び出していくのは、真紅に塗装された無数のストライカー群だ。その数、合計四百機。しかもこれで前部という訳ではなく、要塞内部にはまだ二百の予備機が控えていた。後方からの攻撃に対応するため、アイマン中将はストライカー戦力を限界まで温存していたのだ。
ウンカのごとく湧き出してきた帝国軍ストライカー隊は、要塞背面を守る六基の衛星砲台の前面に展開した。砲台の火力支援を受けつつ、クスノキ艦隊による突破を阻止する構えだ。前衛に配置した偵察巡からの報告でその情報を知った善哉は、即座にストライカー部隊の出撃を命じた。ストライカーにはストライカーをぶつけるべし。これが現代戦における定石なのだ。
「血路を開く! 我に続けッ!」
当然ながら、その先陣を切るのはアケカの《天羽々斬》だ。赤備えの武将を思わせるその特機は、今はタイヤのないバイクのようなマシンに跨っていた。その周囲を固める《打刀》や《甲鉄》も同様のものを装備している。まるで騎馬隊だ。
これはライドブースターと呼ばれる機材で、ストライカーの機動性と航続距離を伸長する目的で装備される。見た目の通り、ストライカー用のバイクのようなメカなのだった。
帝国軍が組んだ幾重もの防御陣に向け、アケカ率いるストライカー隊は紡錘形の陣形を組んで突撃を仕掛けた。ライドブースターの尾部に取り付けられた大型ロケット・エンジンから噴射炎を伸ばしつつ加速するその姿は、まるで流星雨のようだ。
「突撃破砕射撃を開始せよ!」
しかし、帝国側もそれをただ指をくわえて見ているばかりではなかった。衛星砲台が猛然と発砲を始め、漆黒の宇宙に眩い光条が幾重にも走る。ストライカーにとって、衛星砲台の攻撃は死神の大鎌のようなものだった。主砲の四六センチ砲はもちろん、対小型艦用の副砲である二五センチ砲が掠るだけでもストライカーは爆発四散する。そんな致命の一撃がいくつも自分の方に飛んでくるのだから、同盟兵も平常心ではいられない。
「各機散開せよ、ランダム回避で敵の狙いを――」
部下に命令を出していた士官の声が、ブツリと不自然に途切れる。撃墜されてしまったのだ。真空の宇宙では、機体が吹き飛んでも爆発音などは聞こえてこない。一瞬だけ爆発の閃光が走り、それでお終いだ。あまりにもあっけない部下の死にアケカは下唇を噛み、スロットルを押し込む。
「吶喊だッ! 乱戦に持ち込めば火力支援は受けられまい……!」
ライドブースターのエンジンから吐き出される噴射炎がひときわ大きくなり、《天羽々斬》は弾かれたように加速した。アケカの肉体に加速Gがかかり、合成樹脂製のシートへ押し付けられる。慣性制御装置によって減衰されてなお、コックピット内には十四Gもの荷重がかかっている。地球人であれば命すら危ういレベルであるが、ヴルド人の中でも一際強靭なアケカにとっては少しばかり表情を歪める程度の負荷でしかない。
衛星砲台の斉射は二度三度と続いたが、アケカたちが怯むことはなかった。ただ一心に加速を続け、敵陣への肉薄を図る。勇猛を通り越しで蛮勇ですらあるその突撃に、少なくない数の帝国兵が生唾を飲み下した。
「まずは一つ……」
アケカの大きくもたおやかな指が操縦桿のトリガーを引く。《天羽々斬》が装備するメガブラスターライフルの砲口が瞬き、一直線に伸びたピンクの火箭が敵前衛の帝国機を貫く。剣技のみならず、狙撃の手管もアケカは超一流だった。
「上様に続け! 全機射撃開始!」
普段の冷静さを打ち捨てたユキが、絶叫めいた声音で命令した。同盟機が一斉に発砲し、光の奔流が帝国軍に襲い掛かった。瞬時にダース単位のストライカーが撃墜され、あちこちで爆発が起きる。
「怯むな、撃ち返せ!」
しかし、帝国軍も負けてはいない。同盟側のほぼ同量の火力が即座に投射され、熾烈な射撃戦が始まった。交差する火線の数は尋常ではなく、もはや線というよりは壁のように見えるほどだ。
クスノキ艦隊の主力機《甲鉄》と、帝国の主力機《ジェッタⅡ》は同一のフレームを採用した姉妹機だ。これはクスノキ家が帝国に臣従していた時代の名残だった。
当然ながらその性能は伯仲しており、したがってその勝敗はパイロットの技量のみで決する。戦場を見回せば、撃墜されている機体は露骨に《ジェッタⅡ》の方が多かった。クスノキ艦隊に属するパイロットは、激戦を生き延びてきたベテランばかりだ。機体性能が同じでも、二線級の戦線に配属された二流のパイロットに後れを取ることはない。
「突っ込め! ブチ抜け!」
しかし、それも長くは続かない。なにしろ同盟機のほとんどがライドブースターに搭乗し、おまけにスロットルを大開きにしたままなのだ。我彼の距離はあっという間に縮まり、戦闘の様相はグラデーションめいて変化していく。遠い間合いではブラスターライフルやカノンなどが撃ち交わされ、距離が近付くにつれ機関砲などの質量弾を用いる火器の割合が増え、さらにはいよいよ刀剣の間合いに。
「う、うわあああーッ⁉」
対処不能な速度で突入してきた《天羽々斬》を見て恐慌を起こした《ジェッタⅡ》のパイロットが、むやみやたらに三○ミリショートマシンガンを撃ち散らす。しかし、そんな射撃に当たってやるアケカではない。彼女は微かな重心移動でライドブースターの軌跡をそらし、弾幕の隙間を縫って突進する。
「チェスト!」
すでに、《天羽々斬》の手にメガブラスターライフルはない。大口径長砲身のこの武器は、あまりにも取り回しが悪すぎる。そのかわり抜いたのは腰に装備された太刀で、彼女はこれで《ジェッタⅡ》をすれ違いざまに一刀両断した。真紅の上半身と下半身が、爆発もせずに別々の方向へと飛んでいく。《天羽々斬》の緋色の装甲には、返り血ならぬ返りオイルが点々と付着していた。
「あの機体、特機だ!」
「乗ってるのはお偉方か。へへ、兜首を上げれば平民でもお貴族さまになれるんだよな? いよっし、やるぞ!」
先頭に立ち、機体も暴れぶりも派手なアケカは当然たいへんに目立っている。周囲の帝国兵はここぞとばかり彼女に集中砲火を浴びせかけた。
「やらせはしないッ!」
こうした攻撃を阻止するのが、傍仕えたるユキとコトハの仕事だ。鮮やかなシルバー塗装の新型機、《打刀》に乗り換えた彼女らは、手にしたロングブラスターライフルやショートマシンガンを乱射し、アケカを狙う《ジェッタⅡ》を牽制する。
「雑兵に構うな!」
右手の太刀を指揮杖のように振り、その切っ先で前方を指し示すカケカ。彼女らストライカー隊の仕事は敵機の排除ではない。衛星砲台に攻撃を仕掛け、艦隊の安全を確保することだ。数ばかり多い雑兵の相手をしている暇などない。
アケカは脳筋ではあっても、戦いの熱狂に目を曇らされて作戦目的を見失うような愚かな将ではなかった。ショートマシンガンで近づく敵機を牽制しつつ、ライドブースターの機首を最寄りの砲台へと向け一心に加速する。幸いにも、乱戦に突入したため要塞砲は誤射を恐れて沈黙している。今のうちに、一気に距離を詰めるべきだ。
「突撃!」
一本の矢のように、アケカのライドブースターが飛翔する。帝国将校が「止めろッ!」と叫び、幾本もの火箭が《天羽々斬》へと襲い掛かった。しかし彼女はそれを巧みに躱し、一心に砲台へと向かっていく。
「上様に遅れるなッ!」
「ウオオオッ! クスノキ家バンザーイ!」
指揮官先頭の体現ともいえるその態度に、同盟兵の士気が炎のように燃え上がる。こうなるともう、雑兵ごときで彼女らをとめることはできなかった。四重の防御陣はたちどころに突破され、アケカはみるみるうちに衛星砲台へと接近していく。
もちろん、砲台側もむざむざ攻撃を許しはしない。周囲に帝国機がいないと見て、再び発砲を開始する。さらに、距離が縮まったことにより対空機関砲による弾幕射撃も始まった。虚空に浮かぶ鈍い鉄色のボールから、噴火を思わせる凄まじい火力が投射される。
「ウワーッ⁉」
それほどの弾幕に晒されれば、ベテラン兵といえど被弾するものも出てくる。一度に数機の《甲鉄》が爆散し、漆黒の宇宙を一瞬だけ照らし出した。しかしそれでも、同盟軍の勢いが緩むことはなかった。
「喰らえッ!」
金属球の表面に設置されたひときわ巨大な砲塔にライドブースターの機首を向けた後、アケカはそれを乗り捨てた。ライドブースターはまるでロケット弾のように一直線に飛翔し、主砲塔に直撃する。次の瞬間、金属球の表面を激烈な爆炎があぶった。
炎と煙が拡散したあと、中から出てきたのは見るも無残な姿になった砲塔だった。実のところ、ライドブースターの両側面には駆逐艦などに搭載される大型の対艦ミサイル二発が強引に固定してあった。これは戦艦をも撃沈可能な威力を持つ兵器だから、当然重装甲の要塞砲にも通用する。衛星砲台を迅速に無力化するために善哉が考案した策がこれだった。
「上様に続け―っ!」
《甲鉄》隊もアケカに続いてライドブースターの乗り捨て攻撃を開始した。同盟軍側がみなライドブースターを装備しているのは、これをやるためだったのだ。小さな星のような衛星砲台の表面で、巨大爆発が連続して発生する。
乗り捨て攻撃が終わった《甲鉄》は、そのまま背後から迫る《ジェッタⅡ》の迎撃に移った。この宙域に存在する衛星砲台は四基。一基潰したくらいではまだ足りない。そちらへ向かう味方機を援護すべく、アケカはその矛先を敵ストライカー隊に向けた。
「邪魔だてはさせんぞ、雑兵どもめ……!」





