第3話 赤髪の辺境伯様は追放参謀にお話があるようです(1)
リンティア同盟軍から送られてきた救援部隊に対し、善哉は着艦許可を出すことにした。もっとも、もちろんすべての機体着艦体勢にはいったわけではなかった。接近してきたのは例の武将型特機と二機の足軽型で、残りの六機の足軽型は《いなば丸》の周囲に展開し、警戒活動を開始する。どうやら、護衛を申し付けられたらしい。
《いなば丸》はあくまで民間船だから、軍用の母艦のように洗練された発着設備は持ち合わせていない。仕方がないので、善哉は右舷にある貨物積み下ろし用の大型ハッチを解放させた。巨大な貨物コンテナの出入りも想定されているサイズのハッチだから、ストライカーの巨体でも問題なく通過できるだろうという判断だ。
船との相対速度を合わせたストライカーの一団は、整然とした動きでハッチへと飛び込んだ。ハッチを越えれば、そこは右舷貨物ブロックだ。なにしろ八百メートル級の船だから、デッキ内は広々としている。巨人のようなストライカーでも窮屈さは感じない。
とはいえ、それはあくまで空荷だった場合の話だ。いまの《いなば丸》の貨物デッキには、巨大なコンテナが所狭しと並べられていた。これにぶつからないようにうまく着艦するのは、なかなかに難易度が高い。しかも艦内には人工重力が働いている。無重力からいきなり一G環境に変化するわけだから、よほど巧みに操縦をしないとバランスを崩してしまいかねない。
「おお、やるじゃないか。コンテナの一つくらいはオシャカになるんじゃないかと思ってたが……」
「一機もミスらないとはビックリッス。地球軍のパイロットよりレベル高いんじゃないッスか」
それを見ていた善哉と藤波が、そろって感嘆の声を上げた。ふたりとも、クスノキの出迎えのためにブリッジから貨物デッキへとやってきたのだ。
もと軍人のふたりが感心しているように、クスノキらの操縦技術は素晴らしいものがあった。雑然とした貨物デッキ内でも見事に機体を操り、コンテナの群れを避けてふわりとデッキに着地する。並みのパイロットに出来る芸当ではなかった。
「しっかし、豪勢な造りのストライカーだこと。酔狂なことにカネをつっこむもんだなァ、ヴルド人は」
「地球軍じゃ特機という区分自体がないッスからねー。そりゃ、無駄な高性能機を頑張って作るよりも、そこそこのお値段そこそこの性能の量産型をたくさんそろえた方がコスパはイイッスから」
ふたりがそんなことを話しているうちに、武将型ストライカーは膝をついて胸部のコックピット・ハッチを解放していた。その中から飛び出してきたパイロットは、乗降用のロープも使わずカモシカのような華麗なステップでデッキへと降り立つ。
もちろん、足軽型のパイロットらもそれに続いた。降りてきたのは二名のヴルド人女性で、両名とも短機関銃を持っている。もちろん、それを《いなば丸》のクルーに向けるような真似はしなかった。あくまで、クスノキの護衛として控えているだけのようだ。
「うおっ、流石はヴルド人……」
「地球人(自分ら)とはカラダの造りが違うッスからねえ。羨ましい事で」
呆れとも感嘆ともつかない声を上げつつも、船長副長コンビは降りてきたパイロットのもとへと駆け寄った。特別機に乗っているあたり、このパイロットがかなりの上位者であるのは間違いないのだ。それなりの礼儀を見せる必要があった。
「ようこそ、クスノキ様。あらためてご挨拶いたします。自分はこの《いなば丸》の船長、如月善哉であります」
「おなじく副長、藤波南海でありますッス!」
二人は揃って敬礼した。素人が見様見真似でやるようなものとは明らかに違う、堂に入った動作だった。これじゃあ民間企業というより軍隊じゃないか。そう思いなおした藤波は、善哉の脇腹に肘鉄を入れて「先輩、名刺名刺」と囁いた。
「オット、こいつはいけない。せっかく作ったのに、出すのを忘れていた……あいすいません、こちらをどうぞ」
ビジネスマナーの講師に見せればまず間違いなく激怒されるであろう所作で、善哉はクスノキに名刺を手渡した。自分の名前と社名、そして連絡先だけが書かれた安っぽい代物だ。愉快そうに微笑み、クスノキはそれを受け取ってやる。
「出迎えご苦労。こちら、リンティア同盟軍のアケカ・フォン・クスノキである」
鷹揚なしぐさで返礼する彼女を、善哉はぶしつけにならないよう気を付けながら観察した。アケカと名乗った彼女は善哉よりも頭ひとつぶん背の高い麗人で、短く揃えられた髪はルビーを溶かしたような魅惑的な紅色だった。
一見すると女性向けコミックに出てくる王子様のような容姿だが、胸の大きなふくらみがその印象を打ち消している。彼女は身体にピッチリと密着する素材でできたパイロット・スーツを着込んでいるため、余計にその艶っぽいボディラインが強調されてしまっているのだ。
ちなみに、パイロット・スーツとはいってもヘルメットの類はつけていない。空気でできた“繭”を周囲に展開し、真空への拡散を防ぐ装置……エア・フィールド技術の発展により、従来のような密閉型の宇宙服はすっかり過去のものとなっていた。
そしてこの開放型宇宙服のおかげで、ヴルド人最大の身体的特徴が露わになっている。彼女の頭のてっぺんには、オオカミのそれを思わせる形状の耳がピンと立っていた。地球人とヴルド人の外見で、もっとも差異の出る部位がここだ。そのほかは、はっきり言って大差がない。宇宙人と言われてもピンと来ないよな。善哉は心の中でそんなことを思っていた。
「アケカ様、ッスか。なんというか、その……聞き覚えのある名前なのですが」
冷や汗をかきつつ、藤波が問う。言われてみれば確かにと、善哉は副長の方をちらりと見て。アケカ・フォン・クスノキ……なんだか日本人みたいな名前だなぁ。半年ほど前、つまり太陽系を発つ直前に、そんな発言をした記憶があった。
「うむ、身共はクスノキ辺境伯家の当主にして、リンティア同盟の盟主でもある。そなたらが身共の名を知っているのも当然のことであろうな。なにしろ、依頼主だ」
ああ、そう。そういうレベルのお偉いさんね。善哉はため息を吐きたい心地になった。そんなお偉いさんが、機動兵器に乗って戦場に現れるんじゃねえよ。そう言ってやりたいところだが、そういうわけにはいかなかった。
善哉は、かつて軍で受けた座学の内容を頭の中に思い浮かべた。ヴルド人の軍隊は、指揮官先頭を伝統としている。なんと、総司令官が陣頭指揮を取ることすら稀ではないというのだから驚きだ。現代的な軍制度の中で軍人となった善哉にとっては、身体的特徴よりもこの常識のほうがよほど異星人らしさを感じてしまう部分だった。
「それはそれは。盟主様自ら援軍にこられるとは、如月運送一同、光栄の極みであります」
皮肉げな口調で、善哉はそう言う。いささか失礼な態度ではあるが、これは致し方のない話だろう。なにしろ、彼女らが指定した安全なはずの航路を通ったはずなのに、敵艦に襲われる羽目になったのだ。彼が苛立つのも当然だった。
おまけに、依頼主の軍隊のトップが、ストライカーを駆ってまで直々に救援に現れたのだからきな臭いことこの上ない。何かしらマズイ事情があると考えない方が不自然だろう。
「……いや、すまんな。貴殿らの怒りはもっともだ」
肩をすくめながら、アケカはため息を吐く。善哉としては半ば意図的な挑発だったのだが、彼女としてはそれに乗る気はないようだった。
「実のところ、わが軍は先月に起きた会戦で大敗を喫してな。すこしばかり、劣勢に追い込まれておるのだ。領内の奥深くにまで敵の侵入を許しておるのも、そして身共自らが出陣する羽目になったのも、それがゆえよ」
やはり、そういう事情があったか。善哉は微かに口をゆがめた。だいたい予想通りの答えである。
「しかし、だからこそ貴殿らの持ってきた積み荷には期待をしておる。劣勢を跳ね返すための力が、この船に積まれておるのだ」
深刻な表情から一転、朗らかな笑顔になったアケカは周囲をくるりと見回した。そこには、高さ十五メートルほどの大型コンテナがズラリと並んでいる。そう、ちょうどストライカーがスッポリ入るサイズのコンテナだ。
「格納庫の外壁が傷ついていたゆえ心配していたが、どうやら積み荷は無事のようであるな。安心したぞ」
「ええ、もちろんッス。お客様からの大事な預かり物を傷つけるような真似は、この自分が決してゆるしませんッス」
ニッコリと笑った藤波が、その平坦な胸をドンと叩いた。しかしその額には冷や汗が浮かんでいる。先ほどの戦闘でおこなった操船はたいへんに乱暴なものだった。もしかしたら、中身がすこしばかり壊れてしまっている可能性がある。
「正式な納品はそちらの拠点に到着してからになりますが……カワシマ社の新式量産型ストライカー、《カタナ》が四十五機。そして同社の新式特機、《天羽々斬》が一機。確かにお届けに上がりましたッス」
《いなば丸》の積み荷、それはストライカーだった。誤魔化しようのないくらいのハッキリした軍需品だ。もし《ヒクソス》の臨検に応じていたら、間違いなく没収されていたことだろう。いや、それどころか、敵国に兵器を運んでいた咎で船そのものが撃沈されていてもおかしくはなかった。この広い銀河では、地球の法が及ぶ範囲はごく限られている。そしてその領域の外は、地球人にとっては無法地帯に等しい場所なのだ。
「うむ、うむ。大儀であったな。新型機が一個大隊ぶん、なんとも心強い援軍である」
腕を組みながら、アケカは満足げに頷いた。その表情には喜びがあふれている。善哉は営業用の表情を保ちつつも、頭の中ではいろいろなことを思案していた。新型とはいえ、たかだか一個大隊相当のストライカーの納品で軍のトップに等しい人間が出張ってくる? なんとも大げさな話だ。
いくら指揮官先頭が伝統のヴルド人とはいえ、この状況はいささかおかしい。地球軍であれば、この程度の取引の責任者には大佐や准将といった階級の者が務めるのが普通なのだ。
なるほど、どうやら同盟軍とやらは確かに相当な劣勢に追い込まれているらしい。なにしろ、たった一個大隊ぶんのストライカーの受領ですらこれほどの重大事として捉えられているのだ。
「ところで、如月運送の皆さま」
そこで、アケカの後ろにいた従者の一人が初めて口を開いた。真冬の空のような透き通った薄青色の髪が特徴的な、クールを通り越して極寒をイメージさせるような美少女だ。
「一つ、お聞きしたいことがあるのですが。質問をしてもよろしいでしょうか?」
そこまで言って、空色の彼女は「ああ」と言葉を続ける。
「失礼。ご挨拶を忘れておりましたね。わたくしは、ユキ・ウェンライト。上様の元で、兵術指南役を務めさせていただいております」
「兵術指南……」
あまり聞きなれない役職だったが、質問を受けているのは善哉の方だった。彼は聞き返したくなる気分をこらえ、ユキと名乗った彼女に頷き返す。
「答えられる内容であれば」
「ありがとうございます。……皆さまは、先ほどの戦闘で帝国の巡洋艦を一隻撃沈されましたね?」
その質問に、善哉は何でもないような顔をして頷いた。しかし、その隣の藤波は顔を微かに引きつらせている。
「……臨検への抵抗として、反撃に出ることは国際慣例上認められているッス。巡洋艦を撃沈した件は、こちらとしては合法であったと認識しているのですが」
「ええ、むろんこちらとしても如月運送を咎めるつもりはございません」
空色の髪の彼女はコクリと頷きつつも、油断のならない目つきで善哉をねめつけた。
「しかし、ただの商船とその乗員が、完全武装の軍艦を撃沈せしめたというのは尋常の事態ではありません。如月運送の皆さま、あなた方は本当にただの運送会社なのでしょうか?」
どうやら、彼女は善哉らがどこかの国のスパイなのではないかと疑っているようだった。善哉は露骨に顔をしかめ、相方の耳に口を寄せる。
「面倒なことになったな。どうする、しらばっくれるか?」
「……これ以上疑念を抱かれたら、仕事どころじゃなくなっちゃうッスよ。探られて痛い腹じゃなし、いっそゲロっちまったほうがマシじゃないッスか」
「確かにな」
短い相談を終え、善哉はコホンと咳払いをした。
「なるほど、そちらの疑念ももっともです。ご説明させていただきましょう。ただ、このような場所で立ち話というのもなんですから……ブリッジのほうにでもお越しください」
あまり、胸を張ってするような話でもないのである。彼の口調は、いかにも不承不承といった風情だった。