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第23話 追放参謀と部下たちは奮起しているようです

「えー、まあ、そういう訳で、例の作戦は正式に承認されることになった」


 軍議を終えて《いなば丸》まで戻ってきた善哉は、ホクホク顔でそう言った。彼の前に居並ぶ如月運送幹部陣の様子は、なかなかにひどいものがあった。みな一様に服装がだらしなく、みだしなみも適当だった。無精ひげをそのままにしている者すらそれなりに居る。誰もかれもが、いつまで続くのかわからない缶詰生活に辟易しているのだ。

もちろん艦内に籠り切りになるのは長距離航海でも同じこと。とはいえ、今回に関しては宇宙港に停泊した状態で足止めを喰らっているわけだから、航海中とはまた勝手が違った。そもそも、無聊を慰めるための仕事すらないのだ。やることと言えば、せいぜい各種機器の保守管理くらいしかない。退屈を持て余すのは当然のことだった。


「マジすか」


 瓶底のような丸眼鏡の位置を直しつつ、藤波が口をへの字に曲げた。嘘だろと言わんばかりの態度だった。実際のところ、善哉がくだんの作戦計画を立てるにあたっては彼女もそれなりの協力をしている。しかしだからこそ、藤波はあの作戦がどれだけ無茶で挑戦的な代物なのか理解しているのである。こんなもんが承認を得られるわけないだろ、とタカをくくっていたところにこの青天の霹靂である。藤波の驚きはたいへんなものがあった。


「地球軍の老害どもなんぞよりよほど頭が柔らかいぜ、この国の参謀部は」


 そんな藤波の心理などまったくお見通しだと言わんばかりの様子で、善哉が勝ち誇る。むろん、同盟軍上層部がまったくの潔白で有能なだけの組織というわけではない。しかし、派閥同士の足の引っ張り合いならば、むしろ地球軍のほうが激しいくらいだった。この程度の瑕疵であれば、まったく無視できる程度のものだろう。


「ま、何はともあれ年単位で《いなば丸》に缶詰にされる事態は避けられそうで何よりですわ」


 航海長の牛尾が、苦笑しながらやんわりと話を逸らす。彼もそろそろいい年齢だ。老害批判をされると流れ弾を喰らいかねない。


「そうなると、船長もやはりその作戦に参加するわけですか」


「ああ、こればかりは仕方がない」


 腕組みをしつつ、善哉は重々しく頷いた。


「同盟軍は相次ぐ敗北で人材が払底しているし、そもそもムチャな作戦を提案しておいて自分だけ安全なところでノンビリ、なんてのは性に合わねぇ。すくなくともこの作戦が終わるまでは、おれは同盟軍人として働くことにした」


「はぁ、まったく。案の定というか、なんというか……」


 額に手を当て、藤波は大げさに嘆いて見せる。まっとうな商売がやりたい彼女としては、あまり面白くない展開だ。とはいえ藤波も善哉との付き合いは長い。したがって、こうなったからには彼を翻意させるのは不可能だということは誰よりも理解していた。


「興味半分で聞くんスけど、どれくらいの階級で雇用されることになったんスか? 少尉と少佐と少将ではだいぶ違うッスけど」


「准将。それも参謀徽章つきだ」


「驚いた、地球軍時代から三階級も上がってるじゃないですか」


「この作戦で戦死すりゃあさらに二階級上がって中将までごぼう抜きだぜ」


「そいつは傑作ですね、ヤケクソ閉店セールみたいだ」


 砲術長の金田が口笛を吹いてから大笑いした。地球軍時代の善哉の最終階級は少佐だ。これはせいぜい駆逐艦の艦長や参謀団の端役を任されるていどの階級で、艦隊勤務の将校としてはまだまだ下っ端だ。しかし、准将ともなれば腐っても将官。作戦全体に口出しをすることも可能になる。実績もない異星人にいきなり投げ与えるにしては、かなり重い階級だった。


「それだけゼンザイ様が期待されているということです」


 そんなことを言うのは、善哉の後ろに控えていたミゾレだった。アケカとの連絡役として派遣されていた彼女だが、善哉の同盟軍参加が決まった後も相変わらず彼に付き添っていた。アケカからは、副官や秘書のように扱ってくれて構わないと言われている。


「物は言いようだな」


 露骨なヨイショだったが、善哉は嬉しくもなさそうに大きく息を吐いた。いくら期待されているとはいっても、この人事は大抜擢が過ぎる。ようするに、身元の怪しげな人間でもなりふり構わず確保しなくてはならないほど同盟軍の人材が不足しているということだろう。


「ま、期待されてるのはおれだけじゃねえ。お前らもさ。……御大将は如月運送ぜんぶがお入り用だとよ。どうする? 運送屋の看板をいっとき降ろして、傭兵に鞍替えするというのも悪くないが」


「例の件はまだ生きとるようですな」


 無精ひげにまみれた顎を撫でつつ、牛尾が唸る。以前から、アケカは善哉以外の社員も同盟軍に編入できないだろうかと誘いをかけてきていたのである。如月運送の社員は、ほんの数年前まで地球軍の艦隊に勤務していた第一線級の将兵たちだ。予備役すら事欠く有様のクスノキ家からすれば、喉から手が出るほど欲しい人材だった。


「もちろん、僕は乗らせてもらいますよ」


 いの一番に声を上げたのは金田だ。彼は口元に陰気な笑みをうかべつつ、言葉を続ける。


「同盟軍に入ったら、戦艦……それも二〇インチ級の主砲を装備した新鋭艦を任せてくれるって話なんでしょう? 正直に言えば、《いなば丸》の爪楊枝みたいな主砲を弄っているよりはよほど楽しい仕事ですわな」


「お前ならそう言うと思ったよ」


 苦笑しつつ、牛尾が肩をすくめる。彼は筋金入りの鉄砲屋なのだ。事情があって地球軍を離れざるを得なくなったとはいえ、機会があれば軍務へ復帰するというのは当然の流れだった。


「ま、これに関しては自分もあまり人のことは言えませんがね。どうにもシャバの水は飲みなれない」


 他の幾人かの幹部も、牛尾の発言に同調した。機関長の榊をはじめとしたベテラン組だ。彼らは人生の大半を軍艦の中で過ごしてきた筋金入りの軍人であり、民間貨物船の船員としての暮らしにはどうにも違和感を覚えていた。アケカの誘いは、まさに渡りに船の感があったのである。


「はぁ。みなさん、懲りないッスね。地球軍だろうが、同盟軍だろうが、正直大差ないと思うんスけど。またくだらない濡れ衣で追いだされても知らないッスよ」


 そんな幹部陣を、藤波が半目になりながら見回す。その顔には、何とも苦み走った表情が張り付いていた。


「そん時はそん時さァ。……で、なんだ、藤波。そう言うからには、お前さんはこの件には乗らんということか?」


 電子タバコをふかしつつ、善哉はわざとらしく残念そうな声を出す。


「そいつは参ったな。なにしろ、大規模作戦だ。優秀な兵站将校が手元に居てくれりゃあ、ずいぶんと助かったんだが」


「……」


 ぐぎぎぎ、と小さく声を上げる藤波。彼女とて、もちろんこれが善哉流の煽りであることは理解している。「うるさい、嫌な物は嫌だ!」と言い返してやることだって、十分できるはずだった。しかし……。


「……相変わらず卑怯ッスね。ああ、はいはい。手伝えばいいんでしょ、手伝えば。はぁ、まったく。好き好んで危険に飛び込んでいくんだから、先輩はマジのアホとしか言いようがないッスよ。ウチが傍にいてやらなきゃ、どんな危ない所にスッ飛んでいくやらわからないんだから……」


 やたらと早口にそう言い切ってから、藤波は頭を抱えた。その内心は決して穏やかではない。わざとらしいおだてにも嬉しくなってしまう自分の単純さが憎かった。


「ありがてぇ。助かるよ、藤波」


 悪い笑みを浮かべつつ、そんな藤波の肩を叩く善哉。そして表情を改め、ミゾレの方を向く。


「そういうわけで、如月運送は全員参戦ってことになったんでね。そのあたり、クスノキ様によろしく伝えていただきたい」


「むろんです。それがわたしの仕事ですから」


 ミゾレは表情を崩さないまま、完璧な所作で一礼した。せっかくつけてもらった連絡役だ、活用しない手はない。善哉は内心そんなことを考えている。むろん実態は連絡役というよりは監視役なのだろうが、それはそれこれはこれ。仕えるものは何でも活用するのが善哉のモットーだった。


「さあて、野郎ども。これから忙しくなるぞ。お前たちは歴戦のつわものだが、ここ一年以上軍務から離れてしまっている。腕にくっついた錆びをさっさと落とさないことには、ヴルド人の娘っ子どもに指を差されて笑われちまうぞ」


「おっそろしい事を言ってくれますな」


 引きつった笑みを浮かべつつ、牛尾が大きなため息を吐く。実際、往年の感覚を取り戻すためにはそれなりの再訓練が必要だった。しかも、同盟軍はヴルド人の軍隊だ。つまり、女ばかりの組織の中で腕の錆びついたロートル呼ばわりをされかねないということになる。牛尾のような昔気質の船乗りにとっては、地獄のような環境だといっても過言ではない。


「幸いにも、今は敵軍が沈静化している。再訓練の余裕は十分にあるさ。ひとまずくだんの新型艦の練習航海を依頼しておくから、お前たちはしばらくの間そっちで缶詰になってろ」


「了解」


 みな元軍人だから、このあたりの物分かりは大変に良い。冗談めかした善哉の言葉に、彼らは苦笑交じりの敬礼で答えた。満足そうにそれに返礼してから、彼は副長の方へと視線を向けた。


「藤波と、それからついでにミゾレは作戦の最終調整だ。こっちはこっちで、大仕事だぞ。部隊編成やら、物資調達やら、各部との折衝やら、やるべき仕事はいくらでもある」


 善哉の直属の上官であるアケカは、先の戦いで幕僚陣……昔ながらの言い方で言うと、軍師と呼ばれる者たちを軒並み失ってしまっている。頼りになる先輩方が居ない以上、軍師の仕事のほとんどは善哉が処理する必要がある。これはなかなかに大変な作業だった。

 軍師というと将の隣であれこれ助言を囁くのが仕事だと思われがちだが、それはあくまで仕事の一部でしかない。軍師の本業はというのはあくまで将の決断を助けることそのものであって、実際に行う業務は善哉が言ったような地道で目立たない調整作業がほとんどを占めているのだ。


「ああ、はいはい。はぁ、あの一銭もカネを生み出さないどころか浪費するばかりの仕事から、やっと逃れられたと思ったのに。まぁた軍隊で働くことになるとは……」


 不本意な仕事を押し付けられた藤波は、もう不満たらたらであった。善哉や金田などと違って、彼女は自分から軍を止めたクチなのだ。上司の命令とはいえ、やはり納得しかねるものがあるのだろう。あとで何かしら埋め合わせをする必要があるな、と善哉は心の中でソロバンをはじいた。彼とて鬼ではない。できれば部下には気持ちよく働いてもらいたいという気分もあった。


「ま、せいぜい頑張ろうや。前職と違って、今回の雇い主はなかなかに懐が広いようだからな。上手いことやれば、創業時の借金なんか一度に返済できるくらいのご褒美をもらえるやもしれんぞ」


「そううまくいけばいいんスけどね」


 まったく信用していない目つきで、藤波は上司を睨みつけた。この男は、戦場以外では無駄に楽観的なのである。とても信用できるものではなかった。


「……まあ、頼まれたからには真面目に働くッスよ。給料ぶんくらいはね」


 とはいえ、今さら四の五の言っても仕方ない。己以外の者はみな乗り気であることを、藤波はしっかり認識していた。ここで殊更に反対したところで、彼女の意見が通るはずもない。ならば、従っているふりをしつつ妙な方向にいかぬよう監視する方向で話を進めた方が建設的というものだろう。


「で、ウチは何をやればいいんスか?」


「そうさな。手始めに、作戦完遂までに要する費用と物資の算定、およびその調達を頼んだ」


「……冗談でしょ」


「冗談じゃないんだなあ、これが」


 ニンマリと笑う善哉に、藤波の顔色がさーっと蒼くなった。



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