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第22話 追放参謀は侯爵様に気に入られてしまったようです

「まずはお見事、と言って差し上げましょう」


 演習を終え、再び会議室で善哉と顔を合わせたリコリス・ヴァンベルクの第一声がこれだった。敗者となった彼女だが、その声に負け惜しみの色はない。


「貴方、最初からナスカ星系で勝負を決めるつもりだったわね?」


 口角を上げてそういうリコリスに、善哉は一切の躊躇を見せずに頷いた。恒星ナスカは不安定な天体であり、目くらましに使うにはぴったりの天体だった。おまけにこの星系には天象観測基地も設置されているから、高精度なフレア発生予報情報も手に入れることができる。電波障害を作戦の一部に組み込むのは、そう難しい事ではなかった。


「やっぱり。……このわたくし様を相手に詰将棋を仕掛けるなんて、とんでもない男ね」


 リコリスは肩をすくめて善哉を賞賛し、ぱちぱちと拍手をした。室内に詰めている貴族らが、それを見てざわざわと騒ぎ始める。もちろん、演習の様子はこの部屋にも中継されていた。同盟軍の将としてはかなりの実力者であるリコリスが、出自もわからぬ異星人の男に手玉に取られてしまったのだから、彼女らの驚きも並々ならぬものがあった。


「ええ。マトモな手で勝てるような盤面ではなかったのでね。唯一の勝ち筋に一点賭けしたまでです」


 何でもないような顔で、善哉はそうのたまった。面の皮の厚い男ねぇとリコリスが苦笑する。聡明な彼女のことだから、もちろん善哉の発言の意図は誤解なく理解していた。つまり彼は、さっきの自分のようにお前たちもおれの作戦に賭けろと主張しているのである。

 むろん、先ほどの戦いはあくまで演習だ。失敗したところで、失われるのはせいぜい名誉くらいだ。しかし、次の戦いはそうはいかない。同盟軍は崖っぷちに立たされているのだから、次の作戦の失敗は即国家の滅亡に繋がってしまう。


「まあいいわ。一度負けた勝負を後出しでひっくり返すなんて、わたくし様のプライドが許さない」


「リコリス……」


 善哉の隣に立つアケカが、目を見開いた。その顔には明らかな驚きが浮かんでいる。このへそ曲がりが、こうも容易に善哉の案を飲んでくれるとは思っていなかったのだ。むしろ、屈辱的な敗北を喫したぶん余計に態度が硬化することすら心配していたのである。


「良いのか?」


「滅びの美学なんて、わたくし様の趣味じゃないわ。成功の確率が低いとはいえ、ゼロではないと確認ができたのなら満足よ。なにしろ、他の選択肢では負けを遅らせる程度がせいぜいな訳だし」


 もちろん、リコリスとて現状を打開する策についてはあれこれ頭を巡らせていた。だが、冴えたアイデアが浮かんでくることはなかった。実際のところ、彼女は現状が詰んでいるとすら思っていたのである。


「ゼンザイ、貴方の作戦に乗ってあげる。でも、これでもし失敗したらタダじゃ済ませないわ。もし貴方が逃げ延びても、地獄の底まで追い詰めてあげるから覚悟なさい」


 ニヤリと笑いつつ、リコリスは善哉に詰め寄った。そして彼の鼻先まで顔を近づけ、挑発的な口調でそんな言葉を叩きつける。


「勝てばいいんでしょう、勝てば。そう難しい話じゃない」


「結構、いい答えね。勝利の暁には、その功績にふさわしい褒美を上げるわ。もちろん、船の修理の優先権だけ……なんてケチなことは言わないわよ。ねぇ? アケカ」


 リコリスの矛先が唐突にアケカに向かった。彼女は真剣な表情で、それに頷き返す。


「むろんだ。多少の金銭などでは、救国の功績を報いるには足りぬ。それなりの位階を用意したほうが良かろうな。例えば、伯爵とか……」


「わたくし様に婿入りする権利とか」


 獲物の首筋に食いつく肉食獣のような笑みを浮かべ、リコリスは善哉の額に口づけをした。突然のことに驚いた彼が、ワッと声を上げながら一歩引く。それを見た彼女は、鈴を転がしたような声で笑った。


「気に入ったわ、如月善哉。是非とも実戦で、己が大法螺吹きではないことを証明しなさいな。その暁には、このわたくし様自らが貴方のすべてを奪ってあげる。光栄に思う事ね」


 哄笑をあげつつ、リコリスはくるりと後ろを向いた。そのまま、手をひらひらと振りつつ会議室を出ていく。唖然としていたアケカがグッと拳を振り上げ「リコリスッ‼」と叫ぶも、もちろん彼女が振り返ることはなかった。


「……コイツはちぃっと、厄介なことになったかもしれませんね」


 額を手でこすりつつ、善哉は半目になってそう言った。ヴルド人にとって、額へのキスは大きな意味を持つ行為だった。簡単に言えば、マーキング。伴侶と見定めた相手に、文字通りツバを付けるのが額へのキスなのだ。それを公衆の面前でやった以上、リコリスはそれなりに本気であの発言をしたものと思われた。


「あ、あ、あの破廉恥女……!」


 一方、アケカのほうは怒り心頭である。拳を握り締め、顔を真っ赤にしてワナワナと震えている。そのあまりに怒気に、善哉はかえって冷静になってきた。リコリスの発言が本気であれタチの悪い冗談であれ、善哉にとってはどうでも良い話だ。作戦が終わった暁には、さっさと《いなば丸》を修理してもらって同盟領から脱出すればよい。


「まっ、作戦の実施は決定されたんだ。さっさと実務作業に移りましょうや。戦いの成否は、前準備で八割決まるんだ。手は抜けませんぜ」


 気楽な声でそう言って、善哉は肩をすくめた。どうやら、彼は自分がすでに底なし沼へ片足を突っ込んでいることに気付いていないようだった。


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