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第21話 追放参謀は侯爵様と演習するようです(2)

「あの男、めっっっっちゃ性格悪いわねぇ……」


 ヴァンベルク艦隊の旗艦、《リンドヴルム》の艦橋で、リコリスは大きなため息をついてからそう言った。アームレストで頬杖を突きつつ、指揮卓のディスプレイを確認する。現在、彼女の艦隊はいくつかの陽動攻撃をしかけつつ、敵艦隊が隙を晒すのを待っている状況だった。もともと帝国側が戦略的な優位を取った状態で始まったのがこの戦いだ。いまのところ、その優位には一切の揺らぎがない。とはいえ、余裕綽々でいられるかと言えばそうでもなかった。善哉の取った対抗策が彼女の予想以上に厄介なものだったからだ。

 善哉は、現代戦においては雑兵扱いされがちな雑多な兵器であるミサイル艇やフリゲート艦、あるいは一般ストライカー部隊を巧みに活用して迎撃戦を展開していた。もちろんこの抵抗は儚いものであり、リコリスが主力部隊を投入すればあっという間に一蹴できるのは間違いない。しかし……


「どうやら、敵はこちらが戦艦部隊を前線に出すのを虎視眈々と待っている風情があります」


 腹心の参謀が、そんな提言をしてくる。しかし、指摘するまでもなくリコリスは善哉の意図を理解していた。彼が迎撃戦に活用しているのは、いくらでも替わりが効く雑兵たちだ。強力な主力部隊に関しては、徹底的に温存の方針を取っている。


「主力……それも、我がヴァンベルク艦隊を陽動に使っているあたり、完全にこっちを挑発してるわよね。イヤらしわぁ……」


 扇子を開いたり戻したりしつつ、リコリスはため息を吐く。ちょうど今も、ヴァンベルク艦隊ふたたび発見せりとの報告が上がってきたばかりだった。この艦隊は先ほどから前線と後方の間を行ったり来たりしており、そのたびに失探と再発見の報告がリコリスの元に届くのである。

 むろん、ヴァンベルク艦隊などといってもそれは電子データ上の存在だ。現実のヴァンベルク艦隊は、当然ながらリコリスの掌中にある。とはいえ、自分の家名を冠した部隊が目の前をウロチョロするのはシンプルに不快だった。これが意図的な挑発であることは、考えるまでもない。


「イラついたこちらがヴァンベルク艦隊に食いついたら、即座にカウンターを仕掛けてくる。そういう作戦なんでしょうね。まあ、この戦力差ならば、その程度の罠なんて食い破ることも出来るでしょうけど……そういう勝ち方じゃ、どうにもね」


 畢竟、これはプライドの戦いなのだ。リコリスはそうひとりごちた。判定上の勝敗など、大して重要ではない。相手に対してマウントを取れるような勝ち方をする必要がある。


「陽動には陽動を、カウンターにはカウンターを……いいわ、ゼンザイ。貴方と同じリングに上がってあげる。その上で、これ以上ないくらいの敗北をプレゼントしてあげなくちゃね」


 いったん開いていた扇子を、リコリスはパンと音を立てて閉じた。そしてそれを指揮者のタクトのように振るい、張りのある声で命じる。


「第四戦艦戦隊と、第七、第八装甲巡戦隊を合流させて臨時部隊を編成しなさい。この部隊をこちらの主力に擬装し、あの傲慢な男の本命を引きずり出すわ」


 リコリスの命令は、ごく短時間のうちに実現された。彼女が指定した装甲巡とは戦艦に迫る巨体を誇る大型艦であり、遠距離からの走査であれば戦艦と誤認させることも十分可能だった。彼女はこの部隊を用い、善哉のカウンターを無駄打ちさせようと考えたのである。

 電子の宇宙で、熾烈な戦いが始まった。偽装艦隊は速やかに進発し、中途半端な場所を遊弋していたヴァンベルク艦隊へと一直線に攻撃を仕掛ける。もちろん、善哉はこれを真正面から受け止めたりはしなかった。即座に撤退命令を出し、艦隊を後方に下げる。


「やっぱりそう来たわね!」


 その報告を受けたリコリスは、満足げに笑みを浮かべる。この偽装艦隊は、あくまでハリボテの偽主力部隊だ。ヴァンベルク艦隊が反撃を仕掛ければ、容易に打ち破ることができただろう。それをしないということは、やはり善哉の狙いはリコリスの予想通りカウンターからの反転攻勢を狙っているからにに違いない。


「艦隊前進! 敵の哨戒網のギリギリ手前をついて、敵の反撃に対し即座にカウンターに出られる位置を維持しなさい!」


 帝国艦隊の本当の主力が動き始めた。大型、かつ新鋭の戦艦十六隻を抱えた大艦隊だ。これだけの戦力があれば、正面からぶつかり合っても容易に同盟軍を打ち破ることができる。ましてや、今の同盟艦隊はこざかしい策のために分散状態にあるのだ。これを撃破するのは赤子の手をひねるよりも簡単なことだと思われた。

 いくどかの超光速航行を経て、帝国軍主力部隊はナスカ星系へと侵入する。ここは史実での決戦場となったニクスベルク星系の隣に位置する星系で、不安定な赤色矮星を主星とする地味な無人地帯だった。あるものと言えば荒涼とした岩石惑星がいくつかと、これまた地味なガス惑星がひとつきり。文字通り星の数ほども存在する、極めて没個性的な星系である。


「艦隊停止! 我が艦隊は、いったんこの星系で姿を隠すわ」


 ニクスベルクの近隣は旧ヴァンベルク領だ。当然ながら、善哉などよりよほど土地勘を持っている。彼女はこの星系が身を隠すにぴったりな条件がそろっていることを知っていた。

 恒星ナスカは変光星にカテゴライズされる天体であり、頻繁に強烈なフレアを巻き上げている。これはつまり、四方八方に凄まじい出力の電磁波を発しているということだ。そのベールの中に隠れていれば、従来型のレーダーはもちろん超光速索敵装置であるタキオン探信儀や量子ソナーなども誤魔化すことができる。

 念には念を入れ、リコリスは艦隊をガス惑星の上部大気層に沈めた。現代軍艦の出力であれば、木星サイズのガス惑星の大気摩擦や重力などはそれほど恐ろしいものでもない。むしろ、その分厚いガスの膜がさらなる隠れ蓑として機能すらするのである。


「偽装艦隊は、追撃をあきらめたフリをしていったん後退しなさい。ゼンザイが慌てて反撃に出てきたら、それに合わせてこっちがガブリ! よ」


 奇襲は予想外であればあるほど効果を増す。そのためには、主力艦隊はあくまで姿を隠し続けていなくてはならない。しかし、偽装艦隊の現在位置は、主力から遠く離れた星系にあった。このままでは、同盟軍が反撃を仕掛けてきても両部隊はうまく連携できない。

 それを解決するための隠れ蓑が、変光星ナスカというわけだ。この星系の近傍で両軍の衝突を誘発させ、偽装艦隊と戦う同盟軍の後背を突く……これがリコリスの作戦だった。

 しばしの間、戦況はリコリスの予想通りに進んだ。偽装艦隊が反転を始めると、ヴァンベルク艦隊は慌てたようにその追跡を開始した。それからしばらくして、クスノキ艦隊のほうも帝国哨戒網に引っかかる。どうやら、こちらの艦隊も偽装艦隊の追跡を始めたようだ。


「釣れた。ふふっ……策士策に溺れる、ね」


 報告を聞いたリコリスは、開いた扇子で口元を隠しながらほくそ笑んだ。すでに、彼女の頭の中では善哉に課す罰ゲームについての検討すら始まっている。公衆の面前であそこまで煽られたのだ。それなりのペナルティを加えてやらねば、彼女の気が済まない。


「偽装艦隊、ヴァンベルク艦隊と接触しました。交戦が始まったとのことです」


「ん、りょーかい」


 軽い声で答えつつ、リコリスは戦況図を確認する。ヴァンベルク艦隊はもちろん、クスノキ艦隊の方もまだ失探はしていない。かの艦隊はヴァンベルク艦隊と合流するべく全速力で航行しているようだった。

 だが、遠い。リコリスが今から行動を始めれば、クスノキ艦隊よりも早くヴァンベルク艦隊と接触することができる。典型的な各個撃破の形に持ち込むことができるわけだ。


「よぉし、艦隊全速前進! すみやかにあの忌々しい偽ヴァンベルク艦隊を撃滅するわよ!」


 演習用のデータに偽物もクソもないのだが、リコリスはあえてこう表現した。善哉の性格の悪い挑発に、彼女も腹に据えかねる部分があったのだ。号令にしたがい、皇帝艦隊はガス惑星の大気層からの離脱をはじめる。真紅の巨艦が赤茶けたガスをかき分け上昇していく様は、CG映像とわかっていてもなかなかに壮大な光景だった。

 熱核ロケット・斥力エンジン併用式推進器の生み出す凄まじい推力により、艦隊はすみやかにガスの海から飛び出した。目指すは星系外縁部、星間航路の接続ポイントである。しかし艦隊が惑星重力から脱するべく更なる加速に入った瞬間、恒星ナスカが妖しく輝いた。変光星特有の莫大なフレアが発生したのだ。


「レーダー、タキオン探信儀、量子ソナーがダウンしました! 復旧は三分後を予定しています」


 このフレアは、閃光とともに多種多様な電磁波を発する。これにより、皇帝艦隊の索敵装置は一時的に使用不能になった。しかし、リコリスはもちろんオペレーターや幕僚なども、一切の動揺を見せることはなかった。ナスカがこういう天体だとわかったうえでこの星系に潜伏していたわけだから、当然のことである。

 しかしこのとき、リコリスの予想だにしない事態が進行していた。ガス惑星特有のリング(構成素材は主に氷だ)の中から、駆逐艦の大群が現れたのである。索敵機器がダウンしているため、皇帝艦隊はこれを感知できなかった。それらの装置が復旧する頃には、駆逐艦群はその快足を生かして皇帝艦隊のすぐ背後に迫っていた。


「は、背後に敵艦出現! 数、四十! 質量から見て駆逐艦級と思われます!」


 索敵オペレーターが悲鳴じみた声を出した。彼女からみれば、駆逐艦部隊は突然テレポートしてきたに等しい挙動をしているのだ。驚くのは当然のことだった。


「……ッ! 迎撃急ぎなさい!」


 ここに至り、リコリスは善哉の意図を理解した。罠にはまっていたのは、彼女の方だったのだ。善哉は最初から、リコリスが主力をこのナスカ星系に潜伏させることを予想していた。そしてその背後を突くべく、いち早く伏兵を配置していたのだ!

 慌てて迎撃が下命されたが、すでにその期は逸していた。彼我の距離はすでに至近であり、戦艦砲でアウトレンジできるタイミングではなかったのである。

さらに言えば、本隊の護衛を務めていた補助艦艇のほとんどを偽装艦隊のほうへ同行させてしまっていたのが悪い方向に働いた。偽装に真実味を持たせるための策が、完全に裏目に出たのである。威力と射程を伸ばすために速射性を犠牲にした戦艦の主砲では、小型艦を阻止するための弾幕は張りづらい。


「敵先鋒、突入してきました!」


 副砲や高角砲などが迎撃の火線を上げるが、AIに操作された宙雷戦部隊が怯むはずなどない。幾隻のかの駆逐艦が爆発四散しつつも、駆逐艦は対艦ミサイルの射程距離まで肉薄していた。四連装の砲塔型ガンランチャーが音もなく旋回し、その短く太い砲身から巨大な対艦ミサイルを射出する。交戦距離が長大なものとなる宇宙戦において、弾速の遅いミサイルは肉薄して用いる類の兵器なのである。

 白煙を曳いて皇帝艦隊に殺到した対艦ミサイルは、真紅に塗られた戦艦の広大な船腹に衝突し大穴を開けた。戦艦の装甲は強靭だが、対艦ミサイルはそれを突破できるだけの炸薬を積んでいる。耐えることなどとてもできなかった。


戦艦バルバコア、《エリン》轟沈! 《ソノシ》、《グランデ》、《ファルク》が中破しました! その他、被害甚大です!」


 オペレーターが絶望的な報告を上げる。しかも、悪夢はこれで終わりではなかった。この攻撃は、あくまで第一波に過ぎなかったのである。


「新たな敵部隊を感知! ストライカー隊です!」


 今度は人型機動部隊の群れが現れ、皇帝艦隊に殺到する。そのストライカー群は、大半がバズーカ型の対艦ガンランチャーを装備した対艦攻撃仕様のものだ。

あわてて高角砲が砲塔を巡らせて迎撃を始めるが、苦し紛れの反撃では大した効果は揚げられない。あっという間に敵機の肉薄を受け、次々とバズーカが発射される。艦対艦ミサイルに比べればはるかに小型のミサイルではあるが、副砲やレーダーなどを潰すだけの威力は十分にあった。ストライカー隊の猛攻撃を受け、皇帝艦隊の対空攻撃能力が次々とそぎ落とされていく。


「……」


 報告を聞いたリコリスは、深々とため息をついた。自らの敗北を察したからだ。一応反撃の命令は出すが、もちろん上手くいくはずもない。ストライカー隊には一撃離脱を受け、それに続いて駆逐艦部隊の再攻撃が始まった。

ストライカーによる攻撃は、あくまで前座。こちらの副砲を潰し、駆逐艦に反撃できないようにするための措置だ。主砲がさかんに太いビームを吐き出すが、対戦艦用の戦艦砲で駆逐艦を狙うのは大口径のマグナムでハエを狙い撃つに等しい行為だった。結局まともな反撃も出来ず、皇帝艦隊は駆逐艦による再攻撃を受ける羽目になる。反撃を封じられている以上、第二波の被害が第一波をはるかに上回るモノになったのは当然の流れだった。


旗艦グラン・ノレド、撃沈判定です……」


 オペレーターが無念の声を上げた。リコリスが座乗しているという設定の戦艦が、撃沈されたと判定されたのだ。つまり、リコリスの完全敗北である。彼女は額に手を当て、深々とため息をついた。


「はぁ、なるほど。口で言うだけのことはあった、というワケね」


 悔し気にそう呟くリコリスだが、よく見ればその口角は上がっている。悔しいというより、嬉しそうな表情だった。


「ふふん、この私を完全に嵌めて見せるなんて。面白い男じゃない……」


 喜悦の滲む声でそう言ってから、彼女は扇子を手のひらに叩きつけた。


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[一言] 後に主人公爭奪戦で同盟瓦解しないよね?
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