第2話 援軍はあまり頼りにならないようです
拿捕の危機を脱した貨物船《いなば丸》であったが、安堵のため息を吐く間もなく新手が現れる。民間船でしかない《いなば丸》が、これ以上の戦闘に耐えられる道理はなかった。もと軍人の船長、如月善哉をもってしても、逃走以外に選べる選択肢はない。彼は重要度の低い積み荷の投棄を命じ、一目散に逃げ出そうとしたのだが……すんでのところで、危機は回避された。接近してきた機体の正体が、友軍であることが判明したのだ。
一歩遅かったとはいえ、せっかく来てくれた援軍である。そのまま追い返すのも忍びない。善哉はそう主張して、救援部隊との合流を指示した。今回の接近警報は肩透かしだったが、次は本当に新手の敵がやってくる可能性もある。手負いの《いなば丸》では、その襲撃を躱すのは不可能だ。護衛戦力などは、いくらあっても足りないくらいだった。
救援部隊が現れたのが、この星系の外縁部。《いなば丸》の現在位置からはかなり離れた場所だ。水素やヒドラジンなどを燃料にしていた旧時代のロケット・エンジンでは、到達には何年もの時間が必要になるほどの距離だ。
しかし、《いなば丸》には超光速ドライブが搭載されている。これは亜空間技術の発達により誕生した特殊な装置で、物体を一時的に相対性理論のくびきから解き放つ機能を持っている。つまり、簡単に言えば光速の壁を突破するための装置なのだ。
この機関の発明により、人類は容易に恒星間を移動できるようになった。とはいえ、超光速ドライブは重力の影響を強く受けるという欠点がある。そのため、星系内では亜光速までしか出さない安全運転を強いられた。
「こちらクスノキ、貴艦を目視した。ずいぶんてひどくやられているな、本当に大丈夫なのか?」
そう言う訳で、《いなば丸》が救援部隊と合流できたのは三十分後のことだった。ブリッジのメイン・スクリーンには、密集隊形になった九機の人型機動兵器……ストライカーが大写しになっている。これが、救援部隊の全軍であった。
驚くべきことに、周囲に母艦の姿はなかった。この部隊は、単身で別の星系からやってきたのだ。ストライカーは全高十二メートル前後という宇宙用の兵器としてはたいへんに小柄な存在だが、超光速ドライブを標準装備している。長距離航行はお手の物だ。しかも、小さいだけに小回りも利く。こういった救援作戦にはピッタリの兵器なのだった。
「やられたんじゃない、やったんですよ」
得意満面な表情で、善哉はそう答えた。《いなば丸》の左舷側には大きな裂け目ができていたが、これは体当たりを仕掛けた結果の名誉の負傷だ。善哉としては、恥でもなんでもないという考えだった。
「……つまり、なんだ。要するに、貴殿は自力で帝国軍を撃退したという訳か?」
無線のむこうにいる女性は、ひどく困惑しているようだった。まあ、それも当然のことだろう。まともな護衛戦力も連れていない民間の貨物船が、軍の戦闘部隊に襲われたにも関わらず無事に生還する。尋常ではない状況だ。
「撃退? いえ、撃沈しましたよ」
胸を張りながらそう答える善哉。それを見た藤波がため息を吐き、自分の席から立ち上がる。そしてそのまま善哉に歩み寄ると、その頭を無言でシバいた。
「ってぇ! 何しやがるボケ森!」
「なにエラソーにしてるんスか、相手はたぶんお貴族さまッスよ!」
メイン・スクリーンを指さしながら、藤波は叫んだ。さきほど交戦した正統帝国と同じく、同盟とやらもまたヴルド人国家であった。そして、ヴルド人の国は伝統的に封建制を採用している。中世めいた身分制度を、この銀河時代でも引き摺り続けているのだ。
「ホラ、あの機体! どう見ても特機ッス! そうとう高位の貴族が乗ってるッスよ。下手な口を聞いたら無礼討ちまったなし!」
九機のストライカーのうち、八機は陣笠のような外見の頭部レドームが特徴的な足軽めいた外観の量産機だった。量産性を考慮したものと思われる直線を多用したその外見は、いかにも量産機らしい安っぽさを漂わせている。
しかし、残りの一機に関しては、超一流の刀匠が打った名刀のような研ぎ澄まされた雰囲気があった。いちばん特徴的なのは頭部で、武将の兜のようなツノ飾りがついている。武装や装甲も一般機とは明らかな違いがあった。特別なフラッグシップ機なのだ。
「あー、はいはい。確かに特機だな、ありゃ」
こうしたワンオフ仕様の特殊なストライカーを特機と呼ぶ。もちろんスペシャル機だけあって中身……すなわちパイロットの方も特別だ。自前で機体を特注できるような身分にある者か、あるいは赫々たる戦果をあげたスーパー・エースでないかぎり、特機への搭乗は許されない。
「あいかわらず妙な連中だよ。空の星に手が届く時代になってなお、貴族主義なんぞに浸るとはな」
電子タバコを吸いながら、善哉はひとりごちる。もっとも、地球だって人のことは言えないが……。そう思いながら、彼はいったん切っていたマイクのスイッチを再びオンにした。
「ほう、撃沈? その方は、軍用の戦闘艦をその船で沈めたと申すか」
幸いにも、通信相手の貴族……クスノキはなかなかに度量の広い女のようだった。善哉の不遜な態度にも気分を害した様子はなく、むしろ楽しげにクスクスと笑う。
「ストライカー二機も落としました。まあ、アナタ様の乗機には遥かに劣る、ケチな量産機でしたがね」
いちおうヨイショくらいしとくか。そんなことを想いながら、善哉は軽口を叩いた。それを聞いた藤波が、このボケカスがぁ! とでも言わんばかりの表情でもう一度彼の頭をシバく。
「素晴らしい。地球人は戦いを不得手としていると聞いたが、どうやらその風評は誤りであったようだな」
聞き捨てならない言葉を聞いた善哉は即座に言い返そうとしたが、それより早く藤波がマイクを奪った。アホ船長の余計な発言のせいで商売がお流れになりでもしたら大事だ。
「えー、こちら貨物船《いなば丸》の副長、藤波であります。なんといいますか、その……勝手に戦闘をしたあげく、相手艦の撃沈にまで至ったのは大変に申し訳なく思っておりますが、拿捕に対する抵抗は国際慣例上も認められておりまして……」
「なんだ、藤波とやら。もしや、自分たちが責められるとでも思っておるのか」
スクリーンに写った武将風のストライカーが肩をすくめた。なにしろストライカーはブレイン・、マシン・インターフェースを用いた制御方式を採用しているから、こうした人間臭い動作も難なくこなすことができる。
「案ずる必要はない。我らが宿敵、正統帝国に対する戦闘だぞ? 褒められこそすれ、責める道理などない」
その言葉に、藤波は露骨に安堵した。拿捕への抵抗はまだしも、撃沈は過剰防衛だったのではないか。そんなイチャモンを付けられることを彼女は恐れていたのだ。
「なにはともあれ、無事なようで一安心だ。船長、着艦許可を出してくれるだろうか? 挨拶がてら、貴殿らの武勇伝を聞きたいのだ」
「承知いたしました」
間髪入れずに善哉は答えた。彼はこの手のヨイショには弱いのだ。それを知っている藤波は、まったくこいつはと言わんばかりの表情で首を左右に振るのだった……。