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第18話 追放参謀は辺境伯様と一夜を過ごしてしまったようです

「いや、すまぬ。本当にすまぬ」


 翌朝。朝食の席で、善哉はアケカからの全力謝罪をうけていた。理由はもちろん、昨夜の出来事である。なんと善哉は、彼女の部屋で一夜を過ごしてしまったのだ。


「い、いやあ、ハハハ、楽しかったんで、まあ」


 善哉の顔には何とも言えない苦い笑みが浮かんでいた。もちろん、一夜を共にしたと言ってもいかがわしい真似はしていない。ただ一緒にアニメや映画を見て、そのまま疲れて眠ってしまっただけだ。会場がアケカの私室だった理由も、ただ彼女が自分の趣味を周囲に秘密にしているからというだけの話である。


「だが、未婚の男性を私室に連れ込んだあげく、一晩過ごさせるというのはどう考えてもやり過ぎだ……ああ、まったく。我ながらなんと情けない。夕餉に酒を飲み過ぎた……」


 一方、アケカはすっかり自己嫌悪の沼に沈み込んでしまっているようだった。夕食の時点で二人の会話は随分と弾み、比例するように飲酒量も増えていた。アケカが私室に誘ったのも、善哉がそれにホイホイついて行ってしまったのも、間違いなく両者の頭脳が酒精でボケてしまっていたせいだろう。


「本当にすまぬ、いささか浮つきすぎた」


 砂を噛むような声音でそう言ってから、アケカはちらりと後ろを見た。そこには、従者であるコトハとユキが控えている。彼女らはそろってニッコリと笑い、アケカの方を見変えてくるのである。まるで、「ゆうべはおたのしみでしたね」と言わんばかりの表情だ。

 それを見て、アケカはより引きつった表情になって頭を抱えた。彼女が恐れていたのは、こういう事態なのである。ヴルド人は男女比率が極端な種族であり、男性の人口はたいへんに少ない。そのため、女性はパートナーを捕まえるために積極的に“狩り”をしに行くべしという社会常識があった。善哉とアケカの昨夜のアレも、その一環として見られてしまっているのである。つまり、既に善哉はアケカのお手付きだと認識されてしまっているのだ。


「違う、違うぞ。勘違いをするな。身共とゼンザイ殿は、貴様らが想像しているような真似はしておらぬ。そのような勘違いは、身共はともかくゼンザイ殿に対して大変に失礼なことだ。ええい、そのような目でゼンザイ殿を見るでない!」

 なおも生暖かい視線を向けてくる従者二人に、アケカはとうとう席から立ち上がりながらそうまくし立てた。それを横目で見つつ、善哉は心の中で「なんだろうなぁ、これ」と呟いた。彼はまだヴルド人と交流を始めて日が浅い。そのため、彼女らの社会常識などにもあまり詳しくはなかった。実際のところ、善哉はなぜアケカがこれほどまでに慌てているのかすらよく理解していないフシがあるのだ。


「いけませんよ、上様。そう必死になって否定されては、かえってお相手に失礼です」


「然り、然り。一夜の過ちなどと言わず、どーんと受け止めてやるのが女の度量というもの。そもそも、上様にはまだ婚約者がおらぬのです。外に恋を求めたところで、誰に咎められましょうか」


「だから違うって言ってるでしょうが!」


 拳を振り上げつつ、アケカは大声でそう主張した。すっかり、威厳ある王侯の仮面が剥がれてしまっている。意外と親しみやすい性格の人なんだなぁと、善哉は一人苦笑した。少なくとも、地球軍上層部の銭ゲバどもよりはよほど付き合いやすい手合いなのは間違いない。


「おや、それは残念。自分としては、口説かれていたつもりになっていたのですが。どうやらそれは身の程知らずの勘違いだったようですね」


 善哉としては、まったくの冗談のつもりで発した言葉だった。アケカと彼では、種族も違えば身分も違う。万が一ということもあり得ない相手だからこそ、かえってこうしたジョークも飛ばしやすいと考えてのことである。

 しかし、それを受けたアケカの反応は、とても冗談で済ませられるものではなかった。彼女はまず顔を赤くし、そしてすぐに青くした。その顔色の変化に、善哉は『こいつはマズったか』と冷や汗を垂らす。しかし彼が弁明を口にするより早く、アケカはぐるりと振り返って善哉の両肩を掴む。


「い、いや、違う、違うんだ。いや、確かに口説いていたわけではないけれども、下心が一切なかったというわけでは、アッ、下心⁉ 下心ってなんだ! アアアア‼」


 完全な自爆であった。アケカは顔を慣熟リンゴのような色合いにして、そのままダイニング・ルームから飛び出してしまった。あわててコトハがその後を追う。


「……」


「……」


 残された善哉とユキは、どちらともなしに顔を見合わせた。どちらの顔にも、何とも言えない表情が浮かんでいる。


「生娘にあの冗談はちょっと刺激的過ぎますよ、ゼンザイ様」


「ゼンザイじゃないです、善哉です。……いや、刺激的って、ええ……? あの程度が……?」


「ヴルド人と地球人では、感覚がずいぶんと違うのです」


 こほんと咳払いをしてから、ユキは肩をすくめた。


「カルチャーギャップ……か。すんません、以後気を付けます」


「面白いので別に気を付けなくていいです」


「は?」


「なんでもないです」


 元の鉄面皮に戻ったユキは、取り付く島もない言い方でそう返した。そして、彼の前に並べられた料理を指し示す。


「それより、料理が冷める前に早くいただいてくださいな。もう少ししたら、午前の会議の時間ですよ」


「うへあ」


 指摘を受け、善哉は情けない声を上げつつ部屋の隅に置かれた柱時計に目をやった。そのアンティーク調のゼンマイ時計の文字盤では、なかなか衝撃的な時刻が指し示られている。どうやら、無駄話で時間を浪費しすぎてしまったようだ。


「こいつは……まずいっすね」


 ただでさえ、彼は寝不足なのである。その上空腹のバッドステータスまでつけて軍議に参加するのは、流石に避けたかった。なにしろ、今日も今日とてあの厄介なリコリスと相対せねばならないのだ。


「上様の方はコトハがよしなにしてくれるでしょうから、ゼンザイ様はご自分のほうの支度を優先していただいて結構です」


「あいあい、お言葉に甘えさせていただきますよ」


 善哉はため息をついてから、朝食を口にかき込む作業に戻った。高級料理を適当にガツガツと食べるのはさしもの彼も勿体なく感じたが、背に腹は代えられないのである……。


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